スペ先輩と観に行きたい
待ち合わせは午後四時半。夕方からの待ち合わせって、なんだか大人になった気分。
立川駅北口の前に設置された、立川市のゆるキャラ、くるりんの前で待ちぼうけ。
うさぎのキャラクターでほっぺにピンクの渦巻きがあってかわいい。
立川駅に来るのは久しぶりだった。明日は明日で、新と犬見君のために立家君と四人で、ここにやってくるのだけれど。
「おまたせ、小花さん」
スマホでインスタを見ていたら、待ち人が現れた。
「お疲れさま、先輩。集まりは大丈夫だったんですか?」
砂川先輩は同じ小平中央高校のケレン先輩と加治先輩って人と、清瀬総合高校の村橋先輩って人と、予備校の後よくご飯に言っていると聞いていた。そんな社交性が先輩にあるのに驚いたけれど、ケレン先輩が意外にも行きたがっていて、仕方なく付き合っているらしい。最近ケレン先輩の調子がおかしいらしく、私も心配している。
「ああ、映画を観ると言ったら、ちゃんと帰してくれた。上映時間があるからな」
「たしかにそうですね。ケレン先輩は調子どうでしたか?」
「どうだろう? 終ってから帰る旨を三人に伝えた時は少し具合が悪そうだったけれど、本人は大丈夫と言っていた」
「心配ですね。だって、ケレン先輩って、こっちの方に住んでないですよね? 新宿の予備校の方が近い気がしますけど」
「そう、そうなんだ。目当ての予備校講師がいるのだろうか?」
「そういうのあるんですか?」
「ある。僕はあまり気にしないけれど」
「そうなんですね。まあじゃあ様子見って感じですかね」
「そうなるな。さて、ちょっと早いけれど、もう行くか?」
「ええ、そうしましょう」
上映時間は五時半。まだ一時間あるけれど余裕をもって映画館に行くことにした。
「先輩、貸したワイルドスピードは観ました?」
「ああ、全部じゃないけどな。観た分は持ってきたから後で返す」
「はい。観てくれたんですね。どうでした?」
「前に見せてもらったのと変わらない、迫力のあるカーアクションだった。改めて小花さんにこんな趣味があるなんてと驚いた」
「ふふ。だって車ってかっこいいじゃないですか」
「うん。それはわかる。メカニックな部分もそうだし、デザインや機能性を重視したフォルムも奥が深い」
「新作、楽しみですね」
「ああ。最新作を観たら、埋めるように残りを観させてもらう」
「はーい」
今日は私の好きなワイルドスピードの新作を観に行くのに、砂川先輩に付き合ってもらった。
シリーズの途中なのだけれど、それまでの作品のDVDをもっていると言ったら、観たいとの事だったので、貸していた。
先輩も男子だし車が好きかなって思ったら、案の定、小さい頃はトミカで遊んでいて、車種をたくさん覚えていたと言っていた。
高島屋の隣のシネマワンに入る。
映画のチケットを買う。先輩はあまり映画を観に来ないらしい。券売機の操作は私がする。
上映時間より早めだから、席が空いているかなと思ったら、それなりに埋まっていた。さすが夏休み。
隣同士で座れるできるだけ真ん中の席を指定する。
「小花さん、ポップコーンは食べたいか? この間に買ってこようか?」
先輩が売店を親指で指して言った。
「え、ちょっと待って下さい。そういうのは一緒に買いましょうよ。私も選びたいですし」
「そうか。わかった」
購入画面になると、先輩が自分の分の千円札を出した。
高校生は千円だけど、大人になると高くなるから、学生のうちにたくさん観ておきたい。
チケットを受け取ると、売店に向かう。
「ポップコーンは塩とキャラメルどっちがいいですか?」
一つのメニューを見ながら先輩に聞く。
「キャラメルっておいしいのか?」
「食べたことないんですか? おいしいですよ」
「それじゃあキャラメルで。飲み物はコーヒー……いや、トイレに行きたくなったら嫌だな。白ぶどうスカッシュにしておこう」
「はーい。じゃあ私も白ぶどうスカッシュにしよう」
品物を受け取って、椅子に座って待つ。
一口先輩がポップコーンをつまんで「キャラメルもいけるな」と言っていた。
それから開場するまで先輩とワイルドスピードの話をして過ごした。
ちゃんと観ていてくれて嬉しかった。自分の好きなものを好きになってくれるというのは喜びだ。
シアターが解放されると私たちは席に着いた。
「久しぶりだ。まだあの紙兎ロペはあるのか?」
