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スぺ先輩たちの夏休み  作者: 寿々喜 節句
金井小花の夏休み
12/21

スペ先輩と泊まりたい

「先輩、どうしましょうか」

「うん、今それを考えている」

 日帰りのつもりで来ていた山梨旅行が、トラブルで家に帰れないかもしれない事態に陥っている。

「電車がだめならバスはどうですか?」

 今日、行きの電車の中で、高速バスも手段にあったと言っていた。

 それなら帰れるのではないだろうか。

「ああ、あと一本ある。だが、さっき何組かの集団がバスに乗ると言って移動した。たぶん乗れないだろう」

 たしかに私たちが気が付いたのは少し遅かった。

「それじゃあ、誰かに迎えに来てもらうとか?」

「うん、それが一番いい方法だ。でも僕の両親は大阪にいる兄の所に遊びに行っているから難しい」

「え? 先輩お兄さんいたんですか?」

「ああ。二人兄弟だ」

「そうなんですね」

 知らなかった。

 まあ大阪にいるんじゃ、何度か先輩の家に遊びに行っても気が付かない。

「そんなことより、小花さんの両親はどうだ?」

「え? 私の親ですか?」

「ああ」

 たぶん家でテレビでも見て過ごしてるんじゃないかな?

 だからおそらく、電話で事情を話せば、嫌味の一つ二つは言われるかもしれないけれど、迎えに来てくれると思う。

 いやいや、でも待てよ。今は砂川先輩と二人きりだ。

 今日は新とみーちゃんと山梨に遊びに行くと嘘を言って出てきた。

 迎えに来た親が、嘘に怒ることはないだろうけれど、何か誤解を生みそうだ。

 これはだめだ。絶対にだめだ。

「あ、あの、そうですね。たぶん、うちの親もだめだと思います」

「そうなのか? それじゃあもう詰んだな。帰ることは諦めよう」

「どうするんですか?」

「泊まる場所を探す方向で話しを進めよう」

「え!? お、お泊まりですか!?」

「それしかないだろう。外で夜を明かすわけにもいかないし」

「そ、そうですけど。なんていうか、心の準備が……」

「たしかにな。予定になかったから準備不足ではあるな」

 そういうわけではないけれど、まあそういうことにしておこう。

 先輩は「他の人たちも泊まる場所探しをするだろうから、空きがすぐになくなってしまう」と言って、スマホで宿を調べ始めた。

 私は親に連絡してきますと言って、先輩に私の話声が聞こえないところに移動した。

 家に電話をすると私のお母さんすぐに出た。

 ニュースでトラブルを知っていたらしく、心配していたと言っていた。

 親切心で「迎えに行こうか?」と言ってくれたけれど、丁重にお断りをした。

 せっかくだから泊まると伝えると、快く許してくれた。

 なんだか嘘をついて申し訳ない気持ちになった。

 そんな電話をして、先輩のところに戻る。

「小花さん、近くに安くていい宿があった」

「本当ですか? よかったです」

 さすが先輩。仕事が早い。

「僕のスケジュールのせいで泊まることになった。宿泊料金は僕が払う。そのかわり同じ部屋でもいいか? もちろん離れて寝る」

 先輩が眼鏡をくいっと上げて言った。

「いえいえ、私の分は自分で出しますよ。それに、まあ、そうですね、えっと、う、うん、トラブルだし、不可抗力だし、他にも泊まりたい人がいるでしょうから、ま、まあ、しょうがないので、同じ部屋でもいいですよ」

「そうか、それは助かる。ありがとう」

「い、いえ、べ、別に……」

 私がそう答えると、先輩が「それじゃあ宿に向かおう」と言って歩き出した。

 私は先輩にくっついて宿に向かった。



  □◇■◆



 先輩が「やっとついた。ここだ」と案内してくれた宿は、ギラギラとネオンを輝かせ、その名を“ホテル宇宙船”と掲げていた。

「いや、ラブホテルかいッ!」

 これは私も悪いかもしれない。もっと早くどんな宿か聞いておけばよかった。

「これがそうなのか? でも安い。見てくれ小花さん。宿泊が一万二千円で、休憩だと三時間五千円だ。普通、宿に細かい時間制ってないだろう? それに一人当たりではなくて、一部屋での料金だから驚きだ」

