スぺ先輩に打ち上げたい
「なんでスぺなんだよぉおおお! 絶対に負けないからなぁあああ!」
後ろで叫び声が聞こえる。かなり大きい声だ。
恥ずかしいからやめてほしいと思った。
「いいのか? 彼、人目もはばからずに叫んでいるけれど」
砂川先輩は心配するように言った。
「大丈夫じゃないですか? あまりお祭りに興味がなさそうですし」
立家君はなぜか普段着だった。たぶん犬見君に誘われて急遽来た感じだろう。すぐに帰る気でいたに違いない。
お祭りはやっぱり浴衣か甚平に限る。それで本気度がわかる。つまり立家君は本気じゃない。
「それならいいけれど」
先輩は頷くと眼鏡をくいっと上げた。そして立家君を背にして歩き出した。
私もついてく。
まさか昨日に引き続き、今日も先輩とお祭りを周るだなんて思いもしなかった。
さっきまでみーちゃんと新と一緒にお祭りを楽しんでいたのに、あっという間に二人は男子とどっかに行ってしまった。
まったく、ほんと二人は青春してるよな。私にも少しくらい分けてほしい。どこに行ったのだろうか、私の青春は。
「さて、どうする? 打上花火までも少し時間があるけれど」
頭の中で嘆いていた私に、先輩が聞く。
「そうですね。どうしましょうか。あ、それじゃあ、りんご飴食べたいです」
ちょっと先にりんご飴の屋台が見えたので、指を差して言った。
「うん、わかった。わかったから、落ち着いてくれ。そんなに袖を引っ張らないでくれ」
「ああ、ごめんなさい」
私はあわてて手を放す。
好物なので少し気が急いてしまっていたようだ。先輩をいつの間にか引っ張っていた。
「そんなにりんご飴が好きなんだな」
「ええ。だって甘くておいしいじゃないですか」
なんだか食いしん坊みたいで恥ずかしくなった。
「うん。わかる。僕も好きだ」
「ですよね。ほら着きましたよ。買いましょう」
りんご飴の屋台に到着した。
まずは先輩が買う。このりんご飴の屋台もチョコバナナの屋台同様にじゃんけんシステムが導入されている。じゃんけんに勝ったらもう一本無料プレゼントキャンペーンだ。
先輩は昨日、チョコバナナでの勝負に勝っている。その実績を活かして今日も挑戦。強そうな屋台のおじさんだけれど、ぜひとも先輩には勝っていただきたい。
じゃんけんぽんで、一瞬の勝負。おじさんがパーで、先輩がチョキ。見事先輩は勝ちを収めた。
「やったー」
私はおじさんから先輩の勝ち取った無料のりんご飴を受け取る。
「兄ちゃんに彼女の前でかっこいいとこ見せてあげられるようにわざと負けたんだよ」
そう言って屋台のおじさんは「がはは」と笑った。
「え、あ、いや……」
私はうろたえてしまったが、先輩は「ありがとうございます」と言って、表情を変えずにお辞儀をしていた。
先輩は人付き合いが苦手なのかなと思っていたけれど、もしかしたらのらりくらりとかわす技術が高いのかもしれないと感じた。
「やはりりんご飴は美味しいな」
屋台から少し離れると早速りんご飴をかじる先輩。
やはりもう切り替えている。さすが処理が速い。
「そ、そうですね。やっぱり甘くて美味しいですね」
私は平常心を装いながらりんご飴をかじる。たぶん大丈夫。いつも通りに見えているはず。
「そういえば、ジャックとトマメとノキはどうしてる?」
先輩が思い出したように言った。昨日すくった金魚たちのことだ。
「水槽で元気に泳いでますよ。お母さんが喜んでました」
「それはよかった。写真楽しみにしている」
「はーい」
お母さんはかなり積極的に新しい家族を迎えてくれた。お父さんもにこにこしてそれを見ていた。
お母さんとお父さんで、近いうちに電動のポンプと虫かごじゃなくてちゃんとした水槽を買おうと話していた。うれしい誤算だった。
でもなぜか置き場所をリビングにしようとか調子に乗ってきたので、それはかたくなに拒否し、私の部屋で育てることにした。
そしたら弟が自分も飼いたいとか言い出して、それならすくってこいとお父さんに言われていた。たぶんこの会場のどこかで金魚をすくっているはずだ。しかしその金魚たちはリビングで暮らすことになる。
「小花さん?」
「は、はい?」
ちょっと意識がかわいい新しい家族たちの事に向いてしまっていたようだ。でも私はちゃんとりんご飴を食べ続けていたようで、もう食べ終わる頃だった。
「そろそろ、花火の見える場所を探そうと思うが」
「はい、そうですね。そうしましょう」
「そうだな。よし、あっちの方に行こう」
先輩の先導で打上花火の見えるスポットを探し始めた。
□◇■◆
途中でトイレを済ませて、飲み物を買った。
