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それはもう、運命なの?

「……結局、断り切れなかったな」

「そうねぇ……」

 みっちり一時間、異様なテンションで接待漬けにされていた俺達を救ったのは、結衣姉からの電話だった。『練習終わったから帰ろ』そんな他愛もない連絡なのに、あの時の一言は、女神の歌声のような神々しさを持っていた。

「悪い人達じゃなさそうなんだけどなぁ」

「ねぇ。でも、どうする? また行くって約束しちゃったけど」

「んー、忘れたふりしとく?」

「また、そーやってぇ」

 そんな先の心配をしながら重い足取りで体育館の入り口をくぐると、制服に着替えた結衣姉と絵美葉が仲良く待っていた。

 そしてその隣には、何故かさっき見たような気がする、二人の男子生徒の姿が。

「……へ?(×2)」

「あ、翔ちゃんおかえりー。航空技研に入る事にしたんだって?」

「……は?(×2)」

「あ、そうそう、こっちは斉藤君。私と同じクラスなんだ」

「んなっ!?(×2)」

 彼はニヤリと不敵に微笑みながら、軽く会釈する。

「さっきは自己紹介も出来ずに悪かった。俺は部長の斉藤さいとう 一騎かずき、よろしく。いやー、しかし飛行機の事となると、ついつい熱くなっちゃう所が悪い癖だな。あっはっはっ」

 確かに、さっきは一方的に飛行機がどうのこうのを熱く語っていたような気がする。内容は良く分からなかったけど。

「って、何で――」

「どうしてここに居るのかって? それはな、君が電話で西村の名前を口にしていただろう? それでピンときたんだ。だから俺達は先回りをして、ここに来た。それだけの事だ」

 ハリウッド俳優さながらにポージングする斉藤部長。

「校内を最短距離で移動するなら、もうちょっと考えないとだね。あ、僕、二年の関谷せきや あきら。よろしく」

 いかにも理系男子っぽい、関谷平部員。

「あ、よろしくです。……じゃなくて、いつの間に入部する事になった……んですか?」

「さっき、また来てくれるって言ってくれたじゃないか。それはもう、入部って事だろ?」

 爽やかな笑顔で親指を突き立てる、飛行機ヲタ一号。

「僕の事は、関谷先輩って呼んでくれっ! あ、入部届はもう書いて提出しておいたよっ」

 恥ずかしそうな笑顔で親指を突き立てる、飛行機ヲタ二号。ってゆーか、入部届って誰が書いてもいいんだ。

「斉藤君は変わり者だけど、悪い人じゃないし、部活も楽しいと思うよ?」

「いや、その、そもそも何をする部活かも良く分かんないのに、入部とか……」

「そうか、そう言えば説明してなかった。すまんすまん、つい嬉しくなってな。あっはっはっ」

 あっはっはっ、じゃない。

「まぁ、基本的には紙飛行機を飛ばしたりとか、フライト・シミュレータで遊んだりとか、飛行機のDVD見たりとか、そんな感じかな。楽しそうでしょ?」

 そう言えば、拉致られた部室には色々な紙飛行機がいくつも飾ってあったっけ。

「な、何か、遊んでばっかですね。っていうか、技術研究って?」

「研究してるぞ。どう折ったら滞空時間が延びるとか、どうやったらハイスコアが出せるかとか」

「それ、研究って言わ――」

「いやいや、言わなくても分かってる。確かに、うちは活動実績が無いから、部費もほとんど無い。買えるのはせいぜい玩具屋に売ってる模型飛行機くらいだ。だが、俺達には夢があるっ」

