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召喚

「なつみ、その……、今日も部活、行かないのか?」

 会話が減る度に、彼女との距離が遠のいているような気がする。

「うん、部長さんに謝っといてくれる?」

「それは別に良いんだけど……」

 訊け、何で来ないんだって。用事って何なんだって。

「あのさ……」

「ゴメン、ちょっと急いでるから、又後でね」

「え? あ、あぁ……」

 申し訳なさそうにするでも無く、笑って誤魔化そうとするでも無く、彼女は無表情に拒絶する。何の熱量もない、冷然とした瞳で。

「広瀬さーん、明日は文化祭の買い出しだからねー!」

 後ろから楽しそうなクラスメイトの声が響き渡る。きっと彼女達は今、買い物リストでも作っているのだろう。嬉しそうにアレもコレもとノートに書き留めていた。

「分かってるって! 又明日ね!」

 そんな彼女達になつみは大きく手を振る。さっきの表情には無かった、明るく輝く大きな瞳で。そして、その瞳がこちらを向く事もなく、彼女はそのまま教室を出て行った。

「……」

 絵美葉はいつものように、授業の終わりと同時に部活へと駆け出して行った。パソコン部の三人も、何故かいそいそと帰り支度をして出て行った。

「……あれ?」

 ふと、教室の景色が霞み掛かったように思えた。いつもの光景、いつものクラスメイト。なのに、その景色に駭然とする。

 ……どうしてだろう? ここにいる皆が、赤の他人に見える――


 ――――。


「それじゃ、又明日な。っと、いかんいかん、明日はクラスの方の準備があったんだ。すまん、明日は自主練って事で良いか?」

「え? あ、はい?」

 気が付けば、いつものように部室でゲームの練習をしていた。窓の外を見れば、もう既に夕暮れ時。寂しそうな夕日は斑な秋雲を茜色に照らし、闇夜の訪れを告げようとしていた。

「本当に悪い。こんな大事な時なのだが、あっちもあっちで色々あってな」

 部長はそう言って、珍しく申し訳なさそうに頭を下げる。

「あ、いえ、そんな大丈夫ですって」

 二学期に入って暫くすると、次第に学校中がそわそわとした雰囲気に包まれるようになっていた。生徒達は授業中も夢見心地で別の事を考え、普段厳しい先生達までもが、少し諦め顔で彼等彼女等を優しく見守ってくれていたりする。もしここが進学校なら、こんなふわふわした空気にはならないのかもしれないけれど、どうやらうちは「楽しい事は楽しもう」がモットーらしく、この期間は色々と大目に見てくれるのだとか。

「そう言えば、部長のクラスの出し物って何なんですか?」

「うーむ、なんと説明したら良いか。宣伝文句を端的に言えば、『流し素麺を食べながら階段を上っていくんだけど、突然階段が滑り台に変わって滑り落ちていくので、頑張って何杯食べられるかを競う選手権日本大会。ポロリもあるよ』という出し物だそうだ」

「誰ですか、そんな頭の悪い事を考えたの」

「西村」

「本当に本当にごめんなさい。当人に代わって心からお詫び申し上げます」

 あぁ、あの合宿の悲劇を再現してしまうのか。違う所がポロリしなければいいけど。

 しかし、何だか段々と結衣姉のイメージが崩れていっているような気がする。昔はこんな感じじゃなかったと思うんだけどな。

「長谷川のクラスは何をするんだ?」

「えーと、うちは無難に『占いの館』をやる事になりました。何だか占星術だか四柱推命だかを趣味でやってる女子グループがいるので、その流れで。絵美葉の話じゃ、結構当たるって他のクラスでも噂になってるみたいでしたね」

