スぺ先輩と一狩り行きたい
「小花さん、お待たせ」
そう言って現れた砂川先輩は、銀ぎらな甲冑を身にまとっていた。
「いえ、問題なく会えてよかったです」
「ああ、初めてだったが小花さんのおかげでここに来られた」
私たちはモンスターハンターというゲームの中で、待ち合わせをしていた。
世界観としては和を基調としていて、町の住人は着物のような服を着ている。
装備もそういうった和風なものもあるけれど、先輩は甲冑を選んだようだ。
先輩は始めたばかりだし、選べるものも少ないので、仕方ないっちゃい仕方ない。
ちなみに私は着物のドレスのような防具にしている。
「先輩、武器は何にしてるんですか?」
「ガンランスだ。小花さんは?」
「私は双剣です」
「なるほど。かっこいいな」
この世界にはモンスターたちが住んでいる。
私たちはハンターとなって、依頼を受けてモンスターを狩る。そういうゲームだ。
そこで武器が必要となる。
先輩のガンランスとは、大砲のような銃槍と分厚い盾がセットになった武器だ。
動きが遅くなる分、大きなダメージを与えられる。そして盾による防御で敵の攻撃に耐える。
私の双剣は、読んで字のごとく、両手に剣を持つ武器。
剣は短剣で、素早く動き回って敵にダメージを与えていく。
アニメの主人公は大体双剣を使っている。だからそうしてみた。
他にも武器の種類はあるけれど、それぞれスタイルがある。先輩もいろいろ試してガンランスに落ち着いたと言っていた。
「先輩は何か作りたい武器とか防具はありますか?」
「作ってくれるのか?」
「違います。そんなことできません。そうじゃなくて、一緒にモンスターを倒して、必要な素材を集めるんです」
「なるほど。上級者の小花さんと一緒に狩れば、初心者の僕でも素材がすぐに手に入るのか」
「そうです。だから一緒に狩りに行くのがいいんです」
「たしかに、それは効率的だ」
「そうですよね。さあとりあえず、お団子屋さんに行きましょう」
私は先輩をお団子屋さんに案内した。
お団子にはスタミナ消費軽減とか、攻撃力アップとか、いろいろなバフ効果があるので、出発前に食べておくのがいい。
二人並んでお団子とお茶のセットを頼む。
甲冑の先輩はどうやって食べているのだろうかと思いながらも、ゲームの話なのでツッコミは入れない。
「美味しいですね」
「ああそうだな。お、茶柱が立った」
「いいことがありますよ」
「そうだといいな。よし、それじゃあ僕は準備ができた」
「はい、私もです。さてと、依頼でも確認しましょうか」
「ああ、そうだな」
私たちは席を立つと、モンスター討伐の依頼書の貼ってある掲示板に向かった。
「このワニのようなモンスターもずいぶん狂暴そうだな」
先輩が依頼書を手に取り言った。
私はのぞき込んでその依頼書を見る。
「そうですね。ヨツミワドウってやつですね。最初の内はなかなか厄介ですよ」
「そうか。ん? なんだか恐竜みたいなのもいるな」
依頼書はたくさんある。先輩は初心者だし、まだ出会ったことのないモンスターが多いようだ。
「ええ、基本的にはそういうタイプが多いです」
「なるほど。それは狩り甲斐がありそうだ」
しばらく依頼書を相談しながら精査し、ハンターの私たちは討伐に向かった。
□◇■◆
今回受けた依頼は、傘お化けのような鳥のモンスター、アケノシルムの討伐だ。
私としては簡単に倒せるレベルだけれど、砂川先輩はまだ倒したことがないとのことで、お手伝いをする形となった。要は砂川先輩のストーリーを進行させるようなものだ。
廃寺のある森の中に転移する着物ドレスの私と、銀ぎら甲冑の先輩。
「それじゃあ先輩、行きますよ」
「ああ、小花さん。よろしく頼む」
私たちはオトモーにまたがる。
各人、一匹ずつオトモーと呼ばれる犬と猫の相棒を連れていくことができる。
犬はまたがって移動手段になり、猫は物を盗んだり相手をマヒさせたりといろいろ設定ができる。
私のオトモーはわんちゃんが“くりくりまる”で、ねこちゃんが“ころころまる”という名前にしている。
先輩はわんちゃんが“くりまるまる”で、ねこちゃんが“まるくりくり”だった。紛らわしいなって思った。
くりくりまるに乗る私と、くりまるまるに乗る先輩は、広い森を駆け回る。
ひょっこり現れた雑魚モンスターをやっつけて、素材をいただく。
私は二三撃で倒せるが、先輩は苦戦している。手伝ってあげると「ありがとう」と先輩が言うので、悪い気はしない。
そしてまた森を駆け回る。