「たぶんまだあるんじゃないですか?」
「そうか。僕はあれが好きなんだ。というか予告とかそういうのも含めて映画って感じがするから、せっかく来たなら見逃したくない」
「そうなんですね」
あの映画泥棒の映像とかも、映画館じゃないと基本観られない。たしかに、言えている。いままでは、適当に流し見をしてたけえれど、私もこれからは注目して観ることにしよう。
照明が暗くなる。
「楽しみだな」
「そうですね」
ついに楽しみにしていたワイルドスピードの最新作が始まった。
□◇■◆
手に汗握るとは、まさにこのことだった。
ド派手なカーアクションは健在で、卓袱台返し的な設定もハリウッド映画らしくて逆に高評価。
大変満足しております。
「終わったな」
「はい」
私はまだ余韻に浸っている。
他のお客さんたちがぞろぞろとシアターを出ていく。
先輩はたぶん人混みが嫌いだから、流れが収まるのを待っているのだろう。
「先輩、お腹空きませんか?」
「ああ、空いている」
「それじゃあご飯食べ行きましょうよ」
ケレン先輩たちと夕食を食べたりしていると聞いていたので、私もそういうことをしたいと思っていた。
「そうしよう。どこが希望はあるか? 僕はしゃぶしゃぶなんてどうかなって思いついたけれど」
「いいですね! そうしましょう」
提案してくれるのはありがたい。そういう決断力みたいなものは男性的で、非常に助かる。
「小花さんの希望はいいのか?」
「ええ、しゃぶしゃぶが食べたくなりました」
「よし、それじゃあ。店を探そう」
人が少なくなったシアターで、二人並んでスマホでお店を検索していた。
□◇■◆
「こちらが、豚バラ肉四枚です」
「ありがとうございまーす」
砂川先輩が野菜を取りに行っている間に、店員さんからおかわりのお肉を受けとる。
基本の白だしと、私の選んだ豆乳だしの鍋にお肉を泳がせる。
先輩の希望はすき焼きだしだったけれど、「豆乳鍋は食べたことがないし、試してみるか」と言って譲ってくれた。
私特製、ポン酢もみじおろし七味たれにくぐらせてお肉を口に運ぶ。
「おいし~」
そんな独り言の最中、先輩が戻ってきた。
「幸せそうだな」
先輩が野菜のたくさん載ったお皿をテーブルに置きながら言った。
「お肉大好きですから」
「それはよかった。ドリンクは大丈夫か? 持ってこようか?」
「いえ、まだ大丈夫です。早く先輩も食べましょうよ」
「食べている。慌てなくてもいいだろう。ほら、マロニーちゃんを多めに持ってきたぞ」
野菜を白だしのエリアいっぱいに沈めると、お皿の下からマロニーちゃんが登場した。
「やったー。マロニーちゃんだ」
先輩が野菜のおかわりを取りに行くとき、マロニーちゃんをたくさん持ってきてくださいとお願いした。
「小花さんの好物なんだな、マロニーちゃん」
「ええ、マロニーちゃん大好きなんです」
「それはよかった。思う存分マロニーちゃんを食べたらいい」
「はい、そうします。今日はマロニーちゃんをいっぱい食べます」
うれしいな。お肉とマロニーちゃんがたくさん食べられるなんて。
先輩は、しょろしょろにスライスされた野菜を肉で巻いて、ゴマだれにくぐらせて食べている。
「豆乳だしはどうですか?」
「うん、なかなか美味しい。まろやかだし、鶏肉と合う」
「そうですよね。よかったです、先輩の口にもあって。それにしても、立川って何でもあっていいですね」
私の住む東村山市や先輩の住む清瀬市なんて比べ物にならないくらい、立川市は発展している。
「ああ、米軍基地があったからな」
「そうなんですか?」
「うん。IKEAの辺りなんてそうだ。軍人のためにキャバレーがあったりしたらしい」
「へー面白いですね」
「その土地その土地の歴史は意外に面白かったりする」
「今度教えてくださいよ」
「自分で調べるから面白いんだ。僕が話したって面白くない」
「そうですか?」
「そうだ。ほら、そんなこと言っていたら、僕がマロニーちゃんを食べるぞ」
「あ、だめです! 私が育てたマロニーちゃんです!」
先輩に食べられる前に、私が箸で取って死守する。
「育てる? マロニーちゃんって育成するのか?」
「いや、そういうわけじゃないです」
「だよな。マロニーちゃんのブリーダーとかいるのかと思った」
いや、いねーよッ! 誰が就くんだよそんな職ッ!