「夢、ですか?」

「そうだ、俺は将来パイロットになるっ!」

 そう言って大きく拳を振り上げる、飛行機ヲタ一号。

「ちなみに僕は、飛行機を作る方に関わるような仕事がしたいんだ~」

 何故か照れながら夢を語る、飛行機ヲタ二号。

「へー、凄いですねー」

「と、そんな訳で、このままでは俺が折角作った夢のある航空技研が廃部になってしまうので、君に是非入って貰いたい」

「何故、突然そんな話に?」

「いやー、部員二人しかいないのに、今年はまだ新入部員がいないんだ。このまま行くと、関谷が卒業したら廃部決定だし、俺が居るうちに何とかしておきたいって思ってな」

「うちのダンス部も部員少ないから、その気持ち、痛いほど分かるぅ」

 うんうんと納得する結衣姉と斉藤先輩。何だか随分と仲良さそうだな。

「翔太、どうする?」

「んー、まぁ、紙飛行機を飛ばすくらいなら、そんなに面倒そうじゃないし……。なつみはどうする?」

「翔太が入るなら、あたしも入るけど……。大丈夫?」

「結衣姉の知り合いなんだし、大丈夫……じゃない?」

「うーん、大丈夫……、だよね?」

「……た、多分」

 何だか色々と怪しい所があるような気もするけど、美術部で肩身が狭い思いをするよりかはマシかもしれない。それに、ちょっと紙飛行機作りには自信があったりする。幼稚園の頃の話だけど。

「おぉっ! そうか、入ってくれるか? いやー、嬉しい。二十三人目にして、やっと初めての新入部員だ」

「に、二十三人?」

「あぁ、みんな話も聞かずにダッシュで逃げていくから、かなり困っていたんだ。でも、今日はちょっと趣向を変えて、強引に連れ込む方法を試してみたんだが、いやー、上手くいって良かった良かった」

「あ、あは、あはははは……」

 ……何か、俺ら、騙されてない、よね?


――――。


 学校からの帰り道、盛り沢山だった今日の出来事を振り返る。

「しかし、凄い面倒……個性的な先輩達だったなー」

「あはは、斉藤君は変人で有名だからね」

「良かったじゃん、翔太と一緒の有名人だよ?」

「俺は有名になんかなりたくない」

「あ、そう言えば、あだ名を『お兄ちゃん』にしようかって話が出てるみたいだよ? 良かったね、有名人のお兄ちゃんっ」

「良い訳ないだろっ! 誰のせいだと思ってんだっ!?」

 へらへらと笑う絵美葉のこめかみに、両腕の拳をねじりこむ。もう、ありったけの恨みを込めて。

「痛いっ痛いっ痛いっ! やーっ!?」

「いいか? もう誤解されるような事言うなよ? 分かったな?」

「分かったっ、分かったからっ!? だ、だから、ね? ……もっと優しく、……して?」

 上目遣いで頬を赤らめる絵美葉。

「そうか、そうか。あっはっはっ」

 その可愛らしさに腹の奥が煮えたぎり、何故か拳に力が入ってしまう。

「えでででっ!? 痛い痛い痛いっ!」

「二人とも、楽しそうね~」


 ふと、昔の記憶が蘇る。

 俺達の家が街外れにぽつんと建っていた事もあり、小学校の頃は毎日のように、こうやって皆で帰っていた。俺達三人の授業が終わった後は、上級生の授業が終わるまで校庭で遊び続け、授業が終わった結衣姉が出てくると、遊びはさらに盛り上がる。

 結衣姉は、そうやってはしゃぎ続ける三人を優しくなだめ、『さ、そろそろ帰ろっか?』と、お母さんのように背中を押すのが日課だった。

 車通りもまばらな、田んぼや畑に囲まれた道路。見上げれば遠くに山々が連なり、視線を落せば用水路がせせらぐ、そんな日本の原風景を思わせる景色を背に、俺達は毎日を楽しく過ごしていた。


「砂場でおままごとしてたチビっ子達が、今は高校生か~。歳を感じるなぁ~」

 結衣姉も同じ事を考えていたのか、俺達を見て、懐かしそうに微笑む。

「結衣姉だって二つしか違わないじゃん」

「二つ『しか』じゃなくて、二つ『も』だよ。来年は卒業して、大学生になるんだから」

 そう言って遠くを見つめる彼女の瞳は、どこかキラキラと輝いているような気がした。それは、今まで見た事もないくらい、遠くを見つめているように思える瞳。

 ……何だか、そんな初めて見る表情に、どこか嫉妬してしまったような気がした。彼女の傍にいる友達は、みんなこの笑顔を見ているのだろうか。俺の知らない彼女の姿を、どれだけ見ているのだろうか。さっきの先輩達も、彼女と一緒の時間を過ごしてきたのだろうか。

