二人の距離は
「部長って、……結衣姉と仲良いんですか?」
しゃべり終わってから気付く、妙に耳に残る自分の声。頭の中で喋っていたハズなのに、どうしてこんな感覚を覚えるのか。そして、その現実を意識した途端、頬や耳が信じられない程、真っ赤に火照っている事に気が付いた。
「西村?」
「あっ!? やっ! その、何でもないですっ! 何でもっ!」
「ん~、一年の頃からずっと一緒のクラスだったから、そこそこ仲は良いと思うぞ。席が隣だった時とかは、よく一緒にゲームしたりしてたしな」
「げ、ゲーム?」
「西村、見た目は普通の女子なのに、TCGとかやらせると異様に強いんだよな。俺もそこそこ自信あったんだけど、いつもギリギリの勝負だった」
「結衣姉って、そんなのやった事あったっけ?」
「見た事ないよね?」
「まぁ、知らないみたいだったから軽く教えたんだけど、これがあっという間にルール覚えちゃって、もう恐ろしい程に巧妙なデッキを組むんだ。そして極めつけが、とんでもない引きの強さ。いやー、やっていて目眩がするくらいの強さだったなぁ」
「そ、そうなんですか?」
「でも、そのくせ勉強の方は平均点以下なのが不思議な所なんだよなぁ。あれだけの記憶力があれば、テストなんか軽いものだと思うのだが。まぁ、あれはある意味、残念女子なのかもしれん」
「そ、そうなんですか……」
思わず出てしまった恥ずかしい独り言だったけど、予想もしなかった話が聞けて良かった。こうやって新たな一面を知ると、ほんの少しずつ距離が近くなっているような気がして、何だか嬉しい気持ちが滲み出てくる。
でも、ああやって楽しそうに話す部長を見ていると、何だかもやもやした気持ちも同時に芽生えてきてしまう。それは多分、嫉妬。いくら望んでも絶対に叶わない、『同じクラスメイト』という羨望が、そんな暗い気持ちに拍車を掛ける。
「結衣さんがゲーム強いだなんて、意外だね?」
「なぁ。昔はどっちかっていうと、頭使うゲームって苦手じゃなかったっけ? 口より手が早いっていうか、体育会系っていうか」
階段を降りながら、昔を思い出す。確かにゲームも色々やったけど、一番はしゃいでいたのは、外を走り回っている時だったような気がする。……後、お菓子やご飯食べてる時か。
「そういや、よく三人に置いてけぼりにされてたよなぁ」
「そんな事あったっけ?」
「あったよ。公園の林の中に入っていって、『向こうの川岸に敵がいるわ! 合体魔法よっ!』とか訳の分からん事叫んで、全員で林の中を全力疾走したりしてたじゃん」
「そうだっけ?」
――ん?
「んで、俺だけ足が遅くて段々離されていって、気が付けば誰も居なくなってて。あの時はもう、訳も分からず怖くなっちゃって、すげー泣いてた気がする」
「ホント、翔太はしょっちゅう泣いてたよね」
「そんなしょっちゅうは泣いてない」
「まぁまぁ、落ち着け落ち着け。ほら、機体の回収作業するぞ」
「それじゃ、そういう事で、俺は用事があるから――」
玄関から靴箱へと足を向ける皆からそっと離脱し、小声でフェードアウトしようとした瞬間、ガシッと腕を掴まれ、そのまま背中に引っ張られたと思った次の瞬間、変な方向へと腕がねじれていく。
「いだだだっ!? や、やめっ、痛い痛い痛いっ!?」
「翔太くーん? どこに行くのかなぁ?」
「いや、その、ちょっと用事が――」
「そんな用事無いよね? 高校生にもなったんだし、そろそろ、その面倒臭がりな性格、直そっか?」
「お、俺は別にっ!?」
「……このまま捻るよ?」
「いっ!? 分かった分かった分かったっ!? 行くからっ、行くってばっ!?」
高校生になったからだろうか? 何だかなつみが凶暴になったような気がするのは、気のせいだろうか? いや、きっと気のせいじゃ――
「何か言った?」
「何も言ってないよっ!?」
「……君達二人は、何か壮絶な人生でも歩んできたのか?」
「えぇ、多分、きっと、これから――」
「何か言った?」
「何も言ってないっ!?」
校舎を出て、丘の林に立ち入ると、懐かしい緑の香りに包まれる。そして目に飛び込んでくるのは、自然ではない物体の数々。それは、紙飛行機だけではなく。
「うげぇ、ゴミだらけじゃないですか」
空き缶やらペットボトルやら雑誌やら、果ては学校の備品と思われるボールや、誰かの体操着まで。どうやら、ここの在校生が投げ捨てていったらしい品物の数々が、そこかしこに散らばっていた。
「前から気にはなっていたんだが、中々手が出なくてな。関谷、持ってきたか?」
「うぃっす」
いつの間にか、関谷先輩は大量のゴミ袋を小脇に抱えていた。さっきどこかへ行っていたのは、この為だったのか。
「よーし、航空技研、今年度最初の活動は、森の清掃活動をするぞ」
「へ? 何でゴミ? 紙飛行機じゃなくて?」
どこまで続いているのか良く分らない木々の中、所々にゴミが散乱するこの光景。いくら何でもこれはボランティアの域を超えているような気もして。
「……マジで、やるんですか?」
「マジだ」
「まぁ、部長はこういう人だから、生暖かい目で付き合ってあげてよ」
「えぇぇ?」
それから日が落ちるまで、全員で周辺のゴミを拾い続けた。夕陽に照らされ、そこかしこから悲鳴や叫び声が上がる放課後。……何だコレ?