そんなスぺに付き合ってるんだから、私はスぺブリーダーなのかもしれない。いや、育てているつもりはないから、撤回。
それにしても、夏休みも、スぺってんな。 スぺ休みと言える。
「先輩は食べたことあるんですか?」
「うーん。どうだろう? 記憶にないから食べたことはないのかもしれない」
「じゃあ食べてみてください」
「いいのか? 僕は育ててないぞ?」
「あ、いいです。気にしないでどうぞ」
「ありがとう。いただく」
そう言って先輩はマロニーちゃんを箸で取ると、ポン酢ダレにつけて食べた。
「どうですか?」
「うん。実に面白い」
先輩は眼鏡をクイっと上げた。
いや、ガリレオッ!? 雅治なの? 福山んとこの雅治なの? それかザコシ!
「面白い?」
私は先輩に真意を聞いた。
「ああ。予想とは違ったという意味だ。美味しい」
「たしかに、そうですね。そういう意味では面白いかもしれないですね」
「いろいろ、勉強になるよ。ありがとう」
「いえいえ」
私はもしかしたらスぺブリーダーなのかもしれないと、再び思った。
□◇■◆
外はもうすっかり夜で、空は暗くなっているけれど、立川の街は明るい。
その中でも一番明るい立川駅に向かって二人歩く。
「お腹いっぱいです」
「ああ、僕もだ」
「やっぱりしゃぶしゃぶって美味しいですね」
「うん、その通りだと思う」
「先輩はしゃぶしゃぶ好きなんですか?」
「好きだ。でもなかなか来られないから、小花さんだったらいいかなと思って提案させてもらった」
「一人じゃ入りにくいですもんね」
ファミレスもそうだけれど、しゃぶしゃぶも一人のお客さんはあまり見ない。一人で入れる人は尊敬に値する。
「あれ? でも先輩、予備校も立川ですよね? 終わったら食べたらいいんじゃないですか? よく夕食をみんなで食べているようですし」
ケレン先輩と他の男子の二年生二人、全部で四人で夕食を楽しんでいるらしい。べつに羨ましいとはこれっぽっちも思っていない。
「ああ、それもそうなんだが、しゃぶしゃぶとか鍋料理って、鍋を自分の箸でつつくだろう? 提案するのには覚悟がいるし、気も使う」
「なるほど」
たしかに、そう言われれば、仲良くない人とは行きたくないかも。間接キスの遠いバージョンみたいな? 間接的間接キスみたいな? ……って、え?
「うん、だけどその点、小花さんだったら心なしか提案しやすい」
先輩は淡々と話し続ける。
「え、あ、いや、そ、そうですか? あはは、あ、ありがとうございます。そ、そうですね。うん、ま、また行きましょうね、えへへ」
「どうした?」
「ん? え? いや、何でもないですよ? ああ、そうそう、モンハンって知っています? モンスターハンター」
私は話を逸らす。もうしゃぶしゃぶの話は止めだ。止め止め。
ちょうど本屋さんの前で、モンスターハンターのポスターが貼ってあったので話題にした。
「モンハン? 急な話題変更だが……ああ、一応知ってはいる。クラスの男子たちがよくその話をしていた」
「ですよね。私もやってるんですよ」
「そうなのか」
あまり興味のなさそうな先輩。
「一緒にやりましょうよ。めっちゃおもしろいですよ。一狩り行きましょうよ」
みーちゃんも新もモンハンをやっていない。なんだか雰囲気が違うから、誘いにくいってところもあるし、そもそもモンハンをやっているということが言いにくい。
だから私はマッチングした見知らぬ人か、最近生意気になってきた弟としか狩りに出かけられない。
「そうだな。考えておこう」
「ところで、先輩はスイッチは持ってるんですか?」
「ああ。持っている。どうぶつの森をやっていた」
「えー、私も持ってます! 先輩の島に行ってみたいです!」
先輩がどうぶつの森をやっているなんて、なんだか意外だった。
でも信長の野望とかが家にあったから、シミュレーションゲームってくくりで好きなのかな?
何にせよ、先輩の島がどんな感じなのかが気になってしょうがない。
「勝手に木を切らなければな」
「そんなマナーの悪いことしませんよ」
「わかった帰ったら教えよう」
「楽しみにしています」
帰ったらすぐにどうぶつの森を起動しよう。久しぶりに島に帰るから家にはGばかりだろう。
恥ずかしいから退治しないと。
家に帰ったら、次はバーチャルの世界で会いましょうねと、話しながら立川を後にした。