大塚みなみは楽しみたい
「なんかめっちゃ古いじゃん、その曲」
私は思わず、小花の歌い終わった曲につっこんでしまった。
「えーいいじゃん。いい曲じゃん」
小花と新と久しぶりにやってきたカラオケで、せっかくだから夏の歌でも歌おうって話になった。それで小花が選んだ曲が、渚にまつわるエトセトラだった。
「なんかいい曲だけどさ、てか、なんかよくこんな曲知ってるね」
なんとなくどこかで聞いたことのある曲だったし、ノリもいいんだけど、なんか古い感じがした。
「小花ちゃんの最近の選曲って渋くていいよね」
新はいつも小花の歌を褒めている。でもたしかに悪くはない。
今日はフリータイムでドリンクバー付き。ここで一旦飲み物の補充をする。
小花はよほど楽しいのか「また来週も来ようよ。バイト休みだし」と言っていた。
各々好きなドリンクを注ぐ。私はいつもカルピス。
「てか、なんか清瀬で花火大会あるじゃん。三人で行こうよ」
私はここに来るとき、西武線の駅にポスターが貼ってあったのを思い出して言った。
花火が上がるお祭なんてあまりないから、毎年見に行っている。今年はこの三人で見たいと思った。
「いいね! いいね!」
「うん。そうだね」
女子三人、ドリンクバーで盛り上がる。
飲み物を持って部屋に戻れば、いつもすぐに歌が再会されるのだけれど、今日は違った。
「ねえ、みーちゃん、小花ちゃん、ちょっと聞いてくれる?」
新が私たちに改まっていった。
「なになに?」
小花が新の隣に移動する。
「あのね。私、犬見君のこと好きかも」
結構あっけらかんと打ち明ける新。
「え、なにそれ!?」
「なんかウケる」
「ちょっとウケないでよ」
私の口癖がよくなかった。
「ごめん。って新、なんかめっちゃいいじゃん」
「うん、そういうのすごくいいじゃん。えっと、一応確認するけど、犬見君って犬見東人君のことだよね?」
小花は少し興奮意味だ。
私は人の恋愛って普段あまり気にしない。友達は多いけれど、その人がどう思ってるとかそういうのは全然気にならない。
でもよく知っている人の恋愛、しかも現在進行形の好きの気持ちってすごく興奮するかもしれない。
「そう、犬見東人君。でも今まで全然そんなんじゃなかったんだけど、夏休み入っても犬見君のこと考えてて、あ、好きなのかもって思っちゃったら、もう止まらくなっちゃった」
テーブルに両肘をついて、両手でほっぺたを持ち頭を支えている新。まさしく恋する乙女だ。
「連絡先知らないの?」
小花が聞いた。
「知らないよ。だって夏休み前は全然だったんだから」
「そっか。ほら、じゃあ小花、立家君のなんか連絡先知ってるでしょ? それでなんか遊ぶ約束しちゃえ」
ちょっとアシストしてみる。犬見君と立家君は二人ともサッカー部だけに。それに二人はよく一緒にいる。
「え、私が立家君に連絡するの?」
なぜ私が? みたいな顔をする小花。
立家君は女子にそれなりに人気がある。だから彼女がいてもおかしくはない。そんな中で小花に目をつけたのは、かなりいいセンスをしていると思う。
でも小花はあまりピンと来ていない印象。小花は鈍いから気が付いていなさそう。他に好きな人がいるってことはないだろう。
でも待って、まさかスぺのことが好きってことはないよね。うん、それはない。スぺは私のおもちゃだ、みたいなこと言ってたし。
だったらこの際、新と犬見君をくっつけるのと同時に、小花と立家君もいい感じになっちゃえばいい。私にしては、お節介かな?
