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殲滅の女王

「第一陣、開戦で御座るっ!」

 越後屋の掛け声と共にファースト・ステージが開始された。何度も何度も飽きるほど聞いたBGMが流れ、スクリーンから『Start!』の文字がフェードアウトする。

「本当にどうなっても知らないよ!? 手加減なんてしないんだから!」

 ……意識を集中させるが、やっぱり右腕は思うように動かない。もしかしたら折れているのかもしれない。でも、左腕なら問題ない。

「手加減なんてされてたまるか。お前の相手なんて、この左腕だけで十分だ」

「はぁっ!? こんなに心配してるのに何それ!? もー知らないっ! 本気でぶちのめす!」

 お互いのスクリーンに一斉に敵が押し寄せてくる。思い出せ思い出せ思い出せっ! 第一波が過ぎるまでの敵の動き、弾の射出タイミング、その軌道の先にある、空白の道筋!

「っく!」

「アーッとぉ!? 長谷川氏は本当に左手だけで勝つつもりなのか、一切弾を撃たずに敵の弾幕を抜けていくーっ! っとぉ、それとは対照的に、神崎氏はスナイパーの如く、端から確実に敵を仕留めていく! これぞまさしく、一撃必殺ぅ!」

 家で翔子のプレイを見ていて思ったけれど、やはりこいつらのレベルは尋常じゃない。

「初撃の動きは両者互角! 正直、圧倒的不利と思われていた長谷川氏、想像以上の俊敏さを見せている! もしかしてこれは、ひょっとすると、ひょっとするのかーっ!?」

「へー、やるじゃない」

「……い、今のうちから、本気出さないと、……負けるぞ?」

 腰の辺りから酷い悪寒が走る。口だけでも強がっていないと、心が折れそうになる。

「何その格好つけ。ばっかみたい」

 馬鹿みたくたって、阿呆みたくたって、勝つ為なら何でもしてやる。

「でも、割と嫌いじゃないかも」

「な……何が、中坊のくせに」

「ばっかみたい。先輩ぶっちゃって」

 第二波がスクリーンを覆う。思い出せ思い出せ思い出せっ! 最初に潜る場所! その先にある抜け道!

「っ!?」

「偉そうな事言ってても、そんなに必死な顔してたら台無しじゃない?」

「おーっとぉ? 神崎氏、どうした? 弾も撃たず、逃げる事もせず、ただボーッとしているぞ!? このままでは敵に囲まれてしまうが、一体どうするつもりなのか!?」

 第二波を弾を撃たずにやり過ごす為には、右端の隙間をすり抜けるしかなかった筈。楓のやつ、一体何を?

「でもまぁ、そういうのも悪くないかも」

 敵が自機に向かって集まってくる。弾幕は一瞬で画面を埋め尽くす。でも、彼女の余裕は変わることなく。

「フォルス・サクリファイス(偽りの生け贄)」

 一瞬何かを呟いたかと思った次の瞬間、彼女の自機は振動するように動き始めた。

「な、何だこれはーっ!? 敵にぶつかっている筈のガンシップが死なない!? いやっ!? それどころか、まるで飛んで火に入る夏の虫のように、次々と敵が破壊されていくっ! これは一体どういう事だっ!?」

 ブラックホールに飲み込まれるが如く、敵が次々と自爆している。……いや、これは、自爆じゃ……ない?

「まさか!? なーんとっ、神崎氏はぶつかる寸前に敵を打ち落としている!? こんな事が可能なのか!? ゲームを作った本人がびっくりって、一体どういう事なんだーっ!?」

「嘘だろ……」

 ほんの一瞬、ボーッとしていた。右腕が熱い。重い衝撃が内臓を掻き回す。目に映る情景は、どこか歪みがちで。

「っ!?」

 彼女のスクリーンに見とれていたほんのコンマ何秒、それがどれだけ愚かな行為だったのか。自分のスクリーンに視線が戻った時には、もう時既に遅し。自分のガンシップは敵の猛攻で行き場を失っていた。避けられるルートが思いつかない程に。

