感謝祭
その後、彼等は警察に連行された。暫くして、保護観察処分になったとか、少年院に入ったとか、真偽の分からない噂が耳に届くようになった頃、彼等は数ヶ月後の卒業を前にして退学処分となった、という話を先生から聞かされた。なつみや如月さんを辱めようとしていた事が保護者やPTAの間で大問題になったとか、ならなかったとか。
「お兄ちゃん、『へいしんていとう』ってどうやって書くの?」
あの時、結衣姉や警察が雪崩れ込んできたのは、どうやら越後屋達の暗躍のせいだったらしい。彼女が越後屋に彼等の身辺調査を依頼し、何か弱みを握ろうとしていた所、俺達が彼等に接触するという話を盗み聞き、あの日、後を付けていたのだとか。
「絵美ちゃん、どこでそんな言葉覚えたの?」
そして、身辺調査の過程で彼等が不穏な物を携帯している事を知っていた越後屋は、父親が懇意にしている警察関係者にお願いし、万が一の時の為の予防線を張ってくれていた。
「どうして我らまで? 何か凄く納得できないので御座る」
でも、部長があそこに居たのは、結衣姉とは関係が無かったらしい。越後屋が心配になって部長に連絡したのだとか、何とか。ただ、部長は何も語ろうとしないので、真相は良く分からない。
「『不徳の致すところです』とか、『猛省しております』なんていうのも良いんじゃないか? 後は、『今後の再発防止策についてですが、』という流れに持っていけば良いと思うぞ」
結局、結衣姉が録画した映像を先生達に見せた事で、部長の処分は撤回される事になったのだけれど、やはり、無罪放免という訳にはいかず。
「謝罪会見でもするおつもりですか? 反省文って言われましたでしょう?」
関係者全員、連帯責任で反省文を提出する運びとなった。
「……って、何で俺まで書かなきゃなんないのっ!? 右手使えないんですけどっ!?」
「まぁまぁ、あたしも考えるの手伝うからさ」
「っつーか、絵美葉ぁっ! お前があんな阿呆な事しなけりゃ、こんな事にはならなかったんだぞっ!? 分かってんのかっ!?」
「えー、だって、可愛くすれば少しオマケしてくれるかなって思ったんだもん」
「だからって、『殴っちゃった♪ テヘペロっ♪』はねぇだろっ!? 馬鹿なのかお前はっ!」
「絵美、平身低頭♪ あ、低頭って、何か亀頭と感じが似てるよね? 漢字なだけに♪」
「ホントにぶっ飛ばすぞ?」
「絵美、もう心はお兄ちゃんに撲殺されちゃってますっ♪」
「二人共いい加減にしなさい。後、絵美、これ以上恥ずかしい事言ったら後で酷いからね」
「君達、本当に仲良いよねぇ」
上手くいけば被害者という事で恩赦があったかもしれないのに、絵美葉のふざけた態度がゴリマッチョの逆鱗に触れてしまい、航空技研のみならず、その場に居た関係者全員が連帯責任を負わされる事となった。……ていうか、何か、越後屋達こそ本当の被害者のような気がしてきた。ゴメン、三兄弟よ。責任は絵美葉が取る。
「皆、ちょっと手を止めて聞いてくれ」
『一緒に反省しようぜ』大会が始まって一時間と少し、集中力が途切れてきたタイミングで部長が立ち上がった。
「今回の事件の遠因は俺にある。まぁ、異論はあるかもしれないが、そこは心に留めておいて欲しい。今はそういう事を言いたい訳じゃないんだ」
どこか嬉しそうに話す部長の顔は、どこか幼さが見え隠れしていて、何だか心に温かいものが灯っていく。
「皆が努力してくれた事、俺は凄く嬉しかった。長谷川が身を挺して守ってくれた。広瀬さんがそれを支えてくれた。関谷が頑張ってくれた。宮内君が皆の想いを代弁してくれた」
彼の瞳が薄らと潤っていく。きっと思い返しているのだろう。あの激動の刻を。
「そして、弥生が手助けしてくれ、西村が俺を思い留まらせてくれた。お前達が居てくれて、本当に良かった。お前達が居なかったら、きっと俺は、道を踏み外していただろう」
自分の中にも何かが膨れ上がっていく。この仲間達と同じ時を過ごせた。それだけで何か、温かくてふわふわとしたものが満ちていく。右腕の痛みすら、心地よく思える程に。
「それだけじゃない。越後、織田、石田、お前達の影の努力が無かったら、きっとこんな素晴らしい未来は訪れなかった。文化祭の時だけじゃない、この間の事も含めて、な」
さっきまであんなにふて腐れていた三人も、俺達と同じように頬が緩んでいく。
「本当に感謝している」
何だか照れくさくて言葉が出てこない。それはみんなも同じようで。
「ま、まぁ? 斉藤君の無鉄砲を放っておいたらとんでもない事になっちゃうし、仕方なく? 仕方なくだよ」
テンプレのようなツンデレっぷりで照れくささを吹き飛ばそうとしていた結衣姉。でも、何故かスッと頬に影が差す。
「……それに、あいつらには一年の時の恨みもあるしね」
「それはとっくの昔に終わった事だ、もう良いだろう」
少し複雑そうな瞳でそっと結衣姉を諭す。その瞳の奥は、慈愛にも似た輝きが満ちていて。
「そんな事より、俺は皆に感謝のお返しがしたい」
「感謝? ですか?」
「あぁ、実は来週末、自衛隊の航空祭があるんだが、そこに皆で一緒に行こうと思うんだ」
「コークーサイって何?」
絵美葉を筆頭に、なつみや結衣姉までぽかーんと部長の顔を見つめる。
「まぁ、簡単に言えばお祭りだ。屋台もいっぱい出るぞ。勿論、俺の奢りで食べ放題だ」
「絶対行くっ!(×3)」
「僕も去年、部長と一緒に行ったんだけど、凄い楽しかったよ。長谷川くんも行くでしょ?」
「えぇ、まぁ、特に予定も無いですし」
何だか良く分からないけど、きっとこの前、部長が色々話してくれていた、あの事なんだろうな。
「って、斉藤君、感謝がどうのこうの言っておいて、実は自分が行きたいだけじゃん」
「何を言う。勿論毎年楽しみにしてるんだ、行きたいに決まっているだろう」
そう言ってふんぞり返る部長。何だか可愛い。
「まぁ、そうは言っても、ある意味図星だな。実は何をしたらいいか、何も思いつかなかったんだ。だからまぁ、その、俺が楽しい事なら、皆も楽しんでくれるかなぁって思って、な」
照れながら頭を掻く部長。その姿に、あの日の冷徹な姿は微塵も見えなかった。
「単細胞」
「まぁそう言うな。弥生も来るだろ?」
「私は行きません」
「どうして? 何か用事でもあるのか?」
「行きません」
「そうか。まぁいいや、日曜日の朝六時に迎え行くから、玄関前で待っててくれ」
「行かないって言ってますでしょう! じゃなくて六時っ!? お祭り行くのに朝六時っ!?」
「むぅ? 何か用事でもあるのか?」
「べ、別に、そういう訳じゃないですけど……」
「なら良いじゃないか」
「そう言う問題じゃ無くてっ!」
「用事無いんだろ?」
「無いですけど、行かないって言ってるんです!」
「楽しみだなぁ」
「はぁぁぁっ!?」
――コント?