「小花ちゃん! 頼むよ!」
「え、でもみーちゃんだって知ってるんじゃないの? 立家君の連絡先、ってか犬見君のも知ってんじゃないの?」
「うーん、どうだろう? なんかわかんない」
連絡先が多すぎて、誰と交換したのか全然覚えていない。
「小花ちゃーん。頼むよう」
「え、え、私!?」
小花が戸惑っている。
私も一応スマホを確認してみると、犬見君と立家君、二人の連絡先があった。
「あ、なんかあった。じゃあなんか私が連絡する」
「みーちゃんありがとう!」
そう言ったのは小花だった。
「さすがみーちゃん! コミュニケーションおばけはこれだから心強い」
「誰がおばけだよ。なんかウケる」
そんなやりとりをしながら新のデートの約束を取り付ける。
すぐに連絡が返ってきた。
「オッケーだって。来週の今の時間でいい? やっぱ最初からいきなり、犬見君と二人きりじゃ緊張するでしょ?」
「うんうん、来週大丈夫。でもたしかに二人きりはドキドキしちゃうかも」
私を見る目が。いつものよりもっとかわいい女の子の目だ。
「だからなんか立家君も一緒に来てもらうことにしたよ。だから小花と四人でデートだね」
「え? 私!? みーちゃんじゃなくて!?」
ただでさえかわいい大きな小花の目が、一段と大きくなった。
「うん。なんか私はあまり二人に興味ないし。小花、なんかバイト来週も休みって言ってたじゃん」
「いやいや、私だって興味ないよ。全然。全然嫌だよ」
「小花ちゃーん。頼むよう。私のためと思ってさ」
「えー?」
「お願いだよう」
「まあじゃあ私はただいるだけだよ?」
新の可愛らしいお願いに、小花も折れたようだ。
「それでいいから!」
「わかったよ。じゃあ来週ね。でも詳しいことはそっちで決めてね」
「うんうん。それは大丈夫。決まったら連絡する。よおーし歌うぞ!」
新のテンションが一気に上がった。
デンモクを手に取ると、キンプリを入れて、椅子の上に立ち上がって歌い始めた。
小花は私に「もーうッ」とか言いながらぽかぽか叩いてきた。なんか可愛らしかった。
□◇■◆
ダブルデートの日を明日に控えた八月九日月曜日の夕方、新から焦った口調で電話があった。
いったん落ち着かせて、一通りは話を聞いた。
「ねえ、みーちゃんはどう思う?」
新の言うことによれば、立家君が小花と二人きりになりたいがために、新と犬見君にドタキャンしてくれと頼んできたらしい。
なかなかやるではないか、立家君も。
もともとの予定としては、新が犬見君とくっつくことだったのだけれど、新の気持ちはもちろん犬見君にも立家君にも教えていない。
だからこんな暴挙に出たのだろう。
「たぶんだけど、なんか立家君は、犬見君の了解はなんかもう得てるんじゃないかな」
「え、どうしよう」
だからと言って、こんなこと、小花に伝えたら、たぶん全部がおじゃんになる。せっかくの新の恋が芽を出さずに終わってしまうかもしれない。
「うーん。ここはなんかもう立家君に乗っかって、なんかドタキャンするしかないな」
「えーじゃあ犬見君は?」
「なんかキャンセルしてもやることないから、なんか二人で出かけよう、って言うしかないんじゃん?」
「えーいきなり二人かよう」
新は心細そうな声をしている。
「だけど、なんか理由があるじゃん。犬見君だってなんか予定空いちゃったわけだし」
「たしかに。それなら、ちょっと連絡してみる」
「なんか頑張ってね」
「うん。また何かあったら連絡する」
「はいはーい」
そう言って電話が切れた。
明日が楽しみだな。どんな結果があるのだろう
でも少し反省した。お節介を焼き過ぎた。
新と犬見君は良いとして、小花と立家君については、やり過ぎちゃったかな。
夏休みに入ってから、ケレン先輩からも恋愛の相談を受けてたし、あの新が恋愛!? って思ったら、テンションが上がってしまって、いつもの我関せずのスタンスが崩れてしまった。
いつも通り、我が道を行くスタイルに戻そう。
というより、立家君がこんな行動をするとは思っていなかった。なかなか積極的だな、立家君。
