窪ケレンは照らしたい
お祭は無事四人で行けることになった。
砂川君と村橋君は早々に参加を決めたけれど、肝心の加治君はギリギリまでわからなかった。
でも行けると決まったので一安心。
来年は本格的に受験勉強が始まる。
私としてもやはり高校生のうちに、思い出を作りたいという普通の感覚くらいは持ち合わせている。
周りの人は私がそんなことを思っているなんて知らないかもしれないけれど。
そんなことを考えることで、これから訪れるどきどきの展開を思考の外へと追いやる。
待ち合わせ場所は砂川君の最寄り駅、西武池袋線の清瀬駅改札前。私は初めて降り立った。
当日は花火の時間になるにつれかなり混むから早めの方がいいと、地元の砂川君が言うので昼過ぎの時間設定となった。
日中だと汗でお化粧が落ちてしまうかもしれないという懸念もあるけれど、こまめにチェックしていけば問題ないはず。
一応、かごバッグからマリークワントのコンパクトミラーを出して確認。大丈夫。今日も決まっている。
「やはりケレンか。早かったな」
お化粧のチェックをしていたら突然声をかけられ、一瞬ドキッとした。
声のほうを見やると、砂川君だったので安心した。
「砂川君も早いわね」
「ああ、それにしても浴衣だと雰囲気が違うな」
「ふふ、似合ってる? 砂川君もイメージが変わるわ。でも似合っているわね」
男性の浴衣姿は印象ががらりと変わる。でも砂川君は硬派なイメージがあるからだろうか。普段着ていても違和感がないかもしれない。
「ありがとう。浴衣は久しぶりだ。ケレンも似合っている」
「え、そ、そう? ありがとう」
まさか砂川君に褒められるなんて思いもしなかった。不覚にも一瞬ひるんでしまった。
だいぶ変わった。砂川君はここ数か月で人間らしくなった。
「なに笑っているんだ?」
砂川君が私に言った。
いつの間にか微笑んでしまっていたようだ。
「いえ、別に」
会話が途切れたところで、甚平の二人組が改札から出てきた。
「おっす、やっぱ優秀な二人は時間が早いな」
いつも元気な村橋君。
「久しぶりだな、砂川、ケレン」
いつも素敵な加治君。
「ああ、久しぶり」
「ひ、久しぶり……ね」
「と言っても、ケレンはたまにラインしてたけどな」
加治君が素敵な笑顔で言った。
せっかくラインでつながったのだからということで、大塚さんにかなり背中を押してもらいながら、夏期講習が終わってからも文字での連絡を取り合っていた。
「まだ体調がすぐれないのか?」
加治君とのやりとりを思い出している時に、砂川君が私を覗き込むように言ってきた。
「いえ、そういうことじゃないの」
「そうなのか? まあ、今日はたまの息抜きだしな。無理のないように楽しもう」
「ええ、だからもう気にしないで」
「そうだな。二人が知ったら心配するだろうから、黙っておこう。でも何かあったら言ってくれ」
ちゃんと伝わっていないような気がしなくもないけれど、都合がよかったし、何より予想外に優しかったので、それ以上訂正することはしなかった。
「それじゃあ会場に行こうか」
砂川君が、清瀬を知らない私たち三人を案内してくれた。
□◇■◆
本当に砂川君と村橋君がいてよかった。いきなり二人きりなんて絶対に無理。
「ねえ、あれやってみようよ?」
村橋君が射的の屋台を指して言った。
後ろに落とさなくても、倒すだけで景品がもらえる、優しい射的だった。
「いいね。やろうよ」
加治君が同意する。それなら私も同意だ。
砂川君を加治君が「一緒にやるか?」と声をかけていたけれど、砂川君は「僕はガンランスしか使えない」とわけのわからない答えをしていた。
だけど加治君と村橋君の二人は笑っていた。どういうことかわからないけれど、砂川君が男子に分かる冗談を言ったのだろう。珍しい瞬間を見た。
そんな男子の談笑が終わると、加治君がお金を払って鉄砲を受け取った。
「ケレン、どれがほしい?」
不意に加治君が言ってきた。
私のために取ってくれるというの!? 例え取れなくてもその姿勢がうれしい。来てよかった。
「え? え、あ、そ、それじゃあ、あ、あれ……」
私は猫の置物を指さした。
後ろ足二本と尻尾で立っている猫の置物で、蝶々を追いかけているようなポーズで可愛らしいと思った。
「わかった。猫のやつだな。狙ってみる」
そう言って加治君はコルクの弾を詰める。
ああ、かっこいい。甚平で鉄砲を構える加治君が素敵すぎる。
パンという音と同時に弾が飛ぶ。
見事的中。しかしほんの少し揺れただけで落ちることも倒れることもなかった。
「残念だね兄ちゃん。もっとちゃんと真ん中を狙わなくちゃ」
屋台のおじさんが言った。
加治君の弾が当たったのは真ん中より少し下の部分だった。ちょうど猫の下腹部。実際の猫だったら一発で仕留めていた。
「いや、ちょっと待ってくれ」
砂川君が珍しく話したと思ったら、私がほしいと言った猫の置物を覗き込むように観察し始めた。
「ど、どうした砂川?」
加治君が不思議がっている。
「うん、わかった。今おじさんが言ったのは重心だ」
「「重心?」」
加治君と村橋君が声をそろえる。
「ああ、重心だ。それくらいは知っているだろう?」
加治君が「もちろん」と言い、村橋君が「当たり前だ」と言った。
「なら話が早い。重心から上にずらした部分を狙え」
砂川君の言わんとすることがわかった。
「そうね。重心をずらして打てば、バランスを崩しやすくなるわね。尻尾が左に伸びているから左から右にかけて狙うのもいいかもしれないわ」
