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ヒーローとプリンセス

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

 角を曲がった先には巨大な倉庫が広がっていた。そしてそこには、気色悪い虫のように蠢く、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。

「止まるなっ! 長谷川は女子を連れて突っ切れっ! 二時の方角っ! 援護するっ!」

「はいっ!」

 三人を確認し、ゾンビの海に突っ込んでいく。後ろから聞こえるカウントダウンと、止まらない破裂音。

「どけどけどけっ!」

 道を作るように、走りながら撃ち続ける。後もう少しで外に出る扉へ辿り着けそうなのに、何故か思うように前に進めない。と、その時、手元からガシャッという音が響いた。

「弾切れっ!?」

 ここまで来てゲームオーバーなんて、絶対に嫌だ。俺は絶対にクリアするっ! 皆と一緒にっ!

「なつみっ!」

「翔大っ!」

 次の瞬間、お互いの銃が空中を舞っていた。時間が止まったように交差する視線。お互いの指先に触れるように伸ばされた腕。頭で何か考えていた訳じゃない。でも、その指先がそこにある事は、寸分の狂いも無く分かっていて。

「絵美葉っ! 後ろ! 撃ちまくれっ!」

「ヤーっ!」

 受け取った銃の重さが微妙に違う。きっと、彼女はほとんど撃っていなかったのだろう。なら、ここで一気に片を付ける。彼女が温存してくれていたこの力で、扉を塞ぐゾンビ共を薙ぎ倒す!

「っぉぁぁぁぁぁっ!」

 次々と倒れていくゾンビを飛び越え、扉のノブに手を掛ける。そして、ノブを捻り、一気に開け放つ。その先にある光景は眩しくて良く見えなかったけれど、今は、まだ。

「早くっ!」

「くっ!」

「うひ―っ!」

 なつみと絵美葉が扉を駆け抜ける。けれど、結衣姉の足は二人よりもほんの少し遅くって。

「結衣姉っ!?」

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

 スローモーションのように彼女の姿が瞳に映る。想定外の方向からゾンビに襲われる彼女。そして、そのゾンビを避けようとし、足を崩して倒れ込んでいく姿。

「結衣姉―っ!」

 いくら手を伸ばしても届かない距離。けれど、彼女の恐怖に満ちた表情だけは、手に取るように鮮明で。それでも、何とか手を伸ばそうとした次の瞬間、彼女は何かに包まれるように見えなくなった。お洒落とは無縁な、質実剛健を絵に描いたような地味な色のコートが翻る。

「すまん、待たせたな」

 背中に銃を背負い、結衣姉をお姫様のように抱きかかえ、彼は軽やかに扉を潜り抜ける。その姿はまるで、……王子様? いや、彼はそんな線の細い男じゃない。そう、彼の姿は。

「ヒーロー……」

 どんな困難にも立ち向かい、どんな逆境でも乗り越えていく背中。きっと、彼の望んでいた未来は、既に現実の物となっている。戦闘機に乗らなくたって、愛する人を救える彼は、きっと、……誰よりも強い。


 ――――。


「おめでとう、ミッションクリアだ。その多大なる功績を讃え、この勲章を授ける。大事にしてくれ」

 結局、俺達以外のチームは全員クリア出来なかったらしい。皆の話を聞いていると、どうも進むルートがいくつもあったらしく、その中でも俺達のルートは大分厳しかったようで。

「まさかあんなに大量のゾンビが居るなんてなぁ」

「遊園地のアトラクションとは思えなかったですね。ハリウッド映画かと思いましたよ」

「ホントだな、映画の主人公になった気分だ」

 爽快感に包まれたまま、未だに熱が冷めない。それが何に対してなのかは良く分らなかったけれど、心の底から湧き上がってくる何かを止めることは出来なかった。

「そう言えば、勝負の方はどうだったんだ? どっちが勝った?」

 赤城先輩が楽しそうに尋ねてくる。その表情を見れば、笑いのネタにしようとしている事は一目瞭然だけれど。

「あはは、すまん、途中から数えるのを忘れていたよ。この勝負は引き分けだな」

「えーっ!? 嘘だろ、つまんないじゃん!」

 でも、引き分けなんて有り得ない。それは、両手で顔を覆い、耳を真っ赤にして立ち尽くす彼女を見れば、一目瞭然で。

「何言ってるんですか、部長の勝ちですよ。あんなの見せられて勝てると思いますか?」

「そうよね、今時少女マンガだってアレはなかなか無いと思うもの」

「まぁ、そりゃそうか。んじゃこの勝負、斉藤の勝ちっ!」

「というか、これが最後の勝負じゃないっすか? もうすぐ、陽が落ちますよ」

 首筋を吹き抜ける風が心地良い。あんなに気持ち良かった太陽の暖かさはもう無いけれど、今は熱い戦いで火照った体温とのコントラストが気持ち良い。そして、あんな姿の彼女を見られたお陰で、心の中にも清々しい気持ちが吹き抜けていた。


