立家政都は見上げたい
この日の清瀬駅は大混雑だ。
昨日今日と清瀬市民夏祭りがあり、二日目の今日はエンディングに花火が上がる。
それは混むに決まっている。
周りを見たせば、どいつもこいつも浴衣姿のカップルばかり。
いや、ちゃんと見れば家族づれや、女の子同士、野郎集団、なんかもいるけれど、やはりカップルに目がいってしまう。
単純に羨ましいというやつだ。正直に言えば、嫉妬だ。
本当だったら金井さんと一緒に花火を見たかった。
清瀬の空に打ち上がる花火を並んで見上げたかった。
しかし残念ながら今日俺の隣にいるのは金井さんではない。
「どうする? 会場まで歩く? 満員のバスに乗る?」
甚平姿の犬見が言った。
合流して犬見のその姿に驚いた。
特に格好については話をしていなかったから、俺は普通にハーフパンツにTシャツといった格好で来ていた。
俺が甚平について聞くと、犬見は「祭りって言ったら甚平でしょ」とか言っていた。
いや、だったら最初からそう言ってくれよ。そしたら俺も用意したよ。
とか心の中で反論しながらも、男二人の祭りだし、実はまあ別にそこまで気にはしていない。
「歩いて行こう」
俺がそう答えると、犬見は「おっけー」と言い、会場に向かって歩き出した。
□◇■◆
やたらスマホを気にしている犬見と歩き続けて約三十分。祭りの会場に到着した。
テンションの上がる祭客の声、その祭客を呼び込む屋台の声、その屋台からあふれる美味しそうなにおい。祭りに来たと実感する。
「お腹空いてきたな」
犬見が俺の思っていたことを言ってくれたので、二人で焼きそばを買うことにした。
花火は午後七時に上がる。現在午後五時半頃。
ロマンチックな時間が迫る中、男二人で駐車場の車止めに腰を下ろして、焼きそばを喰らう。
気が付くと空は暗くなりかけていた。
駐車場から祭りの会場をみると、提灯の明りがぼんやりと浮かび、非日常を感じさせる。
「さて、ちょっと周ろうか」
俺も食べ終えたところだった。タイミングを見てくれていたのだろうか。優しい奴だ。
「そうだな。なんだか楽しそうだしな」
男二人の夏祭りも悪くない。それはそれでいい思い出になるだろう。
ごみをちゃんと分別して捨てると、広い会場を歩く。
犬見がスマホを気にしながら、すたすたと歩いて行く。
マップでも見ているのだろうか。あるいはお目当てのものでもあるのだろうか。迷うことなく進んでいく。
「どこに向かってんだ?」
俺は犬見に聞いた。
「まあいいから」
悪戯っぽい笑顔の犬見。
なにか考えがあるのだろう。俺としては行きたいところがあるわけではない。犬見の好きにさせよう。
犬見はしばらく歩くと飲み物を売っている屋台のところで立ち止まった。
テーブルや椅子が並んでいて、ちょっとした広場になっているところだった。
たしかに喉は乾いた。しかしここに来るまで飲み物を売っているところはいくつかあった。犬見はここが良かったのだろう。
ここにしか売っていない飲み物でもあるのだろうか。
「ここに何かあるのか?」
俺は理由が知りたくなって犬見に聞いた。
「実は、新が来る」
にこっと笑って答える犬見。
「ま、マジか!」
夏休み初旬、俺が小花さんと二人で出かけたいというわがままを、犬見と狭山さんに聞いてもらった
その時、俺はまあまあの成績しか残せなかったが、犬見は狭山さんとかなりいい感じになったと聞いていた。お互いが下の名前で呼び合うようになったと聞いたときはかなり驚いた。
それまで特になにもなかったはずの二人が、俺のおかげで急接近したのだ。俺はいわゆるキューピッドってやつだな。
「それに、金井さんも一緒だぞ」
肘で俺を小突く犬見。
犬見は俺の気持ちを知っている。たぶん狭山さんにもバレている。狭山さんに会うのと同時に、俺にまで気を回してくれたというのか。
「え、あ、そ、そうなの?」
戸惑いを隠しながら答える。
しかしそれならならやっぱり、甚平で来たかった。急に普段着で来たことを後悔してきた。これは男二人だと思って完全に油断した。
その時だった。
「おーい、東人!」
後ろから犬見の下の名前を呼ぶ女の子の声が聞こえた。