小花に謝りたい。
でも小花と立家君って合うと思うだけどな。ダメなのかな。
え、まさか……。まさか、スぺじゃないよね。いやいや、まさか。
なんかくだらないこと考えちゃったな。早くお風呂入って寝ようっと。
□◇■◆
今週末、清瀬市でお祭りがある。その二日目の日曜日には花火が上がる。
私たち三人は、浴衣を着ていこうという話になって、ここ、立川のららぽーとまで探しに来た。
今日は十八日。もう八月も後半戦だ。あと何回夏休みにこうやって三人で会えるだろうか。
浴衣選びはスムーズだった。お互いがお互いの似合う色をわかっていたので、選びあって決めていった。
一通りららぽーとを楽しんだ後、ご飯を食べようという話になって、フードコートに私たちの陣地を敷いた。
「ふう。楽しいね」
腰を下ろしたとき、小花がにこにこして言った。私まで笑顔になる。
「うん。やっぱりいいわ、三人でいると」
新が言う。
「そうだよね。なんかドタキャンされなくてよかった」
わざと言ってみた。
今日、会って早々その話になったのだけれど、後でたっぷり話そうということになっていた。だからきっかけを作ってみた。
「そうだよ、新。あの日なんでドタキャンしたの?」
小花が頬を膨らませている。
「あ、あの、立家君に頼まれて……。それに私も東人と一緒になれると思って……」
「いや、ちょっと待って、東人って呼んでんの!? 犬見君のこと、下の名前の東人で呼んでんの!?」
さすが小花。つっこみ気質だ。
「なんかウケる。超発展してんじゃん」
私も知らなかった。こちらから詮索するつもりはなかったから、いいんだけど、言ってくれてもいいのにって思った。
「あ、いや、あの、その、下の名前で呼び合ってるだけだよ。ただそれだけ。それ以外はほんと何にもないんだよ」
「じゃあまあいいや。新が幸せに近づいたなら、私は耐えた甲斐があるよ」
小花は頬杖を突きながらポテトを食べている。
「小花ちゃんは立家君とどうだったの?」
新が聞いた。私も聞きたいことだった。
「え? 別に普通に過ごしたよ」
「なんかウケるんだけど。どういうこと?」
すごくつまらなそうに小花が言うので、何があったのか興味がでてきた。
「チケットがあるから映画に行こうって言われて、ワイルドスピード観てきた」
「小花ちゃんの好きなやつじゃん」
「なんか前、ワイスピの新作は映画館に行って観てる、とかなんか言ってたじゃん」
私は全然興味はないけれど、小花の家に行ったとき、DVDがあって話を聞いたことがった。
「そうなんだけどね。でも別にそれだけ。普通でしょ?」
「マジか、ウケる。立家君なんかウケる」
「うん、ウケる」
新も私と同じく笑っている。
「何が? 別にただ映画を観ただけだよ」
たぶん小花は気が付いていないのか、気が付かないようにしているのか、どっちかわからないけれど、立家君の好意を意識していないのだろう。
新も空振りに終わった立家君の事を考えて笑っているのだろう。なかなか小花は強者だ。
「もっと一緒にいたいってなんか思わなかった?」
小花の気持ちを聞いてみる。
「うーん。ちょっと苦手かな? 立家君だったら砂川先輩の方が断然いいよ……あ、いや、あれね、あの、スぺってほら、いじれるし、いじりがいがあるからさ、あはは」
「ん?」
新が一人慌てている小花を見て首をかしげている。
私もよくわからなかったけれど、まあ、小花はまだ立家君のアプローチに気が付いていないのだろう。
「あ、あの、その、そうだ、えっと、あのね、この間旅行に行ったんだ。そのお土産持ってきたから食べて」
小花がそそくさと鞄から何かを出した。
「あ、これ信玄餅でしょ? 私これ好き!」
新が興奮している。
私も手に取ってみたら知っているやつだった。きな粉の中にお餅があって黒蜜を絡めて食べるやつだ。
「なんかうれしいんだけど。超おいしいやつじゃん」
「そうそう、これおいしいよね。さあみんなで食べよう」
そう言って小花は信玄餅を私と新たに配った。