――――。
「ま、とりあえずこんなもんだろう」
大量に膨らんだいくつものゴミ袋を前に、部長は満足げに呟いた。
「つ、疲れた」
「うぇぇ~、翔太ぁ、お風呂入りたいよぉ」
「俺もだよ。なんでこんな目に」
「それなら、西村に言ってシャワー室借りるか? 女子運動部専用のがあるから、言えば貸してくれると思うぞ」
「おぉぉ、女子専用――」
「男子は使用禁止だ」
「でーすよねぇ……」
「落ち込むな同士。夢は大きく持とうよ」
「そうですよね、関谷先輩。僕らもいつかきっと――」
「はいはい、無理無理。じゃ、あたしは結衣さんの所に行ってくるから、ゴミ捨ての方はお願いね」
「はぁ、ゴミ捨てか。また面倒が増えていく……」
「あ、言っとくけど、覗きに来たら殴るからね」
「誰がお前の裸なんか覗くか」
「何それ!? 酷くないっ!?」
「どっちなんだよ」
「さて諸君、後もう少しだ。最後まで気張っていくぞ」
「おー(×2)」
ゴミ捨て場までの数往復、最初は嫌々ながらに運んでいたけれど、いつの間にか三人仲良く話が弾んでいた。ノリが良いのか、波長が合うのか、次から次へとお互いに話題が湧き出てくる。飛行機の話題もちょくちょく挟んではくるけれど、気が付けば、ゲームやマンガやアニメの話で盛り上がっていたりもする。
「マジっすか!? あの頃、多分俺もやってましたよ? もしかしたら一緒に戦ってたかもですね」
なつみや絵美葉は全然興味なんて無かったから、こういう話が出来る相手が出来て、単純に凄く嬉しかった。同じ何かを共有する仲間が出来たような、ちょっとした幸せ。そんな幸せに浸りながら、三人で女子運動部の部室棟まで歩いて行く。
「あ、翔ちゃんに斉藤君、やっぽー」
部室の前では、結衣姉と絵美葉が仲良く座って談笑していた。もう部活は終わったのだろうか?
「あれ? なつみは?」
「まだシャワー浴びてるよ。お兄ちゃんも一緒に入る? 絵美も一緒に入ったげるよ?」
絵美葉は小悪魔的な上目遣いで挑発する。こういう時のこいつは、とんでもなく妖艶な仕草を無意識に取るから恐ろしい。これも、お母さん譲りなのだろうか?
「こーら、絵美ちゃん。そういうのは、ちゃんとお付き合いする人にだけでしょ?」
「えー、お兄ちゃんは家族みたいなもんなんだから、別に平気だよ」
「家族に色目使うな、アホ」
「カラコンなんてしてないよ?」
「そう言えば、さっき西村の話をしてたんだぞ。カードが鬼のように強いんだって」
少しからかうような口調で、部長は楽しそうに結衣姉へと話を振る。それはとても親しげで、気が付けば、二人の周りには部外者を寄せ付けない何かが漂い始めていた。
「別に強くないってばー。あれはラッキーで、たまたま良いのが揃っただけでしょ?」
「そのラッキーが、たまたま何回続いたんだ?」
「うっ、苛めないでよ、もー。この前だってお菓子あげたんだから、いい加減、機嫌直しなよ」
そうやって笑い合う二人には、やっぱり二人だけの何かがあって。
「お姉ちゃんと部長さん、何だか仲良いね」
自分と彼女は特別だと思っていたのに。
「そうだな」
……何故か自分が、とても他人のような気がしていた。