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懐かしくて新鮮な

「折角新入部員も入った事だし、今日は、今後の航空技研の活動内容について議論したいと思う」

 次の日の放課後、俺となつみは航空技研の部室に顔を出していた。一応、部員になった訳だし、いきなり最初から幽霊部員はマズいかなと。

 ちなみに、絵美葉はダンス部へ入る事になった。まぁ、こっちは想定通り。

「そういえば、顧問の先生とかって居ないんですか? そういうのって、先生が色々指導してくれるのかなって思うんですけど……」

 なつみは至極真っ当な疑問を部長に投げかける。

「それは良い質問だ。確かに、部の活動方針に対するアドバイスをくれるのは、部の顧問だ。しかし残念ながら、うちの顧問にはそういう事を期待する事が出来ない」

「どうしてですか?」

 部長は何やら遠くを見つめ、懐かしそうに目を細める。

「それはな、『何もしなくていいから、顧問の欄に名前書いてくれ』って、押しの弱そうな先生を強引に顧問に仕立て上げたからなのだ。当然、飛行機に興味なぞ全くないから、アドバイスどころか、世間話すらまともに出来ん」

 部長の世間話が『一般的』な世間話なのか、かなーり疑問は残るが、まぁ、知らない事にアドバイスなんて出来る訳も無い。至極ごもっとも。

「そんな訳で、我々は自主的に活動せねばならんのだ」

「それじゃ、去年まではどんな事してたんですか? 毎日、紙飛行機飛ばしたりとか?」

「いやー、実は紙飛行機は天気が良い日に気晴らしで飛ばしてたくらいなんだ。大抵はこのフライトシムでアクロバット飛行の研究してるか、隣のパソコン部からゲーム借りてきて遊ぶかだったよ」

 彼が指さすその先には、三画面のマルチディスプレイに、飛行機の操縦桿らしき二つのジョイスティック、机の下を覗けばペダルのような物まで装備された、何やら高そうなパソコンが鎮座していた。

「何だか凄そうなパソコンですね」

「だろー? 何せ部費全部つぎ込んで買ったゲームマシンだからな。あっはっはっ」

「こんなの買えるなんて、高校って凄いんですね」

「まぁ、そういう融通が利く顧問を選んだ、俺達の勝利という訳だ」

 得意満面の顔で仰け反る部長殿。

「そう言えば、お金無いって言ってたのに、こういうのは買えるんですね。部費だから?」

「いや、それがさ、去年の分は部長が全部これに使っちゃったから、その後何も買えなくなっちゃったんだよね。せめて航空技研らしく、ラジコンの一つぐらいは欲しかったんだけどさ」

 関谷先輩は心底残念そうに呟く。恨めしそうに部長を見つめながら。

「だから、あの時は悪かったって散々謝っただろ? それに関谷は自分の持ってるんだから、それ持ってくればいいじゃないか」

「あれは親と共用だって言ったじゃ無いですか。それに僕は、皆で一つの機体を弄りたかったんです。っていうか、それ言ったら、関谷先輩だってパソコン持ってるじゃないですか」

「うっ、そ、それは、そうだが……」

 何やら、段々と険悪な空気が漂ってきているような?

「まぁまぁまぁ、先輩達、ちょっと休憩して落ち着きましょうよ? お茶入れますから、ね?」


 こういう時、なつみはいつも率先して間に割って入って来る。俺が絵美葉と喧嘩したりしていると、必ずこう尋ねながら俺の前に現れるのだ。

『まぁまぁ、あたしが話聞くから、ね? 翔太は何で怒ってるの?』

 その和やかな笑顔を真っ直ぐに向け、彼女は真剣に俺の話に聞き入った。そして俺は、そんな彼女に何かをわめき散らすと、いつの間にか怒りの衝動がどこかへと消え失せる。そうしていつもの落ち着きを取り戻した後は、彼女と二人でゴメンねと仲直りするのがお約束だった。

 もしかすると、彼女が居なければ、俺達四人はここまで仲良くなっていなかったかも知れない。絵美葉と喧嘩別れしたかも知れないし、結衣姉が愛想尽かしていたかも知れない。それ程、彼女の笑顔は大切だった。