「結衣さんは、もうどこの大学に行くとか決めてるんですか?」

「んーん、まーだ全然。やりたい事はいっぱい思いつくんだけど、なかなかこれっていうのが決まらなくてね~」

「やりたい事って?」

「えとね、パティシエとか、幼稚園の先生とか、獣医さんとか、お天気お姉さんとか……」

「お姉ちゃん、それじゃ子供の頃の夢と一緒だよ」

「しかも、相変わらず方向バラバラだし」

「えーっ、だってどれも楽しそうじゃない?」

 それでも、こうやって昔みたいに一つになれる瞬間があると、どこかホッとする。俺達しか知らない、他の人には辿り着けない、この笑顔に。


 そんな他愛も無い話で盛り上がっていると、見慣れた我が家がもうすぐそこに見えていた。そして気が付けば、絵美葉の家の前で仁王立ちする女性が一人。

「あれ? 絵美葉のお母さん、何してるんだろ?」

「はっ!?」

 向こうもこちらに気がついたのか、突如、猛然とダッシュする。もう、鬼のような形相で。

「絵美葉―っ!」

 あ、そう言えばこいつ、お母さんの財布持ってきてたんだっけ。

「財布無かったら仕事行けないだろっ、この馬鹿たれーっ!」

 たじろぐ絵美葉。止まらないお母様。その勢いは留まる事無く、振りかぶった右の拳が彼女の頭上に炸裂する。

「くがぁっ!? ……いぅーっ! 何すんのよっ!? ちゃんと起きないママが悪いんじゃんっ!」

「中身だけ持ってけばいいでしょっ! このおバカっ! 仕事遅刻する所だったんだからねっ! もー今日は晩飯抜きっ!」

 そう言って家に戻り、そのまま自転車へ跨がると、お母様は白煙を上げながら走り去っていく。それはもう、嵐のように。


 遠く響く自転車のチェーンの音。呆然と残された俺達。そして、涙目の女の子が一人。

「何で? 絵美、悪くないのに、何でこんなに怒られなきゃなんないの?」

 ぐしゅぐしゅな顔で涙を浮かべる絵美葉。良く考えれば、確かに絵美葉は悪くないような気もする。絵美葉のお母さんがちゃんと起きてれば財布を持ってくる事も無かった訳だし。……さっきのぐりぐりは、少しだけ後ろめたかった。

「あー、うん、まぁ、その、何だ。とりあえず、今日はうちで飯食ってくか?」

「え、ほんとっ!?」

 あんなに泣きそうだった顔が、パッと明るく切り替わる。

「え? 何その現金な反応?」

 でも、こうやって切り替わりの早い所が絵美葉の良い所。彼女は過ぎた事をくよくよしないし、いつも前向きに歩いている。きっとみんな、彼女のそんな所が好きなのだ。

「えー? そしたら、お姉ちゃんもお呼ばれしたいなぁ」

「みんな行くなら、あたしもー」

「別に俺は良いけど、そんなに晩飯あるのかな? まぁ、とりあえず久しぶりだし、上がって行ったら? 母さんも喜ぶだろうし」

「おっじゃまっしまーすっ(×3)」


 家に上がると、いつもの夕食前の音が聞こえてきていた。炊きあがる直前の白米の香りに、小気味よい包丁の刃音。

「母さん、今日の晩飯って大目に作れる? 絵美葉達が晩飯食い――」

 あぁ、なんという事でしょう。扉を開けると、そこには燦然と輝くホットプレート、そして、大皿に並べられた赤く美しい魅惑のお肉様が、まるで焼肉屋のように綺麗に盛り付けられているではありませんか。

「あ、みんないらっしゃーい。丁度良かった、今ご飯炊きあがるから、良かったら食べ――」

「いや、みんな家で食べるから大丈夫だってさ。じゃ、そういう事で、今日はお疲れっ! バイバ――」

「おばさん、良いんですか? やったーっ(×3)」

「って、待てやコラっ!?」

「いっぱい食べてってね。今日は奮発してちょっと高めなの買ってきたから、美味しいと思うわよ~」

「こっちも待てやコラっ!?」

「ありがとうございますぅっ(×3)」

 勝手知ったる人の家、彼女達は昔良く座っていた椅子に腰を落ち着け、俺を無視して母さんと楽しそうに話し始めた。箸と茶碗を受け取りながら。

「あぁぁ、俺の肉ぅ……」


 ――その日、俺は自分の運命を呪った。

「ほら、お兄ちゃん、野菜食べないと大きくなれないよ。いっぱい焼いてあげるから、じゃんじゃん食べてね!」

 ……色々な意味で。


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