誰の為に
「くっ!?」
「手に汗握るとは正にこの瞬間っ! 危なげながらも、敵機ギリギリをすり抜けるテクニック、長谷川氏の善戦は想像以上だーっ! そして、気が付けばもう第二ステージクリア目前っ! このまま行けるのかーっ!?」
もう、意識が持たない。スクリーンの弾幕に目が付いていかない。左腕も、まるで自分の腕ではないように思える程、感覚が無かった。後もう少しだというのに。
「っ!?」
汗のせいなのか、握力が無くなったせいなのか、左手のレバーがあらぬ方向へと滑る。今まで何とかシンクロしてきたガンシップが、ここへきて制御を失う。
「!?」
敵機と弾幕の間を抜けて右上へと抜けなければならなかった筈なのに、ガンシップは弾幕の手前を真横へとドリフトする。その先に待ち受けるのは、周囲を取り囲む敵機の群れ。相手にとっては絶好の狩り場。そう、そこに見えたのは、ほんの少し前の、地面に横たわる、自分の姿。
「っ!」
逃げ道は無い。きっと、さっきみたいに容赦なく嬲り殺される。笑われながら、いたぶられながら、楽しそうな彼等の靴底で。――あぁ、そうか、これが終わりなんだな。何も出来ず、何も変えられず。
「ぇぁっ――?」
緊張の糸が切れたのか、突然、膝がカクンと折れる。視界がガクンと崩れる。でも、頭は何故か酷く冷たくて。
「こんな――」
こんな形で負けるのか? あれだけ走り回って、あれだけ屈辱を味わって、何も出来ないまま。
……でも、俺は、何の為にこんな事をしていたんだろう? 何の得にもならないのに。俺には何の関係もない事なのに。結局、俺が負けたからって、どうせ何も起こらないのに。
「――っ」
もうそろそろ、かな。何か色々疲れたし、もう、ゆっくり眠ろう。このまま横になれば、ゆっくり落ち着ける。
「――」
流れゆくスクリーン。いつの間にか、その景色はぼんやりとしていて、酷く心地よかった。程なくして、澄んだ秋空がすっと優しく視界を包み込む。あぁ、このまま楽になれる、そう思った瞬間、どこからか、ドガガガガッという轟音が耳に響いてきた。それと同時に、青い空を見ていた筈の視界はぐわんと揺さぶられ、身体中が柔らかい感触に包まれる。
「右・下・左っ!」
日だまりのような暖かさ、家にいるような安らかさ、ほっと心を包み込む、桃のように甘い香り。
「早くっ!」
その言葉で、ぼやけていた視界が一瞬だけ晴れる。そこに見えたのは、弾幕に囲まれたガン・シップの姿。
「っ!? くっ!」
反射的に、レバーを握り続けていた左手が半円を描くように滑らかに流れる。
「避けてっ! 下・右!」
続けざまに炸裂する発射音。まるで催眠術にでも掛けられたかのように勝手に動く左手。辛うじて動く眼球を右に向けると、俺の右腕を担ぐように支えるなつみの横顔が目に飛び込んできた。そして、彼女の右手は、発射ボタンに添えられていて。
「何やってんのよっ! 何でこんなボロボロなの!?」
「ぇぁ?」
「あー、もうっ! 下下っ! 後で聞くから、右右右っ!」
「なつみさんっ!?」
彼女達や観客に動揺が走る。
「おぉっとー!? 第二ステージ終盤で技研部員が乱入ーっ! これは一体―っ!? しかーし、絶体絶命だった長谷川氏、これで何とか第二ステージをクリアーっ! 又もやコンボ中断で点差は離されたが、首の皮一枚でしぶとく生き延びるーっ!」
ほんの少しの猶予。でも、頭はグラグラ、視界はユラユラ、とてもじゃないけど、まともな思考なんて出来なかった。
「しっかりしろ翔大っ! 勝つんだろ!?」
激しく、でも、マシュマロのような声が、耳の奥に直接届く。
「え? あ、か、勝つ――?」
彼女の放つ衝撃が、沈みかけていた魂を、ほんの少し引き上げる。
「いい? 最後のステージ、全部残らず当てていくから、操作任せたよ?」
既にお互いの顔なんて見てはいなかったけれど、頬に当たる彼女の温もりが、彼女の意図を伝えてくれる。正直、これ以上、左腕が動く気はしなかったけれど。
「そんな事……言って、俺に、ついて来れる、訳、ないだろ?」
「それ、こっちのセリフ。ちょっとでも間違えたら、私の言う事一生聞いて貰うからね」
「何……、その、死亡フラグ」
「うるさいっ! ほら来るよ! 分かってるよね!」
「第二ステージは広瀬氏の乱入によって何とかクリアできたが、回避コンボのボーナス中断は非常に痛いっ! ここまで神崎氏に大きく水を空けられてしまったこの状況、ここから挽回するのはかなり絶望的だっ! 残りの第三ステージ、一体二人でどうするというのか!?」
「っていうか、これってアリなの!?」
「有りで御座る。さぁ! 運命のラストステージ!」
「ちょ、ちょっ待っ!? 人の話っ!」
「開戦っ!」
「聞けーっ!」
第三ステージはラスボスとなる巨大戦艦への単身攻撃。いくつものカタパルトを連なるように出撃する敵機から、一斉に弾幕が展開される。これを無闇に撃ったって連続コンボには繋がらない。まず最初に仕留めるのは左から三番目。ここを突破口にして、敵陣の中から攻略する。そうだ、記憶を巻き戻せ、翔子と、部長と、共に戦った、あの瞬間を。
「っ! ほら……よっ!」
「はいっ、よっ!」
レバー操作とボタン操作がシンクロする。いつも練習していた最大コンボルートを一気に通り抜ける。この初撃をかわし、第一陣を薙ぎ倒した後は……、……ん?
