scarlet trigger
「と言う訳で、第三十八回、航空技研、対サイバー戦闘特殊訓練を開始する」
「確か三十七回目は、合宿の時の鉄板洗いでしたっけ?」
「そうだな、炭化物質掃討作戦。あれは過酷なミッションだった」
「何を言ってるんですか。結局、鉄板を洗ったのは僕と長谷川君だったじゃないですか」
夏休みも残す所、後、五日。中学の頃なら何かに焦りつつ遊び呆ける所だが、今回は優秀な先輩達のお陰で、既に宿題というミッションは完遂されている。そして今は、秋の文化祭に向けての対策会議が開催されようとしていた。何が始まるのかは想像出来ないけれど。
「俺、あんまりゲームとかしないんで、きっとシューティング・ゲームとか全然ダメダメだと思うんですけど、大丈夫ですかね?」
「うむ、気にするな。俺もやった事ないぞ」
「何でそんなに堂々と。まぁ、僕もやった事ないけど」
いつもなら、ここでなつみも合いの手を入れてくるのだろう。でも、彼女とは昨日から会えていない。昨日の夜のメッセージにも返事が無い。
「そう、だからこその特殊訓練なのだ。これを機に、航空技研は新たな特殊技能を獲得するっ!」
「就職には役に立たなそうですけどねぇ」
『明日、部室で作戦会議だってさ。一緒に行こうぜ』。いつも通りに、いつも通りの文面で。……なのに。
「そこでだ、今回は外部から講師をお招きしている。この特殊技能についてのスペシャリストだ。さぁ、先生、どうぞっ!」
その言葉を待ってましたとばかりに、部室の扉がガラッと開かれる。そこに立っていた三人の人影、その姿はまさしく――
「どした? パソコン部の萌え豚トリオ」
「長谷川氏っ! 『ピーッ』が入ってないでござるよっ!?」
「否定はしないんだ。っつーか、専門家って? とてもじゃないけど、そういうゲームとか似合わなさそうな体型と指先ですけど?」
「ふっふっふっ、見た目で判断されては困るでござるな」
「くっくっくっ、石田君、座布団一枚」
「かっかっかっ、って、なんでやねんっ!?」
相変わらず、このノリにはついて行けない。
「あー、先生と言っても、ゲームをする方の先生じゃないんだ」
「する方?」
あれ? あいつらの専門って、ギャルゲじゃなかったっけ? いや、出てくるのはギャルだけじゃないけど。
「長谷川氏、今、『さすが神っ! まさかシューティング・ゲームまで!?』って思ったで御座るな?」
「いえ、思ってないです。本当にごめんなさい」
「ふっふっふっ、そのまさかなので御座るよ。石田君、アレ、持ってきて」
「座布団で御座るか?」
「そうそう、こう正座する時には必需品。デブの膝は労らないと――って、なんでやねん!」
何だろう? このエセ関西感。関西人に謝るで御座るよ。
――――。
「scarlet trigger(スカーレット・トリガー)? これって?」
部長のフライト・シミュレータ専用マシンに映し出されたオープニング画面。細部まで丁寧に書き込まれたグラフィックと、胸の奥から何かを湧き起こそうとするダイナミックなサウンド。とてもじゃないけど、こいつらが作った何かとは思えない。
「我らが一年ほど前に完成させたシューティング・ゲームで御座る。まぁ、その頃は他にもメンバーが居たで御座るがな」
どこか懐かしそうな、切なそうな、そんな瞳でディスプレイへと語りかける彼等。
「他にもって?」
「そんな事はどうでも良いで御座る。大事な事は、これを長谷川氏達がどうやって攻略するかって事で御座る」
「攻略? どういう事?」
「それは俺が説明しよう」
そう言って、部長はいつものようにふんぞり返ったまま、腕を組んで説明をし始めた。
「勝負がゲームと言う事は、それに慣れている方が勝つ事は目に見えている。それでは俺達に勝ち目は無い。そこまでは良いな?」
「異議無~し」
「なら、ゲームに慣れていない俺達が勝負する為にはどうしたら良いか?」
「ん~、向こうも慣れてないゲームをするなら、対等になれる……かも?」
「そうだ、経験値だけはどうしようもないが、初めてのゲームなら、スタートラインだけは同じに出来る。俺はそう考え、お互いがやった事のないゲームを選択する事にした。それがこれだ」
「一般に流通してるゲームやアーケード・ゲームだと、さくらタンはほとんど手を付けてる可能性が高いで御座るからな。でも、同人ゲームなら、知らない可能性の方が高いで御座る」
「そして、本人に確認した結果、やはりこのゲーム自体を知らなかった事が確認できた。なので、対戦にはこれを使用する事にした。これなら、お互いにハンディ無しだからな」
昨日の今日で、そこまで色々してたって言うのか? 部長の行動力、恐るべし。
