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エンカウンター・ウィズ・ツンデレラ

「ほぅ、河原で飛行機?」

「あそこはラジコン禁止じゃなかったかなぁ?」

「いや、何か手で投げてたって話でしたよ」

「ハンドランチ・グライダーかな?」

「そんな事より、さっさと手を動かすっ」

「へーい(×3)」

 この間の清掃活動が色々な所に知れ渡り、最近は『航空技研は掃除好き』とかいう、あらぬ噂が立つようになっていた。そして、そこに目を付けた関谷先輩は、掃除をする代わりに部費をトレードする事を思いつく。少ない部費は自分達で稼ごう、という訳だ。

「じゃ、後はお願いねー」

 そんなこんなで、今日は女子ソフト部の部室掃除。なつみが居るお陰で、男子部だけじゃなくて女子部からも引き合いがある。有り難いことだ。俺にとっては大迷惑だけれども。

「……じゃなくて、俺、なんで放課後に掃除しなきゃなんないの?」

「別にいいじゃない、タダ働きしてる訳じゃないんだし。ボーッと何もしないで過ごすよりマシでしょ?」

「そうだぞ、僧侶の修行では一に作務、二に勤行、三に学問と言ってだな、仕事や勉強よりも、日々の掃除や身の回りの整理整頓の方が、心を磨く為にはとても大事な事だとされているのだ」

「あの、俺、修行僧じゃないんですけど」

「まぁ、いいじゃん。これで部費も増えるんだしさっ。そろそろ電動RCぐらいなら買えそうだよ? 長谷川君は初心者だから、まずは入門用のラダー機かなぁ。でも、最終的にはスケール機でタービンエンジンで14チャンネルで、うへへへ――」

「何だか修行とは程遠そうな物欲の権化が居ますけど?」

 そんな取り留めも無い会話をしながら掃除をしていると、部長が難しい顔をして何かを拾い上げる。まるで風紀委員が校則違反者を検挙するかのように。

「全く、こんな所にパンツを脱ぎ捨てるとか、だらしないにも程がある」

「パンツ?」

 良く見ると、何故か部長はピンク色の可愛い何かを指で摘まんでいた。それは、夢とロマンに溢れた、世の男達が夢見る至高の逸品。

「わーっ!? ダメダメダメっ! こっちはいいからそっちやっててっ!」

 でも、そんな珠玉の品は、あっという間になつみに没収収されてしまった。何だかちょっと残念なような気もしないでもない。

「春の午後、桜散っても、咲く花や。か」

 あ、何か、上手い事言った気がする。

「……怒るよ?」

「ごめんなさい」


――――。


「ここかな?」

「みたいだけど、それっぽい人達は誰もいないね」

「今日はやってないのかも知れんな」

 日曜日、運動部と違って休日の練習とかに無縁な俺達は、部長の発案で飛行機を飛ばしているという現場を見に来ていた。でも、近くの公園や野球場が賑わっているというのに、この場所にはそれらしい人影が見当たらない。

「こんな良い天気なのにね~。あ、日焼け止め忘れた」

「日焼け止め? 夏でもないのに?」

「何言ってるの、紫外線対策は三月からが常識だよ」

「忘れてるくせに」

「うっ……」

「まぁまぁ、折角来たんだし、ちょっと遊んでいかない?」

 関谷先輩はそう言って、背中にしょっていたデイパックを芝生に置くと、何やらごそごそと細長い物を取り出した。

「皆の分も買ってきたから、一緒にやろうよ」

 渡されたのは細長い封筒のような包み。表には模型飛行機の絵が描いてある。

「これって?」

「スチレン製の組み立て飛行機。これも結構楽しいんだ」

「組み立てって、ここでですか?」

「うん、差し込むだけで出来るから、広瀬さんでも簡単に作れるよ。ほら、この胴体パーツに穴が空いてるでしょ? ここに、こっちの翼を差し込んでっと……」

「懐かしいな、俺も昔これで良く遊んだよ」

「部長もですか?」

 俺となつみは、あまりこういうオモチャには縁が無かった。四人姉妹と弟みたいなもんだから、どうしたって遊ぶ内容は女の子向けになる。おままごととか、アイドルの真似事とか、そんなのばかり。