「そうなのかっ!? それは楽しみだな!」

 突然喜々として声を張り上げる部長にビックリする。夏休みの祭りの時も楽しそうだったけれど、今回はそれ以上な喜びようで。

「え、えぇ、楽しみですね」

「そうか~、占いか~、何を占って貰おうかな~」

 おぉぅ、何だか女子っぽい。

「長谷川は何を占って貰う? やっぱり恋愛運か?」

「え? いやっ!? ちょっ!?」

「折角だ、西村との相性とか、デートの時のラッキーアイテムとか、そういうのを聞いておいたらどうだ? きっと役に立つと思うぞ」

「そ、それは、ちょっとアレっていうか、何というか……」

 そんな恥ずかしい事、訊けないっす……。

「そうだな、善は急げというしな。早速今から行って占って貰うか? 長谷川も色々訊きたいだろ?」

「は?」

「確か生徒会に占いっぽい名前の同好会の申請が出てたな。そう、あれはどこだったか、……そうだ! 図書準備室!」

 そう言うと、一目散に窓から身を乗り出し、図書室の方角を確認する。

「ターゲット確認! 長谷川、行けるぞ!」

「行けるって何がですか!?」


 ――――。


「えーと、要約すると、占って欲しい、という事で良いのでしょうか?」

「うむ、そういう事だ。すまないが、お願い出来るだろうか?」

 上から目線なのか、下手に出ているのか良く分からないけれど、盆暮れ正月がまとめてやって来たかのように嬉しそうな顔を見ていると、何だか可愛いなと思ってしまう。ただ、何だか全然目の前の光景が頭に入ってこない。

「構いませんよ」

 全く顔の見えない黒いローブを頭から被り、その人物は感情の見えない声で言葉を返す。

「そうか、それは有り難い。それで、君達の占いというのは、どんな感じなのだ?」

 しかも、同じ格好をした人が六人もいるとなると、ちょっとした恐怖が感じられる。平和で知的な図書室とは程遠い空気感。……彼女達の視線が、息苦しい。

「占い、というとちょっと違うのですが」

「そうなのかっ!? もしかして新しい奴なのかっ!? 長谷川っ、何かドキドキするなっ!」

「え? えぇ?」

 この人はこんな怪しい格好の人達を前に、何でこんなテンション高いのだろう?

「新しいという事は無いのですが、私達は高次元の存在と交信する事で、ほんの少し先の事象に触れる事が出来ます。簡単に言えば、交霊術に近いですね。過去、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやフランツ・リストがそうだったように、我々も又、次元の異なる世界から、ここには存在しない啓示を授かる事が出来るのです」

「ほほぅ」

「は、ははは……」

 マズい、何だか関わってはいけないオーラがムンムンと漂っている。

「ただ、残念ながら、それには、それ相応の対価が必要となってしまいます」

「ちょっ!? ちょっと待ってくださいって、それって、何か霊的なアレが取られちゃうって事っ!? ……って、んな訳ないですよね?」

「まぁ、端的に言えばそういう事です」

「嘘んっ!?」

「うむ、分かった。言い値で構わん」

「部長―っ!?」

 何考えてんの、この人!?

「了解しました。では、こちらへどうぞ」

 そう言って、優しく図書準備室の中へと手招きをする。見た目はもの凄く物騒なのに、何故か物腰は凄く柔らかい。見た目や言っている事以外は、普通に優しそうな人にしか思えない。

「こちらへお掛けください。そして、ここに名前と生年月日を書いてください」

 黒い幕で覆われた部屋の隅の一角、そこには小さく丸いテーブルと二脚の椅子が置かれていた。彼女は上品な物腰で椅子に腰掛けると、テーブルの中心にある蝋燭へ火を灯す。

「これで良いのか?」

「ええ、大丈夫です。それでは儀式を始めたいと思います。斉藤様、ここに書いてある呪文を唱えながら、名前の上に血判をお願いします」

 けっぱん? 何それ? ていうか、呪文?