「という事は、お互いに今日からこのゲームの練習をする訳ですか。それなら僕達にも分がありそうだね。三対三なら神崎さんと妹ちゃんに勝てればこっちの勝ちな訳だし」
「そうですよね、もし桜が別格だったとしても、いくらなんでも女子中学生を相手に男子高校生が負ける訳無いですもんね」
「あ、いや……、それがなぁ」
部長はそう言って、頭を掻きながら大きく溜息をつく。
「長谷川氏は翔子タンのお兄様なのに、知らないので御座るか?」
「お兄様言うな。ていうか、知らないって?」
パソコン部員の中では社交的な方に属する『越後屋』事、本名『越後 大和』。彼はその社交性を生かし、情報屋という別の顔を持つ。個人や他の部からの依頼に応じてターゲットの近くへと接触し、あくまで自然に、そして気付かれないように相手の情報を抜き取ってくる。その姿は、まるで本物の諜報部員のようにも見えるという。しかし、そうやって得られた情報は、痒いところに手が届かない事で有名だ。
「桜タン、翔子タン、楓タン、この三人は一部のオンライン・ゲームでは有名なパーティーなので御座るよ」
「タンタン言うな。ていうか、有名って?」
越後屋は神妙な面持ちで語り出す。まるで、知られざる秘密を暴露するかのように。
「彼女達は『殺戮の女王達』と呼ばれ、一部のゲーマーから恐れられている存在なので御座る。あるFPSでは上級ゲーマーをカモにするほどの実力を持ち、ケラケラと笑いながら一発必中で次々と敵をなぎ倒していく。その姿は、女王と言うより、悪魔のように見える、……と」
「何それ怖い。っていうか、FPSって何?」
「First Person shooter(ファーストパーソン・シューター)の略だね。日本語で言えば一人称視点のシューティング・ゲームなんだけど、長谷川君は見た事無いかな? こう、自分が銃を構えてる景色が画面に出てきて、こう、ダダダッって敵を倒していくゲーム」
そう言って、戦争映画のように銃を乱射する様を表現する関谷先輩。
「そう言えば、テレビか何かで見たような気がします。でも、何で翔子や楓までそんなゲームを? そんなのやってるなんて話は聞いた事無いけど?」
「翔子タンには『断頭台の女王(レディ・パニッシャー)』の名が、楓タンには『殲滅の女王(レディ・スマッシャー)』、そして、桜タンには『狐狩りの女王(レディ・ハウンド)』の二つ名が付いているで御座る。そして、この三人の女王達が通り過ぎた後には、動く物は何一つ残らない、と、言われているので御座るよ」
「怖い怖い怖いっ!」
しかし、翔子が家でそんな事をしてるのなんて全然見た事が無いぞ? パソコンだって、勉強に使うからって……。そういや、CPUがどうとか、オーバークロックがどうとか、冷却性能がどうとか言ってたような気もするような。そう言えば、勉強に使うからって、ネットの回線がどうとか言ってたような? レイテンシがどうとか帯域幅がどうとか? そう言えば、翔子の部屋から良く高笑いが聞こえていた……よう……な??
「まぁ、そういう訳だ。どうやら相手は三人ともゲームのプロっぽいらしいのだ」
部長はそう言って、大きく溜息をつきながら椅子に腰掛ける。
「前言撤回。そのプロ相手に、僕達が勝てるんですか? 既に負け戦感が半端ないですよ?」
「だから対策会議と言ったろう? 俺もまさか三人が三人共とは思わなくてなぁ」
「マジっすかぁ」
関谷先輩までもが大きく溜息をつく。確かに、ほとんど素人同然の俺達に何が出来るのか、想像する事すら出来ない。こんな時に出てくるのは溜息ばかり。
「はぁぁぁ……」
そんな時、ふと、何かの違和感が鼻の奥を駆け抜けた。まるで、まだ見ぬ第六感が何かの危機を伝えるかのように。
「……」
「……」
「……」
「長谷川氏? 部長殿も先輩殿も、みんなどうしたで御座るか?」
そう、航空技研の部室は激狭であり、六人もの人間が入れば、ほとんど動く場所は無い。
「女子がいるって、凄く幸せな事だったんだね」
「そうだな、俺も、広瀬さんの有り難みを、今、しみじみと噛みしめている所だ」
「お二人のその言葉、そのままあいつに伝えておきますね」
「どっ、どうしたで御座るか!? 皆の衆、目が死んでいるで御座るよっ!?」
部室に充満する男臭、青い夏空には似合わないジメジメした高温多湿。いつもなら、なつみの甘い香りで満たされている筈のその空間は、油ギッシュな腐臭に満ちあふれ、その常識を越えた刺激が目尻にしみこもうとしていた。ふと気が付けば、息を付く事も躊躇わす程に。
「……なつみ、やっぱり、お前が居ないと、俺は駄目みたいだ」
朦朧とする意識に、なつみの笑顔が走馬灯のように流れていく――。