 そういや、悪の組織と戦うんだとか言って、皆で良く変身させられたっけなぁ。ひらひらのスカート穿かされて、魔法のステッキみたいなの持たされて……。

「翔太、どうしたの? 気分悪い?」

「……いや、ちょっと、切ない想い出で胸がいっぱいになってさ」

「想い出?」

「ほいっ、出来たよ。こんな感じで簡単に作れるからさ」

 気が付けば、関谷先輩が掲げた手の中には、パッケージ通りの姿形をした模型飛行機が完成していた。そのあまりの簡単さにびっくりしたのか、俺もなつみも、何だかちょっと楽しくなってきていた。

「へー、面白そう」

「翔太、ほらっ、あたしも出来たよ」

 なつみはそう言って、嬉しそうに飛行機を見せびらかしていた。こいつがこういうのに興味があるなんて意外だったかも。

「でも、こっちのゴムは何に使うんだろ?」

 彼女は不思議そうに、袋の中に入っていた長い輪ゴムを取り出す。飛行機自体は完成しているように見えるけど、まだ何か足りないのだろうか?

「へへ、これはね……」

 そう言うと、関谷先輩は得意満面に片手でゴムを持ち、もう片方の端を組み立てた飛行機の先端に引っかけ、そして、そのまま空に向かって目一杯ゴムを引っ張っていく。

「こうするのさっ!」

 関谷先輩がパッと手を離すと、飛行機はまるでミサイルのように青空へとかっ飛んでいく。

「うぉぉっ、すげーっ!」

 サーっと駆け上がっていった飛行機は、遠い青空の中で勢いを失い、そよ風に煽られるようにゆっくりと弧を描いて降りてくる。まるで意思を持つように、そして自分達に好意を持つかのように、ゆっくり、ゆっくりと頭上を旋回して落ちてくる。

「おぉぉっ、俺もやるっ!」

 何だか、今までに経験した事がないようなテンションで舞い上がっていた。自分でも凄く不思議だけど、でも、こんなに素直に『楽しい』だなんて思えた事、今まであっただろうか?

「って、出来たっ! なつみ、行くぞっ!」

「おーっ!」

 二人で一緒にゴムを引っ張る。遠い曇に照準を定めるように。

「せーっ、のっ」

「てりゃっ!」

 二人の機体も、さっきと同じようにかっ飛んでいく。でも、自分達で飛ばしたせいなのか、さっきの楽しさとは比べ物にならない爽快感が身体を駆け巡っていた。全ての視界が空色に包まれ、まるで自分が風を切って飛んでいるかのような錯覚。そんな錯覚の筈なのに、この胸を貫くような感覚は何なのだろう?


 そんな事を考えながらボーッとしていると、勢いよく飛んでいった筈の機体は、さっきの関谷先輩とは違って、何故かへろへろと頼りない軌跡を描きながらあらぬ方向へと飛んでいく。

「あ、あれ? あれれれ?」

 良く見れば、なつみの機体も同じように、へろへろと頼りない軌跡を描いている。

「二人とも、もうちょっと調整しないとダメかな?」

「調整?」

「空を飛ぶ物っていうのは、色々とバランスが大事なんだよね~」

 そう言って、関谷先輩が自分の機体を指の上に乗せると、びっくりするぐらい、ビシッと水平に安定していた。まるで釣り糸に吊られているかのように。

「調整するのも一つの楽しみだから、長谷川君も色々試してみなよ。広瀬さんのは僕が調整してあげ――」

「分かりました、私も頑張りますっ」

「あ、うん、が、頑張って……」

 何故か寂しそうに落ち込む関谷先輩。もしかして、なつみと仲良くなりたいのかな?


 先輩達の助言を受けながら、本当に微妙な微調整を何度も繰り返す。調整しては飛ばし、ちょっとの変化に一喜一憂する。あまり上手には飛んでないような気もするけど、何故か凄く楽しかった。


 そんな中、突然、土手の上から大きな声が響く。

「あーっはっはっはっ、何その飛び方? 全然なってないじゃない」

 甲高い声で、上から見下ろすような態度をしたその人影は、腰に手を当て仁王立ちしていた。しかもそれは、一人ではなく、三人。


 あの人達は一体……。


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