台桜は止めさせたい
私は人との距離の取り方が苦手で、友だちが少ない。
学校に行くのも本当は嫌だったけれど、むーちゃんが必要性を教えてくれて通学できた。
お母さんはそういうことも含めて全部わかった上で、むーちゃんに家庭教師をお願いしたのだと今は思う。
むーちゃんもむーちゃんで、お母さんから話を聞いて接してくれたのだと思う。
それでもいい。きっかけは何でもいい。
むーちゃんには感謝しているし、これからもずっと一緒にいたいと思っている。
だから私の狙っている高校はむーちゃんのいる小平中央高校。残念ながら小花先輩もいるけれど。
夏休みの今は志望校合格のために猛勉強をしていた。
強制的ではあるけれど、塾にも通っている。いや、今では通わせてもらっていると思える。
ちゃんと勉強できる環境に身を置くことの大切さが今はわかる。むーちゃんのおかげだ。
学力的にはもう少しで小平中央高校の合格圏内に入る。
このまま続けていれば志望校に入れるでしょうと、塾の先生に面接のときに言われた。
うれしくて余計勉強に力が入った。たくさん机に向かって問題を解いた。
お母さんもそんな私を見て、えらいえらいと褒めてくれる。
それでまたうれしくなって勉強がはかどる。
すごくいいスパイラルだと思う。
でも勉強のし過ぎも疲れてしまうと思ったのか、お母さんが一日だけお祭りに行っていいと許してくれた。
むーちゃんを誘ったけれど、その日は予備校のお友達と一緒にお祭りに行くと決まっていた。
一緒に花火を見たかったけれど仕方がない。
私は数少ない友達に声をかけて一緒に清瀬のお祭りに行くことにした。
□◇■◆
本当はむーちゃんと来たかった清瀬市の夏祭り。
友達の亜紀ちゃんと浴衣姿で今日は楽しむことにした。
未練がないと言えばうそになるけれど、そればかりを引きずっていると亜紀ちゃんに悪い。
それに亜紀ちゃんは私と違う高校を志望校にしている。一緒に遊ぶことも少なくなってしまうかもしれない。
そう思うと、今日のこの日は亜紀ちゃんとの素敵な思い出作りに徹したい。
「ねえ、何考えてるの?」
亜紀ちゃんの顔を見ながら物思いに更けていたら怪しまれてしまった。
「ううん。なんでもないよぉ」
「変なの」
そう言って笑う亜紀ちゃん。
私は友達作りが上手く出来なくて、クラスで浮いていた。
むーちゃんに諭されて学校に行ったとき、そんな私に優しくしてくれたのが亜紀ちゃんだった。
「今日はありがとう」
「なに急に? やっぱり変なの」
亜紀ちゃんがそう言った後、二人で笑った。
□◇■◆
亜紀ちゃんと二人、ヨーヨーを釣ったり、くじを引いたり、ソースせんべいを買ったりした。
ヨーヨーは一個ずつ手に入れた。私が紫で、亜紀ちゃんが黒。
くじは二人とも外れ。でも一等賞は大きいエアガンだったから当たらなくてよかった。
ソースせんべいは、ルーレットで亜紀ちゃんが二十枚を当てた。すごい量だったけれど、亜紀ちゃんが焼きそばをはさんで食べようと、天才的な提案をしてくれたので、焼きそばやさんに並んだ。
私たちは追加で飲み物を買って、イスやテーブルの置いてある休憩スペースで一休みすることにした。
花火が終わったすぐに帰ってきなさいと言われていたので、暗くなるにつれて終わりが近づくようで寂しさが増した。
亜紀ちゃんはソースせんべいに焼きそばをはさんで「はいどうぞ」と私にくれた。
お礼を言って受け取り、すぐに食べると案の定美味しかった。
「亜紀ちゃん、天才!」
「えへへ。ありがとう」
そんなことを言いながら二人で食事の時間を楽しんでいた。
ふと周りを見渡したら少し離れたところに知った顔が見えた。
むーちゃんだった。始めて見る浴衣姿でなんだか新鮮だった。
声をかけようと思ったけれど、前に言っていた通りお友達と来ている様子だった。
浴衣姿のきれいな女の人が先頭を歩いている。むーちゃんの周りは美女ばかりだ。
亜紀ちゃんと食事や話をしながらも、ちらちらと自然にむーちゃんへ視線がいく。
浴衣姿のきれいな女の人が手を振った。
どうやら知り合いと合流したようだ。浴衣姿の女の人三人組と甚平の男の人と、なぜか一人だけ普段着の男の人。
よく見ると、一人は小花先輩だった。
どういうこと? 偶然?
気が気じゃなくなる。
申し訳ないけれど亜紀ちゃんとのお祭りどころじゃない。だからといって席を立つこともできない。
どういった会話になっているのか全然わからない。
小花さんのお友達と思われる女の人が、むーちゃんのお友達を連れてどこかに行った。
それを機にもう二組できて、さっきと同じようにどこかへ行った。
残されたのは、むーちゃんと小花先輩と普段着の男の人になった。
何やら話をしているようだ。
というより、普段着の男の人が訴えかけているような感じだ。
小花先輩が遠目でもわかる苦笑いをして普段着の男の人に手を振った。そしてむーちゃんのことろへ行き、何かを伝えた。
亜紀ちゃん特製のソースせんべいを挟んだ焼きそばを食べても味がしない。
むーちゃんは深くうなずくと、眼鏡を上げた。
そして普段着の男の人を残して、二人はお祭りの人ごみに消えて行った。
「ちょっと、桜! 聞いてる?」
亜紀ちゃんの言葉で我に返る。完全に意識はむーちゃんと小花先輩に向いていた。
「え、あ、ごめんねぇ。ちょっとぼーっとしてたかもぉ」
「まあ結構お祭りで歩き回ったし疲れたよね」
ぼーっとしていて話を聞いていなかったのに、亜紀ちゃんはそんな私を優しくフォローしてくれる。
「うん、そおそお」
「でももうすぐ打上花火だよ?」
亜紀ちゃんがにっこりと笑顔で言った。
そうだった。この後は花火の時間だった。
「花火なんて上がらなければいいのにぃ……」
私は無意識につぶやいていた。
「え、なんて?」
私の言葉に亜紀ちゃんが聞き返した。
「え、あ、ううん。ほらぁ、花火が終わったら帰らなくちゃいけないからぁ。もっと亜紀ちゃんといたいと思ってぇ」
嘘ではない。実際にそう思っている。だけど、そうじゃない意味もある。
私の言葉に亜紀ちゃんが「うれしい」と言ってくれたので、少し心がちくっとした。