「いや、それは、普通の宿じゃないからですッ!」

「そうなのか?」

「そうですッ! それに十八才以下は利用できませんよ」

 入り口のところに書いてあった注意書きを指差す。

 もう砂川先輩は一人でスペホテルにでも泊まってくれないだろうか。

 注意書きを見た先輩は、「申し訳ない。見落としていた」と言って、頭を下げた。

 どうやら本当に知らなかったようだ。

 もし他に人にこんなことをされたら嫌いになりそうだけれど、先輩だとどうしてだろう、まあ許してもいいかなって思える。

「他の宿を探そう」

 先輩はスマホを出して、「ここは数年後だな」と付け加えて、再度宿探しを始めた。

 最後のは聞こえないふりをした。

 私としては恥ずかしいのですぐにこの場所から立ち去りたかった。

 そう思った矢先、すぐに先輩は宿を見つけたようで、「ここならどうだ」とスマホを見せてきた。

 私は先輩のスマホをのぞき込む。

 そこに映し出されていたのは、虹色にライトアップされた、お城みたいな建物の“ホテルくちびる”という宿だった。

「いや、だから、ラブホテルかいッ!」

 私の声が、夜の山梨に響き渡った。



  □◇■◆



 結局、宿は私が見つけた。

 駅付近の、ラブホテルよりは高いけれど、健全で安全なビジネスホテルを予約した。

「高校生お二人ですか?」

「はい。電車が止まってしまったので帰れないのです」

 先輩がフロントで対応する。

 フロントの人曰く、未成年だけの宿泊は、親の承諾書が必要とのことだった。

 しかし事情が事情だからと先輩が食い下がると、ホテル側も譲歩してくれて、親との電話で確認が取れればいいと、許してくれることになった。

 私たちはそれぞれ親に電話をかけ、事情を伝え、ホテル側と話してもらった。

 最初は高校生二人でお泊りなんて、みたいな怪訝そうなかを押していたけれど、さすがはプロだ。お客さんだとわかると、フロントの人も快くそれで手続きを始めてくれた。

「先輩、ありがとうございます」

「いや、小花さんがいい宿をとってくれたからな。ここで引くわけにはいかなかった」

「高校生二人に外で過ごせと言うのですか! は、ちょっと面白かったです」

「そうか? もし宿泊を断ったのならそれは事実だからな」

「そうですけど」

 会話が途切れたところで、フロントの人が「八〇八号室です」と言って鍵を砂川先輩に差し出した。

 それを受け取ると、私たちはエレベーターに乗り込み、八階を目指した。



  □◇■◆



 窓から見下ろす甲府盆地の眺めはきれいだった。

 国道二十号線、いわゆる甲州街道が伸び、車が流れている。

 時刻は二十二時になろうとしているところだった。

 ホテルの部屋はシングルルームで、セミダブルベッドが一つと、チェアが一つ。壁側にデスクがあり、その上にテレビが載っている。ちなみに下には四角い小さな冷蔵庫がある。

「やっと電車が動いたらしい」

 チェアに座る先輩が、スマホを確認しながら言った。

「そうなんですね。駅で粘らずに、早めに宿を探しておいてよかったですね」

「ああ、そうだな」

 ひと悶着あったけれど、まあ結果としては悪くはない。

 今日は二回も温泉に入ったけれど、その後も夏の街を歩いたので、汗をかいてしまった。

 それにさっき、ホテルの部屋についてから、近くのお店に食べ物や着替えなどを買い出しに行った。

「僕、シャワー浴びてもいいか?」

「ええ、どうぞ。私はその後入ります」

「わかった」

 先輩はそう言うと、ユニットバスに着替えなどをもって入っていった。

 私は一人、テレビを見ながらスマホをいじる。

 やばい、ドキドキしてきた。

 別に、何かあるわけではない。ただ今日は不可抗力で泊りになっただけだ。

 そうただ寝るだけ。夜を過ごすだけ。え、夜を過ごす?