「ぶ、部長、何かマズいですって。何かおかしいですって」

「そうか? 長谷川は心配性だな。と、ナイフか何かあるか?」

「……は?」

「刃物は危ないので、こちらの針をお使いくださいませ」

「はぁっ!?」

 部長も、物騒な人達も、至って冷静に、粛々と、想像を超えたテンポで話が進んでいく。

「いくぞ? ……神聖なる古よりの神に申し立て祀る。我が魂の旅路、我が運命の道標、我の全ては御身の贄と成り、天寿を全うする事を、今、ここに血盟する」

 意味の分からない言葉をスラスラと並べながら、部長は何の躊躇いもなく、自分の親指に針を刺す。

「待っ!?」

「我はここにあり、祝福されし神聖なる神よ、哀れな我に……天啓を、示し、賜えっ!」

 何の疑問を抱く素振りもなく、彼は滴り落ちるワインのような雫を誓約書に押しつける。それが、何の盟約であるかも分からずに。

「っ!?」

 ほんの一瞬だけ目の前が真っ白になったかと思うと、突然、テーブルの上の蝋燭がふっと消え、辺りに煤の薫りがふわりと漂った。信じられない程の冷たい静寂と共に。


「――承りました」

 覆面を被った彼女の表情を見る事は出来ないが、機械のように冷静な言葉が優しく紡がれていく。

「残念ながら、貴方の望む形での未来が訪れる事は無いでしょう」

「そ……、そうなのか?」

 さっきまでの嬉しそうな笑顔が反転する。初めて見る、不安にたじろぐ部長の姿。

「どれだけ努力しても、どれだけ辛酸を舐めても、貴方が思い描く未来に届く事は難しい。それは、貴方のせいではなく、人が抗う事の出来ない、不文律」

「叶わ……ない……?」

 あんなに意味不明な自信に満ち溢れていた部長の姿は、今はもう、見る影もなく。

「ダメって、どういう事なんだ? こんなに、こんなにやってきたのに……、それでも、ダメだって言うのか? 俺には、そんな資格は無いって言うのか?」

「……」

 静かに、そして悲しげに視線を落とし、彼女は静かに頷く。

「……そんな……」

 どうしてそんなにショックを受けているのか、何をそんなに悲観しているのか、今にも世界が終わりそうな絶望の瞳のまま、部長はゆっくりと立ち上がり、ふらりと部屋の扉へと歩いて行く。

「ぶ、部長?」

 まるで映画の中のゾンビのように、ゆらゆらと扉の向こう側へと消えていく。そんな姿に目を奪われていると、ふと、首筋を掠める冷たい風に目が覚める。気が付けば、俺は六人の黒装束に囲まれ、身動きの取れない陰鬱とした霊気に縛られていた。

「……」

「……」

 彼女達の沈黙が身体を締め付ける。感情を表わす事もなく、ただ、そこにじっとしているだけなのに、まるで人生を左右する何かを、迫られているような気がして。

「……そ、それじゃ、俺もこれで」

 逃げ出すという言葉には抵抗があるけれど、それでも、この場にはこれ以上居られない。一秒でも早く、ここから――

「お待ちください。貴方は、長谷川 翔大さんですか?」

「え? あ、はい?」

 この場の空気には似つかわしくない、凜々しく澄んだ声。そんな声が、何故か俺の名前を紡いだ。

「……貴方に、伝えたい事があります」

「俺、ですか?」

 彼女は少し俯いて、ふぅと一息、深く溜息をつく。覆面の中の表情を伺う事は出来ないけれど、何かを覚悟するように、見えない彼女は背筋を伸ばして語り始める。

「これから貴方は、いくつもの困難に直面します。もしかしたら、貴方はその困難に耐えられないかもしれません。……でも」

 何かを躊躇っているのか、何かを飲み込み、何かを反芻する。

「……でも、忘れないでいてください。目に見える事が、全てでは無い事を」

「?」

 何を言っているのか、良く分からない。

「困難に挫けそうになった時、思い出してください。貴方を思う、大切な人達の事を」

「……」

「私は、貴方が後悔する事のないように祈っています。今までも、これからも」

「後……悔……?」


 どういう……事?


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