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転生人後

 翔子先生に教えを請うたその日から、早、二週間。今日で夏休みは終わりを告げ、あっという間に明日の始業式を迎えようとしていた。夏休みの宿題はとうの昔に完了し、明日の準備も既に終わっている。今までの学生生活からは想像も出来なかった、清々しい心と、少し涼しい8月の終わり。なのに、今日はいつになっても眠ることが出来ずにいた。

 今は午前二時。起床予定時刻は、午前七時ジャスト。

「何度言ったら分かるの!? そこは一旦引いてから全力で弾幕を張る! 反転遅すぎ! もう一回!」

「サーッ! イエッサー!」

「翔子ー、翔大ー、父さん眠いよー」

「サーッ! イエッサー!(×2)」

 最近、毎晩こんな感じ。

「そう言えば、夏休み後半はずっと俺の相手しててくれてたけどさ、お前の方は大丈夫なの? 部活とか。今更だけど」

「部活? 何言ってるの兄ちゃん。まさに今、部活中じゃん」

「ん? ……んん?」

 頭が追いつかない。この子は何を言っているんだろう。

「そんな事はどうでもいいから、はい、もう一回。このステージをクリアするまで、寝かさないよっ(はーと)」

「いやいやいや、そんな恐ろしい真顔でハートマーク作られても嬉しくないから。それより、部活中ってどう言うことさ? 気になるってば」

「だから、ゲームの練習してるじゃん。ほら、部活中」

「え? だってお前、バレー部じゃなかったっけ?」

 夏の合宿の時、バレーの勝負がどうとかって。

「ん? 私そんな事言ってないよ? だって私、eスポーツ部だもん」

「イースポーツ? ……イース……ポーツ。ん~、椅子に座って一人何かする部?」

「何その寂しい部活。そんな人が何人も居たら気味悪いじゃん。兄ちゃん、少しはニュースとか見た方がいいよ」

 妹に諭される兄。何だか凄く、恥ずかしい。

「eスポーツっていうのは、対戦ゲームを使って勝ち負けを競う競技の事だよ。日本じゃあんまり盛り上がってないけど、海外とかは結構凄いんだよ。プロチームとかもいっぱい居て、世界大会もあるんだ」

「へぇ~」

 本気で知らなかった。でも、ゲームの競技なんてピンと来ないような? そもそも、うちの中学にそんな部なんてあったっけ?

「私達のチームは『Slaughter Queens(スローター・クイーンズ)』って言って、結構強いんだよ。勿論、桜ちゃんや楓ちゃんもチームメンバーだからね」

「スローター・クイーンズ……。……クイーン?」

 何だろう、何か凄く嫌な予感がする。聞いちゃダメなような、聞いたら後悔するような。でも、やっぱり聞かないと負けなような。

「あのさ、その、スローターって、どういう意味?」

「ん? あー、えーとね、意味的には『殺戮の女王達』って感じかな。どう? カッコイイでしょ?」

 あぁぁ。

「もしかして、結構有名だったりするの?」

「そうだねー、色んな大会に出てるし、学校のホームページにも載ってるし、うちの生徒なら知らない人の方が少ないかも」

 もうめっちゃ自称してるやんけ! 何が『『殺戮の女王達』と呼ばれ』だ、越後屋―っ!!!

「あ、そうそう、ちゃんとチームの旗とかもあるんだよー」

 そう言って携帯をちょこちょこと弄った後、こちらへ向けてきたその画面には、パステルピンクのハートマークに縁取られた、可愛らしい天使の羽と王冠が描かれた旗がはためいていた。

「……えーと、ちょっと待って」

 学校のホームページにも載せられている。そして、この『殺戮』なんて言葉からは程遠い愛らしいシンボルマーク。普通に考えれば、教育現場で付けられる筈の無い狂気の英単語。こんな事が、果たして許されるものなのだろうか?

