Connecting to destiny.
「関谷先輩っ!」
二年の教室の柱に手を掛ける。でも、何となくそんな気はしていた。昨日のあの顔、するりと受け流すような瞳、きっと、彼はもう。
「お、昨日の後輩君。えーと、関谷は……。えっちゃーん、今日、関谷は?」
「何か、休みだってー」
「サンキュー。だってさ」
「そうですか。すみません、お邪魔しました」
でも、だからと言って、諦める理由にはならない。どうしても、先輩がいなくちゃダメなんだ。そして、なつみも。
「きっと出ないだろうな」
諦めるように携帯を操作する。昨日の発信履歴を開き、関谷という名前を選択する。
――トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル――
「ふぅ……」
そっと終了ボタンに触れる。そのままアプリを開き、思いつくままにメッセージを打ち込む。確認する事も無く、そのままの勢いで送信ボタンを押下した。
『大事な話があるので、今晩、関谷先輩の家にお邪魔します』
はぁ、と、溜息が流れ落ちた。不安が無いと言ったら嘘になる。拒絶された時の事を思うと、胸の奥がずんと重くなる。
「でも、もう、俺は、絶対に後ろを向かない」
何かを振り切るように、廊下を蹴る。賑やかな声と、秋の薫りが鼻先を掠めていく。飛び降りるように階段を駆け下りると、少しひやりとした風がシャツの中を通り抜けた。
「なつみっ!」
自分の教室へと走り続ける。彼女にかける言葉も、見つからぬまま。
――――。
教室の扉に足を踏み入れると、絵美葉の姿が目に飛び込んできた。いつものように、脳天気な笑みを、その愛らしい頬に湛えながら。
「お兄ちゃんっ、見て見てっ。超可愛くないっ!?」
その指差す先には、あんなにも皆に不評を買っていた骨デコレーションが、もの凄い完成度で作り上げられていた。その周りを取り囲むクラスメイトの表情も、何故か酷く清々しくて。
「え? 昨日、骨禁止って言ってなかったっけ?」
ふと、目を横に向けると、黒装束の彼女達が頭を抱えて立ち尽くしていた。
「みんな、やっと分かってくれたんだよ! 絵美、頑張って説得して良かったぁ」
何故か嬉しそうに半泣きする彼女。それを讃えるように肩を叩くクラスメイト達。顔は見えないけれど、泣き崩れるように寄り添う黒装束達。この数時間の間に、一体、何があったんだろう? ……でも、今はそれどころじゃない。
「絵美葉、なつみ見なかったか?」
「へ? なっちゃん? そう言えば、朝から見てないかも」
「くそっ、どこ行った?」
さっきと同じように携帯を操作する。いつものように、慣れ親しんだ名前を選ぶ。
――トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル――
「何で出ないっ!?」
こんな事、今まで一度だって無かったのに。どうする? 教室と部室以外で、なつみが立ち寄りそうな所なんて知らないぞ? 取り敢えず、メッセージを入れて返信を待つか? いや、でも、最近、ずっと既読スルーされてるし――
「……占い」
ふと、占いの館が目の前を埋め尽くした。そして、その隣に立たずむ黒装束の一人が、不自然に視界へと飛び込んでくる。……あの雰囲気、全員が同じ格好で顔を隠しているが、間違いない。あの時の。
「あのさ、なつみがどこに行ったか、占ったり出来る?」
きっと、彼女はポカーンとした顔をしているのだろう。それはそうだ、俺だって、何を言っているのか良く分からない。
「呆れた。何を言うかと思ったら」
黒装束の向こうの彼女は、少し怒り気味に言葉を紡ぐ。
「私達が運命を削って行っている事は、そういう都合の良い物ではないのですよ? そういう所、分かっているのですか?」
確かに、その通りだと思う。占いで人捜しなんて、本当に、俺はどうかしている。
「……でも、私を頼ってくれたのですね」
そっと胸の前で手を組み、ゆっくりと一呼吸する。
「出来るかどうかは分かりませんが、貴方の手を、私の心臓の上に置いてください」
「心臓? って……? ん……? あえぇぇっ!?」
突然、彼女の胸に意識が集中する。そんな事を言われてしまったら、もう、それしか見えない。
「ダメっ!? お兄ちゃん、そんな事したら、セクハラ警察に捕まっちゃうよっ!?」
「セクハラ警察って何っ!? っていうか、捕まるならお前が先だろっ!?」
ざわつくクラスメイト達を余所に、彼女は何かを詠唱し始める。
「神聖なる古よりの神に申し立て祀る。我が御霊は、御身の為に。我が言霊は、御身を讃え。我が瞳は、御身と共に」
ふっと視界が一瞬暗くなる。温かかった日射しは一瞬で凍て付き、世界中の時間が一斉に止まったような気がした。そんな異空間に戸惑っていると、彼女は俺の手を引き、自分の胸に押し当てる。
「目を閉じて、そして集中して。探したい人を、心に。想う人を、私に」
苦悶の表情を浮かべる彼女。これは、冗談なんかじゃ無い。これは――
「なつみっ!!」
腕を掴む彼女の手に、力が込められる。
「我はここにあり、祝福されし神聖なる神よ、哀れな我に……天啓を、示し、賜えっ!」
――――。
「――あれ? 俺、何を……?」
辺りを見渡すと、何故か皆、揃いも揃って、ポカーンと口を開けている。俺は、一体?
「広瀬さん、今日はもう帰ったみたいです。でも、今から急いで駅に向かえば、同じ電車に乗れるかもしれませんよ」
「え? あ、うん?」
そうだ、なつみ――
「――貴方に、神の御加護を」
――――?




