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正当防衛

 部室棟の裏、遠くに響く運動部の掛け声、枯れ始めた木々のカサつく香り。そこは、普段誰かが立ち入るような所ではなく、校舎や校庭から死角になっている場所。犯罪集団が集まるには絶好の場所。

「まだ誰も来てないね」

 昼ご飯と一緒に飲んでおいた痛み止めが切れてきたのか、身体中にじくじくとした痛みが浮き始めている。触れない右腕は痒みと熱感に蝕まれ、コブだらけの頭はズキズキとこめかみを締め付ける。

「あんな所から飛び降りたら、誰だって付いてこられる訳無いだろ。死ぬかと思ったわ。ったく」

 どうしてだろう、酷く苛つく。

「? 何で怒ってるの?」

 身体の不快のせいなのか、それとも、別の何かなのか。次から次へと何かが湧き上がる。

「誰のせいだと思っ――」

「しっ!」


 遠くからガヤガヤとした集団が近づいてくる。その声は、酷く乱暴で。

「あー、説教とかマジばかみてぇ。ゴリマッチョの野郎、さっさと死ねばいいのに」

「そんな事よりさぁ、あの一年、どうする? 殺す?」

「んなの当たり前だろ。でもその前に、まずは家の金を全部持ってこさせてからだな。で、後は万引きさせまくってある程度稼いだら、遺書を書かせて自殺させる、ってのがベストじゃね?」

「あ、いいね、それなら絶対足付かないよ」

「そう言えば前に聞いた事あるんだけどさ、あいつ、お兄ちゃんとか呼ばれてて、何人もの女子とやりまくってるらしいぜ?」

「マジかよ。そしたらその妹ちゃん達、俺達にも貸して貰わないと割に合わないよな?」

「じゃあさ、あのクソガキ縛っておいてさ、その周りで妹ちゃん達を回そうぜ。めっちゃ笑えると思わね?」

「まじウケるっ!」

「いいねっ!」

「ゲラゲラゲラゲラ」


 ジャキンッ――

 突然、足元で金属音が響いたかと思った次の瞬間、目の前にぶわっと枯れ葉が舞い踊る。ザザザザッと木の葉を巻き上げながら、スカート姿の女の子が駆け出していく。その彼女の両手には、何故か金属の棒が握られていて。

「待っ!? 絵美葉っ!」

 振りかぶる両腕は、無防備な後ろ姿を晒す二人の男子の肩へと、一直線に振り下ろされる。

「ぁがっ!?」

「ごがっ!?」

 グボッという鈍い音と共に、その二人は膝から崩れ落ちる。でも、彼女の身体は一瞬たりとも留まる事は無く、返す刀で膝を突いた二人の顔面を殴打する。

「な、なんっ!?」

 目にも止まらぬスピードで身を翻し、一瞬で又別の男の懐に飛び込むと、その男は口から泡を吹いて倒れていく。そして、男の身体が地面に這いつくばるや否や、又もや彼女のスカートがフワッと広がった。

「ぉぐっ!?」

 次の瞬間、何かの生き物が踏み潰されるような音と共に、又別の男が白目をむいて崩れ落ちていく。ほんの数秒の間、たった一人の女子に四人もの男子が打ち倒され、気が付けば、残っているサッカー部員は、あの部長だけとなっていた。

「な……なんだ、こ、この野郎。お、俺達に盾突いて、た、ただで済むと、お、思っ――」

 彼が喋り終わるのも待たず、彼女は腕を思いきり振りかぶり、何の躊躇もなく、彼の顔面へと振り下ろす。

「ひぃぅっ!?」

「絵美葉っ!?」

 俺の声が届く間もなく、酷くひしゃげた金属棒が彼に向かって振り下ろされた。だが、間一髪、彼は自分の腕でそれを受け、顔面への殴打を何とか回避する。しかし、その腕からは、酷く嫌な音が聞こえて来ていた。

「いあぁぁぁっ!? 痛い痛い痛い痛い痛いーっ!? あーーーっ! あーーーっ! あーーーっ! あーーーっ! あーーーっ! 痛い痛い痛いーっ! いあぁぁぁっ!?」

 悪霊のような不快な叫び声が辺りをつんざく。

「あーーーっ! あーーーっ! あーーーっ! あーーーっ! あーーーっ! あぁぁぁっ!」

 命の限りを尽くすような気色の悪い叫び。

「あーーーっ! あーーーっ! あーーーっ!」

 そんな哀れに泣き叫ぶ男を前にしても、彼女の表情は何一つ変わる事なく、まるでサイボーグのように、又も大きく腕を振りかぶる。

「まっ!?」

「いやーーーーっ!?」

 躊躇う事無く、流れるように振り下ろされる金属棒。その重々しい風切り音、鈍く光る地金には、薄らと赤黒い何かが滲んでいて。

「ぎゃぁぁぁぁっ!?」

 ガキンッ――

 でも、何故か、想像もしていなかった音が、辺りに響き渡る。

「ぁが……が……」

 振り抜けなかった絵美葉の腕、いつの間にか、サッカー部部長との間に潜んでいた影。

「何をしている? 言った筈だ。絶対に、こちらから手を出すなと」

 いつの間にそこに居たのか、部長の手には絵美葉と同じ金属棒が握られ、まるでサッカー部の部長を護るように、彼はしっかりと、絵美葉の一撃を受け止めていた。

「……」

「これじゃ作戦が台無しだ。一体何を考え――」

 ギャィンッ――

 しっくりと両手に馴染んでいるように見える、鈍く光り続ける金属棒を振り払い、いつものように、弾ける、明るい微笑みを湛える彼女。

「部長さんの言った通りにしたよ? 向こうが手を出したらやり返していいって」

「何かされたのか?」

「うん、お兄ちゃんを殴った」

 屈託の無い笑顔でそう応える彼女。

「そうなのか?」

「い、いや、俺は別に……」

「え? だって、腕折れちゃったじゃん。それに、絵美やなっちゃんやお姉ちゃんまで犯そうとしたんだよ? もう有罪です。ギルティです」

 その瞬間、俺も、部長も、何が起こったのか理解出来なかった。彼女の手元が夕日に照らされ、きらりと光る。まるで、神楽や舞いを踊るかのように。まるで、ワルツでも踊るかのように。

「っ!?」

 サッカー部の部長の頭が、あらぬ方向へと捻れていく。白い歯と、赤い液体が、空を舞う。


 ――目の前の出来事は、一体?


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