 ああ、だめだだめだ。冷静になれって。

 テレビは夏の特番で、お笑い芸人がネタをかわるがわる披露している。

 しかし全然頭に入ってこないので笑えない。

 そんなことを思いながら過ごしていると、「はあ、気持ちよかった」と言って先輩らしき人がユニットバス出てきた。

「いや、誰ッ!?」

 ローブ姿で、眼鏡をはずし、濡れた髪をオールバックにしている先輩は、見たことない誰かだった。

「え? 砂川武蔵、通称スぺだ」

 タオルで濡れた髪を拭きながら先輩が答える。

「ああ、すいません。わかってました。でもその自己紹介でいいんですか?」

 もしかして予備校とかでそういう自己紹介をしてるのではないかと不安になった。

「そんなことより、次は小花さんの番だぞ」

 私は先輩に促されてシャワーを浴びることにした。



  □◇■◆



「小花さんの眼鏡姿は初めて見た」

 シャワーから上がると、先輩がそう言った。

 眼鏡選びの時にふざけてかけたけれど、普段の生活の中で眼鏡をかけるとこはなかったので、そういう意味で言っているのだろう。

「ええ、あまり見せたくないので……」

 実は私も眼鏡の度数は高い。

 眼鏡がなくなると歩けなくなる先輩ほどではないけれど、目は結構悪い方なので度数は高い。

 だから眼鏡をかけると、目が小っちゃくなっちゃうので、あまりかけていることろを見せたくないのだ。

「そうなのか? 別に悪くないと思うけれど」

 チェアに座る先輩が言う。

 先輩はそのチェア周辺を陣地にしている。

 フロントから借りたタオルケットを膝に書けて、デスクにはスマホや時計などを並べている。

 私はベッドに本陣を敷いて、スマホやコンタクトケースはサイドチェストに置かせてもらっている。

 お互いに疲れが出てきたのか、会話がなくなる。

 それぞれスマホをいじったり、して過ごしている。

 さっきまでドキドキしていたけれど、慣れてきたのか、シャワーを浴び終わったころには気持ちが落ちついていた。

「さて、寝るか」

 先輩が沈黙を破って言った。

 時計を見ると二十三時を過ぎたところだった。

「え、先輩、そこで寝るですか?」

 いくら陣地だからと言って、硬いチェアで寝るのはつらいものがありそうだ。

「他にあるか?」

「え、あ、いや、そうですね……」

「さあ寝るぞ」

 先輩が電気を消した。

「あ、豆電球は使うタイプか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。それじゃあ小花さん、おやすみ」

