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禿げてなーい

「だから違うっ! こうじゃなくて、こうっ! こうだっ!」

「素人が口出さないでっ! ていうか何その変な格好っ! 四股でも踏んでるのっ!?」

「何だとっ!? これが四股に見えるという事は、お前達の踊りも土俵入りって事だぞっ!? 分かってるのかっ!?」

「分かるわけないでしょっ!」

 放課後、大会前と言う事で体育館の半分を占有出来たダンス部員達は、何故か航空技研の部長から叱責を受けていた。

「おっかしーなー、もっとこう、ラブリーな感じになる筈なんだけど、どういう事?」

「そう言われても、ねぇ?」

「スルッとこっちまで流すな。流しそうめんか」

「相変わらず仲良しだね~」

 絵美葉の作戦はこうだ。大会前のダンス部をサポートする為に、航空技研に協力を依頼する。彼女達の為に、俺達は練習場所の確保と掃除、そして、こうやって客観的なアドバイスを伝えていく。

「ターンの後の足はこうっ! 腕はこうっ!」

「ちゃんとやってるでしょっ! ホントにちゃんと見てんのっ!?」

 そうやってコミュニケーションを深めていく事で、二人の親睦は深まり、大会に向けて、お互いの愛を育んでいく。

「それはこちらのセリフだっ! 今まで何を練習してたんだっ!? こんな状態で大会に出るなんて、冗談にも程があるっ!」

「な、何ですってーっ!? ちょっと見ただけで何を知ったかぶってんのよ、このハゲっ!」

 そして最後は大会に優勝し、皆に祝福されながら、二人は愛を誓い合う。

「誰がハゲだっ!? どう見てもフサフサだろうっ!?」

 最後の方はなつみの妄想だけれど、まぁ、大体はこんな感じ。

「あ、僕は少し動画撮っておくよ。こういう練習風景も様になるしね。……音声切っとけば」

「ハーゲっ、ハーゲっ、ハーゲっ!」

「謂れのない誹謗中傷は断固として非難するっ! それに、そういう西村だって、最近の太り方は目に余る物があるぞっ! 何だ、そのだらしない尻の肉はっ!」

「な……、な……、あ、頭おかしいんじゃないのーっ!?」

 ……。

「なぁ、絵美葉?」

「ん?」

「変態っ! セクハラっ! ハゲメガネーっ!」

 そして、連日繰り返される、罵詈雑言の嵐。

「これってさ、愛、……だと思う?」

「んー、ある意味、愛?」

「あたしは違うと思うけど?」

「あ、折角だからドローンでも撮っておこうかな♪」

 とは言っても、こんなに罵り合いながらも、彼女達の動きは段々と洗練されてきているような気がしていた。部長が指揮者のように音頭を取っているからだろうか? それとも、あの良く分からない説明が彼女達に伝わっているからだろうか。何が効いているのかは分からないけれど、素人目に見ても、最初の頃とは明らかに何かが違っていた。

「よーし、尻の話は置いておいて、最後に最初から通すぞ。宮内君も戻っておいで」

「はーいっ」

「ちょっと待ってっ! 私太ってないからねっ! 体重だって全然変わって――」

「ミュージック、再生っ!」

「聞けーっ!」


 ――――。


「お疲れっしたっ!」

「はーい、そしたらもうすぐ校門閉められちゃうから、みんなさっさとシャワー浴びて帰る準備するよ。はいはいはいっ! 走って走って!」

 気が付けば、窓の外は真っ暗で、あんなに熱気が充満していた筈の体育館は、ふっと冷たい空気が漂っていた。

「それじゃ、後はお願いね」

「了解した。関谷、俺とモップ掛け。広瀬さんと長谷川はネットを頼む」

「はいっ!」

 体育館の半分を占有する条件として、他の部から一つ条件を出されていた。体育館を最後に使う場合は、もう半分を使っていた部の後片付けをする事。そして、最後の掃除をする事。弱小ダンス部に自分達の場所を譲るのだ。それぐらいは、という事だろう。そして、ついさっきまで反対側を使っていたのは女子バレー部。うちの学校で、一番の強豪部。