「そうだ。さすがケレンだ。右足をa、左足をb、尻尾をcとして三角形にした場合、角aが鈍角の三角形になる。だから辺bc側に倒すように角aを狙えば、確率は上がる。だからもっと左に陣取ったほうがいい。それに下から角度をつけて狙えばもっと良くなる」
「それしかないわね」
私も砂川君の意見に賛成だ。
「お、おう……。わ、わかった」
加治君がかっこよく銃を構える。
パンと二発目の弾が飛ぶ。
センスがいいのか、これも狙い通り的中した。
弾の当たった猫の置物は私と砂川君の予想通り、バランスを崩し、パタリと後ろに倒れた。
「やったわね」
「お、おう。ほ、ほら、これやるよ」
加治君が戸惑いながら猫の置物を差し出した。
私は嬉しさのあまり加治君に飛びついていたようだ。
「え、あ、あ、ありがとう……」
私は猫の置物を受け取ると、さっといい匂いのする加治君から離れた。
「いや、べ、別に。二人のおかげで取れたようなものだし……」
頭をぽりぽりと掻く加治君。
「そ、そんなこと、ないわよ。アドバイス通り実行できる加治君の腕の良さのおかげよ」
私もつられて髪をいじってしまう。
「まあ、よかったじゃん。元もケレンも」
村橋君が明るく言う。
なんとなく気まずくなっていたので、救われた気持ちだ。
そんな私たちをよそに、砂川君は「予想通りだ」と言って眼鏡を中指で上げていた。
□◇■◆
私の鞄の中にはもはや宝物と言っていい猫の置物が入っているが、これがこのお祭りのハイライトにしてはいけない。
もっと素敵な形にはならない宝物を作るために今日のお祭りがあるのだ。
「ねえ、知り合いがここにきているって言うから、ちょっと顔合わせてもいいかしら?」
私が三人に提案する。
「いいんじゃない? 早めに来たし、もう周るところもほとんどないからね」
村橋君が同意してくれた。
それに加治君も砂川君も異論はなく、すんなりと受け入れてもらえた。
祭りの最中もこまめにラインでやりとりをしてたので、あとは合流するだけ。
スマホを取り出し大塚さんに電話をかける。
「もしもし?」
「そろそろそっちに着くと思うわ」
「あーそうなんですか?」
「ええ、ちゃんと三人連れてきているわ」
「なんかうけますね」
「しょうがないじゃない。いきなり二人は厳しいわ」
「そうですよね。あ、いました。こっちです」
手を振る浴衣姿の大塚さんが目に入った。
「私もわかったわ。それじゃあ電話切るわね」
「はーい」
スマホをしまうと三人に「あそこにいたわ」と伝える。
他にも男の子二人がいたけれど、大塚さんたちの知り合いだろうか。
でも今後のことを考えると、そんなことを構っている余裕はない。
「大塚さん、偶然ね」
「どうも」
大塚さんが私の演技に合わせてくれる。
「あら、新さんに小花さんもいるじゃない。久しぶりね」
「ウ、ウル先輩! こんちわっす!」
新さんが体育会系な挨拶をする。ウルプログラムの影響ではあるけれど、加治君の前でそれをやられると、私が怖い先輩のように思われてしまわないかと不安になった。
「お、みなみじゃん」
村橋君が大塚さんを見るなり言った。
本当に大塚さんは顔が広い。どうやって知り合ったのだろうか。
「中っちじゃん。なんかうける」
「あら、二人は知り合いなのね」
知り合った理由や、大塚さんは何にうけていたのかなど聞きたいことがたくさんあったけれど、ぐっとこらえて初めて知った演技をした。
「この子達がケレンのお友達か?」
「え、う、うん。そ、そう。と、言うより、私たちの、私たちの学校の、こ、後輩よ……」
加治君の質問に必死に答える。
「なんか、みんな集まってのうける」
私の必死な姿を見かねてなのか、大塚さんがきっかけ作りをしてくれている様子がわかった。
「そ、そうね。大人数もあれだから、別れるのはどうかしら?」
普通だったら元のグループ同士に別れるのだろうけれど、ここはイレギュラーな展開だ。
「なんかそれいいかも。じゃあ中っち、なんかちょっとあっちの方に面白いのがあったんだけど、なんか行ってみない?」
「え、今から?」
「いいから、いいから」
大塚さんはそう言って強引に村橋君を連れて行ってしまった。
一仕事終えた背中をしていた。かっこいい。素直に憧れる。
「は、東人、私たちもちょっとせっかくだから周ろうよ」
「うん、そうだね」
新さんが事情を知ってか知らずか、男の子の一人とどこかに行ってしまった。
残るは私と加治君、砂川君と小花さん。そしてなぜか一人だけ普段着の男の子。誰だろう?
「あ、あれ? す、砂川先輩じゃないですか。き、着物なんてめずらしい」
「あ、ああ。小花さんも浴衣か。うん。やはり似合っている」
砂川君と小花さんのやりとり。いつ見ても微笑ましい。
「金井さん、僕たちもどこか行かない?」
誰だかわからない普段着の男の子が二人に割って入る。
これはもしやと思ったが、私は私のことを進めなければいけないと、思い出した。
深呼吸を一つ。
「ね、ねえ加治君? 私たちも一緒に周らない? その、ほら、射的のお礼もしたいし……」
勇気を振り絞って伝えた。
「ん? ああ、そう? 別にお礼なんていいけど。でもそうだね。行こっか」
「う、うん」
上手くいった。でもこれからが大切な時だ。
大塚さんに感謝だ。
砂川君たちに加治君が「それじゃあまた」と言って、私たちは三人に背を向けた。