「はい、先輩。おやすみなさい」

 私はタオルケットにくるまった。

 先輩はチェアに座るとちょうどいい態勢を探しているのだろうか、ごそごそと聞こえる。

 目を凝らして、うっすらと見える先輩に目をやると、右を向いたり左を向いたり。足を上げたり下げたり動いている。

 はっきりいって寝心地が悪い。

 私だけが快適な睡眠を取れるなんてなんだか申し訳がない。

「せ、先輩……」

「ん? なんだ? 寝なさい」

「こ、今回だけは特別に、べ、ベッドの隅っこなら使っても、いいですよ」

「いや、それは悪い」

「だって、私だけがベッドだなんて、気が引けます」

「一つしかないんだから、しょうがないだろう。だから小花さんが使えばいい」

「眠れないです。これじゃあ。だからベッド使ってください」

 私がそう言うと先輩が「うーん。眠れないとなると困るな……」と考えるように言った。

 そして「わかった」と言って立ち上がり、私のベッドに入ってきた

「うわあ!」

 モーションが少なかったの突然入ってきたように感じた。

「ん? どうした?」

「いきなりなんですかッ!?」

「いきなり? 小花さんが使っていいって言ったじゃないか」

 右隣で横になる先輩が戸惑っている。

 暗さに目が慣れてきたのか、先輩の顔も見えるようになっていた。

「え、あ、いや、そうですけど。なんか、もっと、なんかあるでしょ?」

「なんか? なにかあるのか?」

「いや、ええ、そうですね。もういいです」

 言っても伝わらないだろうし、私としても何をどう言えばいいのかわからないので、あきらめた。

「よくわからないけれど……。でもありがとう。やはりベッドの方が寝心地がいい」

「はい、よかったです」

「ああ、それじゃあ今度こそ、おやすみ。小花さん」

 先輩はそう言うとまっすぐ仰向けになって目を閉じた。

「せ、先輩……。もう寝るんですか?」

「だからベッドに入ったんだろう?」

「そうですけど……。せっかくだから何か話しましょうよ」

「話すって何を?」

「え、なんでも……」

 私自身何かを話したいわけではない。だから何をと聞かれると答えられない。

 だけれど、めったにないことだから、寝るのももったいないかなとも思う。

「夜は寝た方がいい」

 先輩は寝たいようだ。まあ普通なんだけど。

「でもなんかいつもと違うし、少しくらい夜更かししたっていいじゃないですか」

「そうだな……」

「何か面白い話ないですか?」

「わかった。じゃあ一つ。昔ばなしをしよう」

「えー昔ばなし? それ面白いんですか?」

「僕のオリジナルだ」

「それは面白そうです。聞かせてください」

 私は仰向けで話す先輩の方を向くように、態勢を変えた。

「昔々あるところに、むーさんという男の子と、こーさんという女の子がいました」

「ふふ。なんですかそれ?」

 たぶん私たちをモデルにしている。たしかにちょっと面白いかも。

 先輩は上を向きながらもハンドジェスチャーをしながら話している。

「むーさんは素直で物わかりのいい子で、こーさんは意地悪で聞き分けの悪い子でした」

「え、ちょっと、こーさんもたぶんですけど、素直で物わかりのいい、純粋な子だったと思います」

「そうか? それじゃあそうしよう。こーさんも素直で物わかりのいい子で、さらに純粋な子でした。これでいいか?」

「ええ、満足です。続けてください」

 先輩は「ああ」というとまた話を始めた。

「こーさんとむーさんは二人で旅行に行きましたが、トラブルで帰れなくなってしまいました」

「かわいそうですね」

「うん。それで二人は泊まることにしたのですが、次の日はどうするか、寝る前に話しました」

「そういえば決めてなかったですね」

 言われてみればそうだった。先輩はそんなことを考えていたのか。

「そこでむーさんはこーさんに二つ提案しました。一つ、朝になったらすぐに帰る。一つ、明日も一日中、観光をする。こーさんはどっちの提案を選んだと思いますか?」

 そこまで話すと先輩は「どう思う?」と聞いてきた。

「明日も一日中、観光する方だと思います!」

 私は元気よく答えた。

 もちろん先輩の話の中の答えだけではなく、現実の明日のことも含めて。

「こーさんの返事に、むーさんも同意しました」

「やったー明日も観光だ」

 日帰り旅行のはずが、一泊二日の山梨旅行になった。

 明日はどんなところに行けるのだろうか。楽しみだ。

「そして最後にむーさんは、それじゃあ明日も一日中、観光だから、今日は早く寝よう、と言いました。素直で純粋で物わかりのいいこーさんは、そう言われてなんて答えたでしょうか?」

 先輩が「さあ、答えは?」と聞いてきた。

「わ……わかり……ました……」

 私は渋々答えた。

「こーさんからその答えを聞いて、二人はすぐに寝ましたとさ。めでたし、めでたし。小花さん、それじゃあ、おやすみ」

 先輩は話し終えると、目をつむって睡眠の態勢に入った。

 はめられたー! くそー! やられたー!

 昔ばなしかと思ったら、ただのスぺばなしだった!

 ぐうの音も出ないというやつだ。

 素直で純粋で物わかりのいい私は、悔しいけれど「おやすみなさい」と先輩に伝え、寝ることにした。

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[良い点] スペ先輩の一枚上手感と、小花ちゃんの感情に素直な可愛さ。 スペ先輩だからってのもありますけど、一つの布団に男女で入ったらヤバい程度の認識はちゃんとあって、数年後に利用してみようかな、みた…
[良い点] スペ先輩の頭脳戦が見事すぎる。 たとえこーさんが意地悪でも同じ結末になったんだろうなあ。 話し始めたときには既に詰んでいた、小花ちゃん、ご愁傷さまです。(笑)
[一言] 先程の感想を前言撤回いたします。すいません。 本当のハプニングだったんですね。 でもラブホ……いや、知らんのかいッ! 最後の昔話じゃないんじゃ……?
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