「ねぇ、本当に、……こんな事で付き合えるのかな?」

 外したネットを畳みながら、彼女は感情を表わす事なく、素朴な疑問を突きつけてきた。

「どう……なんだろう?」

 言葉に詰まる。彼女の質問が、良く分からない。

「もしさ、翔大が結衣さんと付き合うって事になったら、……それって、何がきっかけになるのかな?」

「それは……」

 好きだって、そう伝える事がきっかけなんじゃないのか? そう思った。けれど、彼女が求めている答えは、そういう事じゃ無いような気がして。

 そんな事をモヤモヤと考えながら言葉に詰まっていると、彼女は、酷く丁寧にネットを胸に抱えながら、ふと、呟いた。


「付き合うって、……何なんだろうね?」


 和やかに微笑む彼女。でも、その目元には、何故か、ほんの僅かな影があるような気がして。


 ――――。


「なぁ、何か悩んでたりする?」

「へ?」

 真っ暗な道に、点々と街灯が灯っている。そして、その先に続く賑やかな街明かり。前を歩くダンス部員からは甘い香りが漂い、二人の部長からは相も変わらず罵詈雑言が響いてくる。

「どしたの突然? 別に悩んでないよ?」

「そう? まぁ、それなら良いんだけど」

 何かが引っかかっている。今に始まった話じゃない。そう、考えてみれば、もうずっと前からそんな感覚があった。それが何なのか、全然分からないけれど。

「でも、約束したから。隠し事はしないって」

「翔大……」

「何かあったのかなって。そう思ったから。だから」

 隠し事はしない。例えどんな些細な事でも、どんなに恥ずかしい事でも、彼女に伝え続ける。彼女を悲しませる事だけは、……二度としたくない。

「ありがと。嬉しい」

 さっきとは違う、なんの曇りもない、満面の笑み。ほんの少しだけピンクに染まった頬が、酷く可愛い。

「でも、本当に何にも無いから心配しないで。あんまり気にし過ぎてると、部長さんみたいにハゲ言われちゃうよ?」

「広瀬さんっ! こんな奴に騙されちゃいけないっ! 禿げてないからっ! ほらっ! ここ見てここっ!」

「こんな奴って何よっ!? ホントいい加減にしてよねっ!」

「お姉ちゃん、おでこのシワ、凄い事になってるよ?」

「いやぁぁぁっ!?」

 髪を持ち上げて生え際を指差す男子。一生懸命おでこをマッサージする女子。そして、その周りを取り囲む女の子達は何故か酷く笑い転げていて。それを見ていた俺達も、意味も分からず身体が笑い始めてしまう。本当にそれはもう、訳が分からないぐらいに可笑しくて。

「笑うなぁっ! 俺は禿げてないっ!」

「ち、ちがっ、別にハゲを笑ってる訳じゃっ、……っふふっ、ふはははっ!」

「ほ、ホント、部長さんの事じゃなくてですね? ぷっ、ふふっ」

「そうなのか?」

「あはははっ! 『そうなのか?』だってっ、お腹痛いっ!」

「ひーっ、ひーっ、ちょっと待て、ホント、ちょっと待ってってば」

「どうした? 何が面白いんだ?」

「面白い!? あはははっ! ひーっ、ひーっ、ひーっ!」

 本当に何が面白いんだろう? でも、もう、何もかも全てが可笑しくて。こんなに笑ったのなんて、いつ以来だろう?

「ふふっ、何だか俺も釣られて面白くなってきてしまったぞ?」

「釣られてだって! あはははっ! 部長が釣れたっ! あはははっ!」

「うぉぉっ!? 釣られた~、びちびちびちっ」

 突然、宙に釣り上げられたように身体をくねらせる部長。普段真面目な部長が初めて見せるふざけた姿が、さらに脇腹をよじれさせていく。

「ぶははははははっ! し、死ぬっ! 死ぬっ! 助けっ!?」

「もうダメっ! ホント無理っ! ひーっ」

 そのまま勢いよく腰を振り始める部長。それはもう、人間の域を超えそうな勢いで。

「ふぉぉぉぉぉっ! ――フォン。動きがあまりに早すぎて高速道路を走る車のタイヤのようにゆっくり動いて見えているが、実はもの凄い勢いで腰を振っている様子」

 突然もの凄くゆっくりと腰を動かす部長。その姿と、さっきまでの必死さとの落差が激しすぎて、もう何が何やら分からずに、内臓がちぎれそうに笑い転げる。

「ぎゃははははっ! ひーっ、ひーっ、ひーっ!」

「ダメっ! ホントもうお願いっ!? ごめんなさいーっ! ふひゃははははっ!」

 結局、その日の帰り道は、全員でお腹を抱えながら家路を辿る事になった。目に入るお店の看板の文字、走り抜けていく電車の音、夕飯時の香しい焼き魚の匂い。何でもない日常の全てが可笑しくて、それら全てに反応してお腹がよじれていった。本当に、何が面白いのか良く分からなかったけれど、本当に可笑しかった。

「あははは――」


 こんな楽しい日々が、ずっと続いたら良いのに。冬らしい空気を胸一杯に吸い込みながら、心の奥から、そう思った。


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