「次来るよ! 早く!」
「え、あ?」
ヤバイ、頭が回らない!? 俺は今、何を思った? いや、それより、次のルート! えーと! 何だっけ何だっけ何だっけっ!?
「右右右っ!」
レバーを倒すように、彼女は俺の身体を自分の方へと引き寄せる。その反動で、首は力なく揺れる。もう既に首を支える気力すら無くなっているのかと、正直、びっくりした。でも、返す額が彼女のこめかみに触れた瞬間、何かの回路が繋がったような気がした。それは、俺の左腕が、彼女の左腕になったような、いや、彼女の右腕が、俺の右腕になったような、いや、どう表現したら良いのだろう?
「いくよっ!」
彼女の温もりに、瞼が重くなり、意識が遠のいていく。でも、何故か彼女が見る景色だけはハッキリと視えていた。身体が、心が、彼女と溶け合っていく。同じ思考を共有し、お互いの肉体を共有する。それがどんな理屈かは分からない。けれど、この左腕には、彼女の意思が宿っている。彼女が思う通りに。彼女の、為だけに。
「信じられないっ!? 操作レバーと発射ボタンを二人で動かしている! なのに! この動き! これは何なんだーっ!」
「ちょ、ちょっと! 何なのそれっ!? そんなの反則で――っ!? やばっ!?」
「おーっとぉっ!? ここで神崎氏が初めて敵機を打ち漏らしたーっ! あれだけ無慈悲で冷静だったスナイパーが、今、二人の猛追に動揺するーっ!」
「もしや嫉妬!? 嫉妬で御座るかーっ!?」
「う、うるさいっ! こんなの反則反則反則っ!」
「反則ではござらん。広瀬氏は航空技研の正式な部員で御座るよ?」
「だって、こんなの変――あっ!?」
「どうした事だ、神崎氏の攻撃が全然当たらない! あの精密機械のような射撃が嘘のように当たらなくなっている! それどころか、今にもガンシップが被弾しそうになっているーっ!」
「どうしたの、楓ちゃん? そんなんじゃ、女王様の名が泣くよ?」
「っきーっ!? ムカつくーっ!」
「技研ペアは着実にテクニカル・ボーナスを積み上げていく! それに引き換え、神崎氏はコンボが続かない! ここにきて一気に点差が縮まる!」
「やった、このまま行けば勝てそうかな?」
「はぁっ!?」
「……。ま、私と翔大にしか、こんな事出来ないけどね」
「はぁぁぁっ!?」
「楓ちゃんっ! 落ち着いてっ!」
「……あのさ、もしかして楓ちゃん、翔大の事、気にしてる?」
「っ!?」
「おーっとぉっ!? どうした、神崎氏の動きが止まった!? これは一体!?」
「……」
「このままでは敵機に囲まれて身動きが取れなくなるぞーっ!」
「でも、ダメ。特に今は」
「……」
「楓っ! スクリーンっ! いつも通りにすれば負けないからっ!」
「……何で?」
「かえでっ! 早くーっ!」
「……何で、そんな事、言われなきゃいけないの?」
「何だっ!? 突然、寸での所で弾幕をギリギリかわしたーっ! さっきまでとは打って変わった俊敏な動き! 女王復活かーっ!?」
「さぁ? 何でだろうね?」
「しかし、気が付けば既にステージ終盤! このままのペースでは逆転出来るかどうか微妙そうだぞーっ! どうする、航空技研―っ!?」
「っ! 後もうちょっとなのにっ!」
「かえでーっ!」
「……そうよ、私が負ける訳、無いじゃん」
「後少しだけっ! 翔大っ!」
「……エクスターミネーション・ボンビング」