 ……まぁ、腕力で強制介入していた事も多々あったけれど。どこかの国の特殊部隊のように。


「はい、どーぞ。熱いですから気を付けてくださいね」

 先輩達が新入生獲得の為に持ち込んだと思われるお茶セットのお陰で、さっきの嫌な空気は一変した。春の陽気と、湯飲みから立ち上る緑の香りに、皆の心が一様に綻ぶ。

「あぁ、落ち着くなぁ」

「ですねぇ~」

 青と緑で眩しい窓の外を眺めながら、鼻を抜ける清々しい香りに身を委ねる。それは、夢と希望がいっぱいに詰め込まれた、この季節だけのそよ風。

「まぁ、先の事は置いといて、今日は折角だから屋上にでも行くか」

「屋上?」

「そ。一番お金の掛からない活動をしに、な」

 そう言って、部長は指先でくるくると真新しい鍵を回していた。


――――。


 屋上への扉を開けると、綺麗な一面の青空が目に飛び込んでくる。

「おぉ、これはまた……」

 校舎が少し小高い丘の上に建っているお陰で、視線を遮るような建物はほとんど無かった。

「良い眺めですねー」

 なつみは手すりに寄りかかり、溜息を吐くように遠くを見下ろす。そこには、丘を覆う木々と、親しみ深い賑やかな街並みが広がっていた。

「だろ? 見晴らしもいいし、風も気持ちいい。そして何より、飛行機を飛ばしても怒られない」

「まぁ、怒られないというよりも、そこの森に落ちるから、あんまりバレないってだけなんだけどね」

 そう言って指さす木々を良く見ると、白い何かがちらほらと。

「先輩、後で取りに行った方が良くないですか? 怒られる前に」

 なつみは、こういう所が真面目なんだよなぁ。っていうか、余計な事を。

「あはは、これでも毎回ちゃんと取りに行ってるんだぞ。木に引っかかった奴は流石に無理だけれど」

「それより、部長は何でここの鍵を持ってるんですか?」

「あぁ、これか? 前に借りた時に合鍵作っておいた。いちいち借りに行くの面倒だしな」

「……それって良いんですか?」

「まぁ、あんまり細かい事は気にするな。それより、ほれっ」

 部長は手に持っていた紙を皆に渡し始めた。何だかツルツルとした、随分高級そうな紙だけど、これで飛行機を折るのだろうか?

「まぁ、今日は折角だから、ちょっとお高めのケント紙な。これ、結構飛ぶんだよ」

「いつもは新聞の広告とかだけど、こういう良い紙を使うと、ちょっとテンションあがるよね」

 そういって先輩二人は楽しそうに飛行機を折っていく。

「懐かしー、折り紙とか良くやったよね。鶴とかまだ作れるかな? あ、でも、翔太はいっつも飛行機作ってばっかだったっけ」

「ふっふっふっ、あの時の技、また見せてやるぜっ」


 子供の頃の記憶が蘇る。格好良い飛行機を作る事だけを考えて、飽きもせず、ずっと折り続けていた懐かしい日々。でもまさか高校生にもなって、そんな子供の頃の楽しい気分を味わう事が出来るなんて思ってもみなかった。……それに、何だか昔以上に新鮮な気持ちかもしれない。今まで色々経験してきたからこそ、昔とは違う気持ちで触れられる、そんな気分。

「みんな出来たか? そんじゃ、一緒に飛ばすぞ」

 手すりの前に四人で並び、思い思いの形に折り込んだ飛行機を手にする。

「それじゃ、行くぞっ! せーのっ!」

「いっけーっ!」

 皆が一斉に大きく振りかぶり、掛け声と共に、飛行機は青空へと吸い込まれていく。四機がそれぞれに特徴的な軌跡を描き、飛行機達は楽しそうに宙を舞う。それはまるで、時折そよぐ春風と踊っているかのような姿で。


「何か、……楽しいですね」

「そうだろう?」

 手すりの上で組んだ腕に顎を乗せ、嬉しそうに飛ぶ飛行機達を眺め続けた。

「あーぁ、あたしの落ちちゃった。翔太のには負けたくなかったのに~」

「へへっ、経験の差かな~」

「ちぇーっ」


 その後、全ての機体が落ちても、誰もそこから動こうとはしなかった。記憶に残る見えない飛行機雲と、鮮やかな景色を楽しむように、ずっと遠くを見つめ続けていた。


――――。


「さーて、それじゃ、怒られる前に回収しに行くか」

 そんな、まったりとした一時を遮ったのは部長の一言だった。それは、温かい陽だまりから抜け出せない自分を戒めるかのような、そんな口調にも思えた。

 でも、そんな温もりからすぐに抜け出す事なんて出来る訳も無く、ぼーっとする頭に浮かんでいた彼女の笑顔が、夢と現実の区別を曖昧にする。


「部長って、……結衣姉と仲良いんですか?」


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