立川のららぽーとのフードコートの端っこ、三人で信玄餅に舌鼓を打った。
「ねえ、ところで、新は犬見君とどうだったの?」
小花が話を新と犬見君の話に変えた。
「え、あ、うん。一緒に小金井公園の江戸東京たてもの園に行ってきただけ」
「なんかちゃんとデートじゃん」
「あ、そ、そうなんだ。い、良いよね、あそこ。レトロな街並みで」
小花も楽しそうに聞いている。
江戸東京たてもの園というのは小金井市にある、東京の歴史の博物館で、昭和初期の復元建造物とかがあって、小花の言う通りレトロな街並みが再現されている。私も小さい時、親に連れて行ってもらった。
「うん。そこで一緒に歩いて写真撮ったりした」
「はい、見せてー。見せてくださーい」
私は小花の切り返しがいちいち好き。
「それはなんか、もう見せなきゃいけない流れだよ」
「わかったよう」
新がスマホを出して写真を見せる。
小花が「よく見えないから、三人のグループのアルバムに写真送って」とかすごい悪魔みたいな仕打ちを言ってたけど、新は断っていた。
「うわーなにこれ、インカメでツーショットじゃん」
「なんかもう付き合ってんじゃん」
「そんなことないって」
新がたじたじしている。いつになくかわいい。
「この銭湯って子宝湯だっけ? こっちの交番の復元したやつもかわいいよね!」
小花はやけに詳しい。相当好きなのかな? テーブルに身を乗り出している。
「あ、これ小金井公園の近くのカフェのかき氷でしょ!? 美味しいよね!」
すごいテンションの上がっている小花が、美味しいそうなかき氷の写真を見て言った。
「え、あ、そうそう」
「美味しいよね! フルーツたくさん乗ってるし」
「ちょっとなんか小花さっきから興奮しすぎ。なんかウケる」
「え? あはは、ごめんごめん」
そんなこんなで楽しい会話をしていたら、あっという間に夕方になっていた。
この三人でいると、話が尽きない。
新が犬見君と付き合ったからと言って、この時間を奪わせはしない。
なんて、学校帰りにすぐにいろんなところにふらふら行っちゃう私が言ってみたりする。
でもそんな薄情な私なのに、こんなにもずっと一緒にいてくれるなんて、本当に大切にしなくちゃな。
新はいい感じだからもう時間の問題だろう。
小花はどうだろう。私みたいに多くの人と関わりを持つのはあまり得意じゃなさそう。だからといって、今回みたいに私のペースに巻き込むのはもうやめにしよう。
小花自身もどんな恋愛をするのか、人付き合いをしていくのか、わかってなさそうだ。
だったら見守ろう。いつもどおり、あっけらかんと小花を見守っていこう。
「小花、なんかごめんね」
立川駅に向かう道中、私は小花に謝った。
「え? なにが?」
「立家君のこと。なんかこんなことしてくるなんて思わなかったし、ドタキャンの話知っても止めなかったし」
言いながら猛烈に反省。
「うん。小花ちゃん。私も謝る。ごめんね」
新は手を合わせている。
「何? 二人して。全然大丈夫だって。もともと新の恋のためだし、立家君の件は立家君がやったことなんだから」
「じゃあなんか立家君が悪いってことでいいかな」
責任転嫁しておく。
「そうだね。そうしようか」
小花が笑っている。よかった。立家君には申し訳ないけれど、これでよかった。
「でもちょっと待って。なんで立家君はこんなことしたの?」
小花が突然、気がついたように言った。
「「え?」」
「だって新の気持ちを知ってたのなら、二人っきりにするために、ドタキャンしてって言うのはわかるけど、そうじゃないじゃん」
マジで言ってんのか小花。
新と二人、立ち止まって目を合わせる。
そして二人で同時に笑った。
「え、え、ちょっと、何で笑ってんの?」
小花が戸惑っている。
「いや、なんかウケる。うん、そうだね。立家君ってなんでこんなことしたんだろうね」
「いやあ、全然わかんないね、小花ちゃん」
新はそう言いながら笑っている。私も笑いが止まらない。
「え、何? 何で笑ってんの?」
楽しい帰り道だった。