「もしかして、これって」

「うん、先生達、きっとチーム名の意味には気付いてないんじゃないかな? 何も説明してないし。てへぺろっ」

 可愛らしく三本指を立てて舌を出す翔子先生。きっと、越後屋達はこういうのを求めているんだろうなぁ。

「てへぺろっ」

「……、妹よ、そろそろ寝るか」

「そだね」

 勿論、一緒に寝るという意味ではない。To 越後屋。


 ――――。


「待てっ、関谷! 人の話を聞けっ!」

「しつこいですってば! 僕は絶対にやりませんからねっ!」

 記憶の片隅にすら何も残らない程、ぼーっと過ごした始業式。先生達が何を言っていたかもよく覚えていないが、何故かこの香りだけはよく覚えている。未だ微かに残るワックスの香り、古ぼけた木の香り、冷たいコンクリートの香り。

「お兄ちゃん、あれ、放っておいていいの?」

 香りだけじゃない、見慣れた机の傷を見ているだけでも、何故かホッとする。ここには自分の居場所があるんだと、誰かに許されているような気がして。

「ちょ! 長谷川君からも何か言ってやってよ!」

 ガラス越しの廊下から俺を見つけた関谷先輩は、下級生の部屋だという事を気にすることもなく、するりと俺の影へ隠れるように滑り込んできた。

「関谷、お前、自分の言っている事が分かっているのか? これは航空技研の一大事なんだぞ?」

「だって、勝負するのは部長じゃないですか! 僕には何の関係も無いです! っていうか、部長が神谷さんに何かしたからこんな事になったんじゃないんですか!? それなのに、何で僕まで巻き込まれなきゃなんですか!?」

「俺は何もしてない! そうじゃなくて、神谷さんは関谷に――」

「もういい加減にしてください! 僕は僕で勝手にやりますから、部長は部長で勝手にやってください! じゃ!」

 俺が何かを言う必要も無く、関谷先輩はするりと脇を抜けて教室を出て行った。そして又、それを追いかける部長の姿も同じように。

「関谷―っ!」

 ズドドドッ、そんな漫画みたいな擬音が付きそうな勢いで走り去る二人。残されたクラスメイトは、あまりの激しさに言葉を失っていた。

「お兄ちゃん、助けてあげたら? あのままじゃ、関谷先輩、部長さんに犯されちゃうよ?」

「さらりとヤバい言葉を混ぜてくるな。てゆか、俺は犯されてもいいのか?」

 だが、そんな事はどうでもいい。今は心を少しでも落ち着けたい。朝からずっと俺をかき乱す、少し大人びた絵美葉の姿に惑わされないように。

「そう言えば、宮内さんって随分変わったよね。何かあったの? やっぱり夏休みデビューって奴? あ? もしかして彼氏出来たとか!? っきゃーっ!」

 朝から、どうやって声を掛けたら良いか分からなかった。今まで見た事の無い彼女の新しい一面。きっと、何かがあった。でも。

「日焼けとか、すっごく可愛いよねーっ」

 俺には、彼女のプライベートに触れる事なんて、出来る訳もなく。

「それに、その白いアイシャドウもすっごく似合ってる!」

 それに、いくら幼馴染みだからって、聞けない事だってある。

「でも、やっぱり、その牛の骨みたいな鼻ピが一番良いよね! 何か、最強って感じ?」

 そう、色黒で、目の周りが真っ白で、鼻に骨が刺さってるからって――

「いや待てこら、やっぱおかしいだろ!? どこの部族だ!? 可愛いとかお前ら全員おかしくね!? ここはどこっ!? 俺がおかしいの!?」

「もう、お兄ちゃんってば照れちゃって。そんなに絵美が可愛いだなんて~。くねくね」

「誰もそんな事言ってないっ! てゆか何だその顔っ!? ハロウィンかっ!?」

「えー、知らないのー? 今、セレブの間でちょー流行ってるんだよ?」

「そんなセレブは牛舎に放り込んどけ」

「牛じゃないよう、これはバッファローの、ホ・ネ♪ きらんっ(はーと)」

 嬉しそうに鼻を指差す彼女。そして、それに同意するクラスメイト。どうして俺だけ? 何で皆が皆、俺を不思議そうな目で見つめるんだ? おかしいのはおれだけなのか? あぁ、もう、頼れるのは彼女しか居ない。まだちょっと気まずい感じが漂ってたりするけど、でも、今なら自然な感じで話せるような気がする。いつも通り、いつものように。

「あぁっもうっ、なつみ、お前からも何か言ってやってくれよ」

「……え? 何?」

 上の空で何かを考えていたのか、突然の事にびっくりしたように返事をする彼女。

「いや、だから、こいつのコレ。おかしいって言ってやってくれよ」

「何で? 普通に可愛いじゃん。何言ってんの?」


 高校生活、初めての二学期。文化祭の話題で少し浮き足立っている夏休み明けの生徒達。遠く響く、部長と関谷先輩の叫び声。そして、クラスメイト達の「どうしたの?」という可哀想な物を見るような瞳。


 ――ここは、どこの異世界ですか?


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