またもや先輩はジャスミン茶だった。私はもちろんサイダー。
そんなに美味しいのかと思い、一口飲ませてもらったけれど、やっぱり苦手だった。
花火のよく見える場所はたくさん人がいたけれど、二人分の座れるいいところがあったので、並んで腰を掛ける。
「座れてよかったですね」
「ああ、そうだな」
「そういえば、お祭りは久しぶりって言っていましたけれど、花火も久しぶりですか?」
毎年打ち上がっているのに、見ないなんてもったいないって思った。
私は中学校の頃は毎年友達と来ていた。
「祭りは久しぶりだが、花火は毎年見ている」
「どういうことですか?」
「打上花火だから、別に会場に来なくても見られるだろう」
「あ、たしかに」
なるほど。清瀬市民なら、家からでも見れる人がいるのか。
「僕の家からは見えないけれど、駅付近なら見えるからな。毎年駅の近くで見ていた」
「そういうことですか」
「ああ。でも久し振りに近くで見ることが出来てうれしい」
「そうですね」
「小花さんは毎年見にきているのか?」
「ええ、そうです」
「そうか。それはいいな。僕も花火自体は好きなんだ。芸術といえる」
「そうですね。でも先輩? 私は毎年見に来ていますけれど、今年は違いますよ」
「そうなのか? 何か珍しい花火でも上がるのか?」
先輩が興味津々に聞く。
「そういうことじゃないです。前に先輩が言ったことですよ?」
「ん? どういうことだ?」
忘れちゃったのだろうか。私としてはまあまあ嬉しいセリフだったけれど。
「どこに行くかじゃないんじゃないですか?」
自分で言っておいて、ちょっと恥ずかしくなる。
「ん? ああ、なるほど。そうだな。つまり何を見るかより誰と見るか、ということか」
「ええ、は、はい。そ、そうです」
しっかりと言語化されるとやはり恥ずかしい。言わなきゃよかった。
「そうだな。うん。今年の花火は特別かもしれないな」
先輩がそう言った時、ドンっと花火が一つ打ちあがった。
同時に歓声が上がる。
私も無意識に「わー」と声を出していた。
それを機に次々と花火が打ちあがり、どんどん勢いを増していった。
隣に座る先輩をちらりと見てみる。
先輩の眼鏡に花火が反射していて、表情は読み取れなかったけれど、花火を楽しんでいるように感じられた。
私も花火を楽しむ。
夜空に広がる花火と同じように、私の頭の中に思い出が広がる。
映画に行ったこと、ゲームであつ森とモンハンをしたこと、山梨旅行とそのハプニング。先輩の趣味であり部活動である写真のお手伝いをしたこと。たくさん思い出される。
美味しいパンも食べたしかき氷も食べた。昨日のお祭りも楽しかった。
他にもみーちゃんと新とカラオケに行ったり、買い物にも行った。その時、旅行のおみやげをわたしたっけ。
あとたくさんくりくりまるとお散歩もした。また会いたいなぁ。
次々と上がる花火。大きな音と、空に咲く大輪の花。
花火は切なさを伴う。急に夏休みが終わっちゃうような気がした。
楽しかった思い出を、頭の中に並べ過ぎたせいかもしれない。
「小花さん」
ちょっとセンチメンタルになっていたところ、不意に先輩が声をかけてきた。
「なんですか?」
「今夜は花火が綺麗ですね」
先輩が優しい口調で言った。
「どうしました? 急に改まっちゃって」
いつもと雰囲気の違う先輩が少しおかしかった。お祭りだし浴衣だし、だからそう感じられたのだろう。
「いや、伝えたかったから言っただけだ」
砂川先輩は眼鏡をくいっと上げた。
「ふふ。そうですね。私もそう思います」
そう答えると、また私たちは打上花火を並んで見上げた。
ちょっと元気が出た。いや、結構心が満たされた気分だ。
なんだか夏休みが終わってもいいような気がした。
そうすればまた先輩と下校ができる。毎年夏休みなんて終わらなければいいのにと思っていたのに、不思議だ。
それにまだ八月の半ばだ。あと二週間くらい夏休みは残っている。まだまだ思い出が作れるということだ。
どちらにしても、楽しみが待っているような気がした。
先輩がいるなら楽しいような気がした。
私の心にも何かが打ち上がったような気がした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
続編も書く予定です。
その際はぜひまた二人の様子を覗いていただければと思います。
また私のエッセイ『脳内整理のさらけ出し』にてこの自作解説を恥ずかしげもなく行います。
ご興味がある方はぜひご覧ください。
改めまして、スぺ先輩たちを見届けてくださってありがとうございました。




