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scapegoat(贖罪の山羊)

「絵美、ちゃん……?」

「絵美……」

「マジ……?」

 ランデブー・ポイントへと集まった部員達を待ち受けていたのは、吹き飛ぶサッカー部員の頭、そして、周りに飛び散る、何かの飛沫。

「――ふっ」

 それでも彼女の動きは止まらない。腕を振り抜いた勢いをそのままに、彼女の足は円を描くように大きく振りかぶる。そして、その先にあるのは――

「や――」


 呻き声を上げる事も無く、彼の顔は、地面に激しくめり込んでいた。


 ――――。


 ボロボロになって地面に倒れ込でいるサッカー部員達、そして、それを取り囲む俺達の姿、それは、誰が、どう見ても。

「お前らっ! 何やってんだーっ!?」

 集団リンチが起こった後の惨状にしか、見えなかった。

「あいや、先生殿、これには色々と誤解がありまして、これは決して――」

「そ、そうっ! これは違うんですっ! その――」

 合流した三兄弟と共に、結衣姉達も必死になって言い訳を考える。しかし、血だらけで横たわる生徒を前に、何かを口走った所で、現状が変わる事も無く。

「いいから早く保健の先生を呼んでこいっ! お前らの事は後でしっかりと――」

 怒りとも取れるような鬼の形相のゴリマッチョが俺達を見る目は、汚れた罪人を見下すように下劣で、もう、聞く耳すら――

「先生、これは俺一人でやりました。だから、こいつらは無関係です」

 唐突に響く低い声。絵美葉を背に隠すように立ち、部長は、血の付いた金属の棒をゴリマッチョに差し出す。それは、さっきまで彼女が振り回していた筈の物。

「――っ!?」

「斉藤? お前がか?」

 彼は酷く怪訝な顔を向ける。でも、部長はそれを気にする素振りもなく。

「長谷川に対する暴行は、即ち航空技研に対する敵対行為です。そして、先程対峙した時の彼等の言動は、看過できない程に凶悪なものでした」

「部長っ!?」

「いいから黙ってろ」

 全てを覚悟したかのような、有無を言わせぬ重圧。見た事の無い、触れれば切れそうな眼光。

「このままでは、また部員達が被害に遭う事は疑いようがありませんでした。そして、俺にはそれを阻止する責務がある。そう考えた結果が、これです」

「そ、そんな訳無いだろ? あのお前が? これを一人で? そんな事、先生が信じるとでも思うのか?」

「信じるも何も、これが事実です。合気道の有段者に、素人が勝てる訳ないでしょう?」

 合気道? 部長ってそんな凄い人だったのか? それより、どうして?

「それはそうだが……、お前は、こんな事をするような奴じゃないだろう? 生徒会長だってやってた訳だし、成績だって――」

「俺は、生徒会長をする為でも、ましてや、成績の為に生きてきた訳でもありません」

「いや、まぁ、それは言葉の綾というか――」

「俺は、愛する人達を護れるように、それを成し遂げる事が出来るようにと生きてきました。まだ、それを極める事は出来ていませんが、それでも」

 ふっと彼の目元が緩む。それは、どんな想いだったのか。

「それでも、今、こいつらを護れた事を、俺は誇りに思っています」


 ――――。


「もう君達は真っ直ぐ家に帰りなさい。詳しい話は後で聞くから」

「あ、あの、部長は?」

「まぁ、色々話を聞いて、今日はご両親に迎えに来て貰うようかな。その後は……、暫く学校には来られないかもしれないね。五人も病院送りにしておいて、何のお咎めも無しって訳にはいかないし」

「で、でも部長は……」

 その後の言葉が続かなかった。彼が無罪だと主張すれば、絵美葉を犯人として差し出す事になってしまう。身を挺して庇った彼の決意が、無駄になる。でも……、こんなの、やっぱり……。

「せ、先生っ! あのっ――」

「翔ちゃん、帰ろっ! もうすぐ電車来るから、早く行かないと!」

「え? で、でも――」

 どうして? 俺は――

「いいから早くっ! 絵美ちゃんもなっちゃんも、関谷君も方向一緒でしょっ? 早く早くっ! 先生っ! さよなっ!」

 俺達の背中を荒々しく抱え、彼女は急かすように駆け出そうとする。

「お、おぅ、さよな?」

「あの、その、我らも……」

「さよなっ!」

「さ……、さよな、で、ござる」


 ――――。


 ガタンゴトンと揺れる車内。既に陽は落ち、漆黒の車窓には、うなだれた俺達の姿が映し出されている。ふと目線を足元に落とすと、外の冷気が嘘のように、喉を通る濁った空気が、酷く蒸し暑くて。

「結衣姉……、何で?」

「仕方ないでしょ、あの頑固親父があれだけ啖呵切ったって事は、私達が何を言ったって聞かないし、きっと何をしたって無駄なんだから」

 素っ気なく窓の外を見る彼女の瞳が、酷く苛立つ。皆を守る為、一人犠牲になった部長を捨て置いて、どうしてそんな顔をしていられるのか。

「そんな、だって部長は何もしてないじゃんかっ! なのに一人だけ悪者扱いなんて、絶対に間違ってる! だから――」

「だから、絵美ちゃんがやりましたって、先生に差し出すの? 仲間を売るように?」

「そ、それは……」

 まるで、ナイフを喉元に突きつけるような言葉。その彼女の表情は、さっきから何一つ変わらない。答えは、もう、決まっている、そんな瞳で。

「……で、でも、俺達全員がやったって事にすればいいじゃん! そうだよ、そうすれば――」

 そうだよ! そうすれば、皆で――

「じゃあ、何であの時に言わなかったの?」

「っ!?」

「あそこで庇えなかった時点で、もう何を言ってもダメなんだよ。何を言ったって、……信じて貰えない」

「そ、それは……」

 繋ぐ言葉が見つからない。人もまばらな車内に漂う、身体に纏わり付くような、湿った、重苦しい空気。

「……」

「絵美は別にいいよぉ」

 あれからずっと黙っていた絵美葉が、いつも通りの明るさで口を開く。でも、その視線は、微睡むように、車窓の先を、あてもなく眺め続ける。

「お兄ちゃんに売られるなんて、ある意味ご褒美だもん。それに、絵美がやった事だし、いつでも覚悟は出来てるよん」

 底抜けに朗らかな、いつも通りの心地よい声。でも、その声と横顔には、何故か違和感が漂っていて。


「ほんと、もう、……あのバカ」


 そして、苦虫を噛み潰すように吐き捨てる彼女の横顔に、あの優しげな面影は、――何一つ残っていなかった。


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