「あーっと、マズいぞ長谷川氏! このままだと敵に囲まれて一貫の終わりだーっ!」

 迫り来る敵機の波と、非情なまでにばら撒かれた無数の弾光。こんな序盤で負けるのか? まだ、翔子や桜と戦わなきゃならないのに。

「くっ!? らあっ!」

 そうだ、まだやらなきゃならない事がいっぱいある。そう思った瞬間、左腕は流れるように発射ボタンへと動いていた。

「おーっと、ここで長谷川氏が初めて弾を発射したーっ!? これはさすがに仕方が無いとはいえ、ここでのコンボ中断は辛すぎるーっ!」

 一番手薄なエリアに突破口を開き、一気に弾幕を突破する! テクニカル・ボーナスはゼロに戻ってしまうが、ここで終わるよりは全然マシだ!

「なーんとっ! この絶望的なピンチを左手だけで切り抜けたーっ!? しかし、神崎氏との点差は一気に開くっ! どうする長谷川氏―っ!?」

「へー、結構やるじゃない。ネットのおっさん連中なんかより全然マシだね」

「おっさんと一緒にすんなっ!」

 でも、どうする? こんなに点差が開いてしまった後で、こんな化け物相手に勝負なんて出来るのか? ……いや、諦めたら終わりだ。その瞬間瞬間で最高の状態を維持しないと。勝つ為には、最低限、これ以上離されないようにしないと。


 ――――。


「両者、第一ステージクリアーっ! 神崎氏は正確無比なコントローラー操作で着実に敵を薙ぎ倒し、現在最高得点を叩き出し続けている! 対して長谷川氏は、ステージ序盤のコンボ中断が響き、神崎氏から大きく遅れを取っている! だが、残り二ステージ、まだまだ逆転のチャンスは残されているぞ!」

 ステージとステージの間のほんの一幕、ホッと溜息をついた途端、今、自分が何をしているか良く分からなくなっていた。さっきまであんなにクリアだった視界は朦朧とし、耳慣れた筈の奴らの声は、知らない誰かのささやきのように、遠く響く。

「さぁ、運命の第二ステージの開幕で御座る!」

「心せよっ! いざっ、開戦っ!」

 言葉を上手く咀嚼できない。耳から脳へと伝わる言葉は、雑踏の中の騒音のように、ただただ意味も無く響くだけ。何一つ、頭の中で何かを結像する事は無かった。

「逆転なんてさせる訳ないでしょ! いい加減諦めたら!?」

「諦め……?」

 ただ、その言葉だけには、酷く何かが引っかかった。俺は、……何を、諦めるのだろう?

「いいよ、諦めきれないっていうんなら、『殲滅の女王(レディ・スマッシャー)』の名が伊達じゃないって事、見せてあげるっ!」

 右腕の焼けるような熱さとは対照的に、首や背中が恐ろしく寒くなっている。こんな気持ち悪い感覚、今まで生きてきた人生の中で、一度だって経験した事はない。俺はどうなってしまうのかという恐怖に、身体が震えてくる。でも。

「神崎氏、無闇矢鱈に激しく弾を撃ちまくり始めたーっ!? さっきまでの慎重なコンボ狙いとは打って変わったアグレッシブな攻撃―っ!」

「アブソリュート・ディストラクション!(絶対絶滅)」

「い、いや、違うっ!? 敵機が現われない!? まさか、全弾命中っ!? 敵が画面に出てくる瞬間を予測して予め弾を撃ち込んでいるというのかーっ!? 画面上に敵が一切出てこない! そして、敵機の弾も一発たりとて流れない! しかし、テクニカル・ボーナスだけはうなぎ登りに弾けていくっ! 何なんだコレはーっ!?」

 でも、諦めたくはなかった。何を諦めるのかは分からないが、それを手放したら、何かを酷く後悔するような気がして。

「長谷川氏も順調に回避ボーナスを積み上げていくっ! しかし、両者の得点差は以前縮まらない! 神崎氏相手に、ここからどうやって挽回していくというのかーっ!?」

 眉間にありったけの力を込める。視界からスクリーンだけを切り取る。ガンシップの未来だけを考え続ける。動く物全ての未来を予測する。その先にある、時間と空間の隙間を辿る為。


 ――諦めきれない、何かの為に。


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