その途中途中で植物などのアイテムの回収も忘れない。傷薬なんかは植物からクラフトできるからだ。
「もうボス倒しちゃいます?」
私は刃がぼろぼろになった双剣を研ぎながら先輩に尋ねる。
「頼もしいな。どうするのがいいんだ?」
先に研ぎ終わっていたガンランス使いの先輩は、くりまるまるにまたがっている。
「そうですね。ターゲットじゃないボスも倒しちゃえば、レアアイテムを回収できるかもしれないです」
「なるほど。それはいいな」
「まあ制限時間内に終わらせることが必須なので、そこは時間を見ながらですね」
きれいに研がれた双剣を鞘に納めて私は立ち上がる。
「それじゃあまだ倒したことのない、ワニみたいなモンスターを狩りたい」
「さっきのヨツミワドウですね。いいですよ。やっちゃいましょう」
「お、おお。なかなか強気な小花さんも新鮮だな」
「そうですか? まあ私強いんで」
「そ、そうか。それはよろしく頼む」
私たちはくりくりまると、くりまるまるにまたがって、ヨツミワドウのいる場所を目指した。
廃寺や廃村を通り抜けると、広い川に出た。
「先輩、あそこにいるのが、そのヨツミワドウです」
川の真ん中で、鼻提灯を作りながらヨツミワドウは寝ていた。
「油断しているが、狂暴そうだな」
「ええ、状態異常にさせられたりしますから、ガードをしっかりしてくださいね」
「アドバイスありがとう」
「いえ、それじゃあ私は接近武器なので突っ込んでいきますが、先輩もガンランスでの攻撃よろしくお願いします」
「ああ、わかった」
先輩の返事をもらうと私は双剣を構え、ヨツミワドウに向かって走り出した。
近づいたところで、走りこみながら剣を横に振り先制攻撃。
攻撃を受けたと気が付いたヨツミワドウは、大声を出して威嚇する。
私はもろにその声を受けて耳をふさぐ。一時的に行動が制限される。
その隙をついて、ヨツミワドウは大きな両手を乱暴に振りがむしゃらに攻撃をしてくる。
しかし私は間一髪で攻撃をかわし、その勢いのまま背後に回ってヨツミワドウの弱点に一撃。そしてすぐに距離を取る。
先輩は少し離れたところから銃を乱射している。味方同士の攻撃はノーダメージなので問題はない。
がむしゃらな攻撃をやめたヨツミワドウは、ターゲットを先輩に替えた。
ヨツミワドウは地面から岩を掘り起こし両手で頭上で構える。
先輩は事態に気が付いたのか銃を仕舞い、盾を構える。
その直後ヨツミワドウの投げた岩が先輩に的中した。
あと一秒遅れたら、それなりのダメージを受けていたであろう。初心者の先輩だからもしかしたら一撃でやられていた可能性もある。ハンターになりたての割には、ガンランスの使い方が様になっている。
なんてベテランハンターみたいなことを言ってみる。
先輩は盾で攻撃を防いだが、それで終わりというわけではもちろんない。
ヨツミワドウの攻撃は続く。
先輩に駆けるように近づいたヨツミワドウは、今度は口から光線のように水を吐きだした。
これに当たると、ダメージはもちろん、さらに状態異常を起こし、スタミナの消費が早くなる。
先輩は素早く横にローリングをして攻撃を避けた。甲冑なのに身のこなしが軽やかなのは仕様だ。
私は先輩がターゲットなのをいいことに、ヨツミワドウの背後に回り、攻撃を続ける。
双剣の良さは素早く何度も攻撃を繰り出せるところだ。大剣と違って、一回での大ダメージは見込めないけれど、小ダメージを蓄積して大ダメージに匹敵する攻撃ができる。
先輩も隙をついて銃を撃ち込んでいる。
何度か攻撃をしているとヨツミワドウが怯み、もがき始めた。
「先輩、チャンスです!」
ここは一気に攻撃をして、ダメージを与えたい。
私の双剣には奥義みたいなものがある。
いろいろなステータスが、数秒間上がる。もちろん攻撃力も上がるので、このチャンスで使う。
「こ、小花さん? すごい殺気だな」
ガンランスでヨツミワドウを攻撃しながら先輩が言う。
「ええ、今は鬼人化してますから」
そう、双剣の奥義は鬼人化。その間はめらめらと赤いオーラみたいなものが体中がからあふれ出す。
「おお、そうか……。それはそれは……」
先輩は鬼人化した私に少し引ているけれど、私は攻撃の手を緩めない。
しかしヨツミワドウは体勢を立て直したようだ。立ち上がると、再び大声で威嚇をしてきた。
先輩と私は耳をふさぎ、動きが止まる。
やばい、このままでは二人とも次の攻撃を受けてしまう。
そう思った時だった。もう一体のボスモンスターが乱入してきた。