 ――――。


「ほらほら、部長が勝ったんですから、ちゃんと乗ってくださいね」

「いや、それとこれとは話が違うんじゃ?」

「まぁまぁ、結衣さんも喜んでいるみたいですし、一緒に乗ってあげてください」

 喜んでいるというか、さっきからずっと顔を両手で覆ったままだけれど。

「はいはーいっ! ゴンドラ来たから乗ってくださーい」

 二人を無理矢理ゴンドラへと押し込む。嫌がっていると言うより、恥ずかしがっている二人の姿は、とても初々しくて。

「ほいっ、任務完了っと」

 その姿はとても二つも年上とは思えなかった。

「さーて、俺達も乗るか」

「ほいほーい」

「そう言えば、結局ハートマークの謎は分からず仕舞いだったね」

「あ、すっかり忘れてた」

「絵美も」

 三人で笑いながらゴンドラに乗り込む。結衣姉には悪いけど、こっちはとても楽しくて、凄く心地良い。布団の中で微睡んでいるような、そんな温かい心地良さが身体を包んでいく。

「お姉ちゃん、部長さんと付き合えるかな?」

「もう間違いないよっ! お姫様抱っこだよっ!? 全女子夢のシチュエーションだよっ!? あーもー、羨ましっ」

「今日の部長、今までで一番格好良かったもんな」

「ねっ? ねっ? だよねっ!?」

「なっちゃんさ、この前のドラマ観た?」

「観たっ! さっきのまんまだったよねっ!?」

「だよねっ!? 絵美、もうゾクゾクしちゃった~」

「あたしもあたしもっ!」

 二人が何の話をしているか良く分らなかったけれど、結衣姉と部長はきっと上手くいく、そんな確信があった。ゴンドラに乗る直前、彼が俺に送ってくれた視線には、強い何かが込められていた。あの瞳の奥にある煌めきは、何かを覚悟した彼の心。それがどんな覚悟かは分からないけれど、きっと、彼は、ずっと彼女を幸せにする。……きっと。

「……ん?」

 そんな事を考えながら、ボーッと窓越しに一つ前のゴンドラを眺めていると、突然、ゴンドラが大きく揺れた。まるで、中で何か激しく動いているかのように。

「な、何だ? 揺れてる?」

「何何何何何っ!?」

「まさか始まったっ!?」

「危ない危ない危ないっ!? 三人でこっち来たら傾くだろがっ!」

 沈みかけた夕陽のキラキラとした光芒が遠くに消えていき、ほのかに暗い夜空の中、人工的な光に照らされたゴンドラが、二度、三度と揺れ続ける。

「壁ドンっ!? ううん、ゴンドラ・ドンっ!? 略してドラドンっ!?」

「もしかしたらもう入ってるかもだよっ!? どうするっ!? 濡れ濡れっ!?」

「入ってるって何? ってゆーか、お前等ちょっと落ち着けっ! 苦しいっ!?」

 四人乗りのゴンドラの片側に三人が集まれば、それはもう窮屈な事この上なく。でも、目の前で起こっているラブロマンスと比べたら、彼女達にとって、それはとても些末な事で。

「……静かになったね?」

「イッちゃったかな?」

「殴られるぞ?」

 中の見えないゴンドラの動きに、全ての神経が注がれていた。とは言っても、そのゴンドラを目視できる時間はそんなに長くなくて、頂上に到着する頃には、もう。

「あぁ~、見えなくなっちゃう」

「くっ、見えそうで見えないっ!」


 悔しそうな彼女達を見ていると、折角乗ったんだから少しは景色も楽しんだら? なんて声を掛けたくもなるけれど、そんな事を言った所で楽しそうな彼女達の耳にはきっと届かない。彼女達の中では、何かキラキラとしたドラマが繰り広げられている最中だろうから。


 ふと、彼女達の笑顔を横目に、遠く沈み行く夕陽の残り香へと想いを馳せる。遠く続く未来と、ほんの少し先の未来に。


「……卒業、か」


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