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ツン・デ・リング

「なっちゃん、もしかしてずっと一人で練習してたの?」

 その日の帰り、駅から家へと続く田んぼ道で、彼女は素朴な疑問を問いかける。

「んー、まぁ、そう言われたらそうかもなんですけど……」

 何故か言葉を濁す彼女。

「こんなに踊れるなら、最初からダンス部に入ってくれたら良かったのに。あんなアホな奴の所で青春無駄にするなんて勿体ないよ」

「アホって……」

 バカだのアホだの、部長、可哀想に。

「でも、練習って程でもないんですよ。結衣さんと絵美が楽しそうだなって思って、ちょっと真似してただけっていうか」

「もうっ! それならそうって言ってよっ! いつでも一緒に踊ったのにぃ!」

「でも、あたし全然体力ないですし。みんなの足、引っ張っちゃうから」

「そんなのどうでもいいのっ! 楽しいのが一番大事なんだからっ!」

 そう言って、なつみをギューッと抱きしめる彼女。

「でもほんと、何で言ってくれなかったの? 一緒にやったら絶対楽しいのに」

「何でっていうか……」

 どうもなつみの言葉の歯切れが悪い。照れているとか恥ずかしいとか、そういう感じでも無さそうだけれど。

「あ、そうだ、思い出した。聞こう聞こうと思ってずっとタイミング逃してたけど、文化祭の時の『scarlet trigger(スカーレット・トリガー)』。あれ、何で攻略方法知ってたんだ?」

「あぁぁ、もう、何で今更思い出すかな」

「俺だって翔子に何度も教わってやっと出来るようになったのに、何で?」

「――っ」

「一回や二回見たからって、あのルートは分からないだろ? もしかして――」

「あーもうっ、はいはいはいはいっ、そうですっ! 練習してましたっ! してましたよっ! 何か文句あるっ!?」

「あ、いや、文句なんかないけど、……何でかなって」

「別にいいでしょっ!? 越後屋君達が教えてくれるって言うから、ちょっと教えて貰ってただけよっ!」

「???」

 顔を真っ赤にして怒る彼女。後ろでクスクスと笑う結衣姉に、呆れ顔の絵美葉。でも、何となく気付いていた。あの時、こめかみが触れ合ったあの瞬間から、心の中に何かが灯り続けている。それは、彼女から譲り受けた灯火。彼女の熱い想い。そしてそれはきっと、結衣姉や絵美葉に対しても。

「でも、ありがとな。あの時、本当に嬉しかったよ」

「――っ」

 何故かふて腐れたような表情で顔を真っ赤にする彼女。照れているのか、何かに怒っているのかは良く分からないけれど、俺の中に伝わる彼女の声は、そんな感情では無いような気がした。だから――

「結衣姉、聞いて欲しい事があるんだ」

 俺はここでケジメを付ける。ずっと振り回してきた、なつみと絵美葉の為にも。

「何々っ? もしかして告白されちゃうっ!?」

 冗談めかして身体をくねらせる彼女。でも、そのセリフは、あまりにも酷いフラグで。

「……俺、結衣姉の事が好きだ」

「……へ?」

 乾いた風が、遠くで燻されている籾殻の匂いを微かに運んでくる。耳を澄ませば、電線が奏でる微かな振動。足元からは、乾いた泥にまみれたアスファルトの感触。身体はこんなにも敏感なのに、心は酷く穏やかで。

「え? ち、ちょっと待って。どういう、事?」

 想像もしていなかった複雑な顔。少し焦るようになつみや絵美葉へ向かって視線を泳がせる彼女は、一体何を思うのか。

「冗談じゃ無いよ。本当の事」

 なつみや絵美葉の顔は、見えなかった。

「その……」

 彼女は、酷く困ったような顔で下を向く。そんな事、言われなくたって分かっている。俺は、彼女を困らせたい訳じゃない。

「結衣姉、部長の事、好きだよね」

「斉藤……君?」

 何を言っているの? そんな顔で俺を覗き込む彼女。

「……」

「正直に言って」

「……何で、そんな事言わなきゃいけないの?」

「俺は結衣姉の事が大好きだから、結衣姉の事が全部知りたい。それじゃ、ダメ?」

「だ……、ダメ、じゃ、ないけど……」

 顔を真っ赤にして俯く彼女。その顔は、さっきよりもずっと困り顔で。

「好きなんでしょ?」

 こう見えて押しに弱いのも、ずっと昔から。

「……べっ、別にあんな奴、好きじゃないもん……」

 でも、こんなに分かりやすいツンデレさんだったとは思いもしなかった。でも、その言葉が聞ければ大丈夫。俺は、大好きな彼女の為に。心の底から。

「俺さ、部長の事も凄く好きなんだ」

「……そう、なんだ?」

「だから、卒業までの間に色々お節介すると思うけど、許してね」

「……う、うん?」

 何を言っているのか理解出来ないまま、その場に固まってしまった彼女。その気持ちは良く分かるけど、今はそこじゃない。自分で言っておいてアレだけれど、今は。

「でもま、取り敢えずは明後日の大会だな。なつみ、本当に大丈夫なのか?」

「誰に言ってんの?」

「お前、本当に性格変わったよな?」

「昔からこうでーす」

「絵美葉も大丈夫?」

「絵美、お姉ちゃんのセンターでも行けるんだけどなぁ」

「絵美なら出来そうだけど、お願いだから止めて。あたし本当にいっぱいいっぱいなの。今更変えるなんて絶っ対無理っ」

「むしろお兄ちゃんとお姉ちゃんのダブルセンターとかどうっ!? めっちゃ萌えると思わないっ!?」

「萌えるかっ!? むしろ燃えるわっ! ネットに晒されて大炎上間違いなしだわっ!」

「大丈夫っ、行ける行けるっ! スカート貸すよっ!? 絵美のパンツも穿くっ!?」

「穿くかアホっ!」

「あ、やっぱり被る方が好き?」

「被るかーいっ! って、やっぱりってどういう事やねんっ!?」

 いつもならここでヘッドロックだけれど、さすがにあんな言葉を聞いた後では、強がりなセリフを返すだけで精一杯だった。願わくば、この想いが顔に出ていない事を。


「ちょ、ちょっと翔ちゃんっ。お節介って何するつもりなの? 冗談……だよね?」

 振り向けば、不安そうにアワアワと口を動かす結衣姉の姿。でも、そんな彼女を見ていると、何だかちょっとからかいたくなるのは、俺だけじゃなかったようで。


「なーいしょっ!(×3)」


 もうすぐクリスマス。遠く見える家々は、キラキラ、キラキラと、どこか楽しそうに輝いていた。


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