私たちの今回の依頼書のターゲット、傘お化けのような鳥のモンスター、アケノシルムだった。
アケノシルムに気が付いたヨツミワドウは、一目散に駆け寄り攻撃を開始する。
体当たりを受けたアケノシルムも負けじと口から炎を吐き応戦する。
アケノシルムは炎を吐くモンスターなのだ。
「なかなか迫力があるな」
「そうですよね」
モンスター同士の戦いは、ハンターの私たちは見ているだけ。お互いがお互いにライフを削り合ってくれるのでありがたい。
しばらく見ていたら、ヨツミワドウの攻撃でアケノシルムが怯んだ。
「よっし、ちょっと操ってきます」
「こ、小花さん? 危ないんじゃないか?」
「大丈夫ですって」
私を心配する先輩をしり目に、私はアケノシルムにまたがった。
ハンターの私たちは、条件が揃えば、怯んだボスモンスターを操ることができる。
そして他のモンスターに攻撃をしたり、わざと壁に突進させて自爆させたりと、大幅にダメージを与えられる。ボーナスタイムみたいなものだ。
私はアケノシルムを操って、ヨツミワドウにダメージを与える。
かなりのライフを失ったヨツミワドウは一時退散。遠くまで逃げてしまった。
それは後で追いかけるとして、今度はアケノシルムには壁に突っ込ませて最後の一撃を与えておく。今回の依頼はこいつだから、あとで本格的に討伐する際にライフが減っていると助かる。
最後の一撃で操作の紐を解かれたアケノシルムも、これは参ったと、羽ばたいて避難していった。
「小花さん、なかなかたくましかった」
「えへへ。ちょっと張り切りました」
私たちは刃の欠けた剣を研いだり、薬でライフを回復したり、次の戦闘の準備を行うと、逃げたヨツミワドウを追いかけるべく、くりくりまるとくりまるまるにまたがって、森を駆け出した。
□◇■◆
森にそびえたつ山の頂上に設置されたお社の前に二人で立ち、夜の下界を見下ろす。
あれからいくつか討伐依頼を片付け、今はフリーモードで森に入っている。
ここまではモンスターは上がってこられない。森が平和に見える。
「いやあ、小花さんのおかげでたくさん討伐ができたよ。ありがとう」
素材をたくさん集めたことで、甲冑を金ぴかにパワーアップした先輩が言う。
「えへへ。どういたしまして。でも、先輩も強くなりましたね」
「慣れてきたからな」
「鍛錬を怠っていたら、私なんかあっという間に抜かれちゃうかも」
「それはあり得ないだろう」
「そうですか? 先輩って結構戦略的だし、ちゃんとやったら強そうですもん。もう私と協力してくれなくなっちゃったりして」
ちょっと寂しい気がしたので、鎌をかけるじゃないけれど、言ってみた。
「いや、初めて協力して、討伐したけれど、すごく楽しかった。また協力してほしい」
「そうですか? それはよかったです」
「うん、それにしてもこのゲームはすごいな」
「魅力をわかってもらえて嬉しいです」
「ああ、十分伝わった。感謝している」
先輩はそう言った後、何やら考え込み始めた。
よく聞き取れないけれど、「大変なことになる」とか「規模が普通じゃない」とか言っている。
「どうしたんですか?」
私は気になったので思わず聞いてみた。
「いや、予想だし根拠もないからあまり言いたくないんだけれど」
「予想? なんの予想ですか?」
「なんていうか、このゲーム……」
「はい、なんですか?」
先輩がすごいことを言いそうな気がする。
「このゲーム、たぶん流行るぞ」
「いや、流行ってるわッ!」
何を今さら言ってるのだろうか。
もう流行ってるんだよ。もうそれはそれは。
「違う、小花さん。小花さんが考えているようなものよりももっと、何て言うか、世界的に流行りそうな気がする」
「いや、だから、世界的に流行ってるわッ!」
「そうなのか?」
おい! なんだそれ! そうなのか? じゃないよ。
何で知らないんだよ。
もしこの世にスぺハンターがいるのなら、早く砂川先輩を狩ってほしい。
そんなとぼけた先輩の相手をしていたら、空が白み始めた。
現実世界よりも早い時間経過が設定されており、あっという間に夜が明け、日が昇ってくる。
先輩とともに森で一夜を明かした。決して誰も上がってこられないお社で二人。
「先輩、写真撮りましょうよ」
ふとこの瞬間を収めたくなって先輩に言った。
「そんなことできるのか?」
「ええ、出来ますよ」
私はカメラ機能を選択し、朝日の昇る森を背景に先輩と並んで写真を撮った。
でも先輩は金ぴか甲冑だったから、表情は全然わからなかった。




