シーサイド・デザーター
「そうだな、あれぐらいで諦める事なんてないぞ。西村は結構思い付きで適当な事を言う時があるから、あれが本心だとは思わない方がいい」
「ですかねぇ」
「祭りの方も多分大丈夫だ。お祭り大好きっ子のダンス部が来ない筈がない。むしろ、逆に巻き込まれる可能性の方が高い」
「そう言えば、去年の文化祭は凄まじかったですよね。ゲリラライブとか言って、ほぼ全クラスの出し物に乱入しまくってたみたいですし」
「あれは西村が体育館の使用許可申請を出し忘れてたせいなんだけどな。『やる場所がないから、人が居る所に出張してた』と本人は弁解してたが、まぁ、狂喜乱舞して走り回っていた所を見ると、きっとただの言い訳だろう」
「結衣さんって、そんなハッピーな性格だったっけ?」
次の日の朝、朝食を食べ終えた航空技研チームは、今日の撮影の為にラジコンやらカメラやらの機材を昨日の堤防まで運んでいた。そして、ダンス部チームの方は、近くにある小学校の体育館を借りて練習をする事に。本当は昨日も借りられる予定だったらしいけれど、何か別の予定とダブルブッキングしていたらしく、仕方なく基礎練習をしていたのだそうな。
「で、部長、今日はどんな感じにするとか、もう決まったんですか?」
「まぁ、さすがに細かい所までは考え切れてないが、大体はイメージ出来た」
「さすが部長、いつもの事ながら仕事が早いですね」
「褒めても何も出ないぞ。それより、こういう話はもっと前もってだな――」
「はいはいはいはいっ! 細かい事は気にしない気にしないっ! で、どんな感じに飛ばしましょうね?」
「あ、誤魔化した」
「関谷はいつもいつも思い付きで動き過ぎだ。全く。取り敢えず、今日のコンセプトは『デザーター』で行くぞ」
「デザーター?」
全員の頭にはてなマークが舞っていた。こういう時、もっと英語とか勉強した方が良いんだろうなーって思うけれど、まぁ、思うだけで、時は何事もなく過ぎていく訳で。
「せんぱーい、翔大妹は暑いのでかき氷がいいでーす」
「桜はゴリゴリ君がいいでーす」
「あ、あたし、白くま……とか」
「なるほど、デザートの話だったのか。それなら、俺はチョコレートモナカがいいなぁ」
「あたしは抹茶ぜんざいっ」
「僕はバナナ・プディングがいいな~」
部長はそんな俺達を横目に大きな溜息をつく。
「違う。デザーターというのは逃亡者という意味だ。今回は三機が撮影に使用できる訳だが、関谷と神谷さんの機体は戦時中に実際に使われていた戦闘機、という事は分かるな?」
「関谷先輩のもそうなんですか?」
「メッサーシュミットBf109エーミール。第二次世界大戦初期に投入されたナチスドイツ空軍の主力戦闘機だよ。神谷さんのトマホークはアメリカ軍の戦闘機。正確にはアメリカ合衆国義勇軍だけどね」
「だがしかし、神崎さんの機体は練習用という事で、ちょっと他の機体とは毛色が違っている」
「ふんっだ、猫太の何が悪いって言うのよ。後でコルセアだって絶対に買うんだから」
猫太を腕に抱え込み、すね始める神崎さん。何かちょっと可愛い。
「そういう意味で言ったんじゃない。折角のこの取り合わせを生かしていこうという話だ」
「生かす?」
そんな話に夢中になっているうちに、気が付けば堤防まで上り着いていた。ほとんど雲も無く、青く澄み渡った朝の空。ひやりとした海の風と、少しずつ熱さを増していく太陽。撮影には絶好な景色を背に、部長は話を続ける。
「そうだ、逃げる神崎さん、そして、それを追う関谷のメッサーシュミット。神崎さんが逃げる理由は……そうだな、ドイツ軍の極秘情報を盗んで逃亡中の女スパイ、という設定がいいか」
「おぉ、なるほど、それは面白そうですね」
部長と関谷先輩はだんだんと盛り上がっていく。きっと何か二人の中で思い描く共有したイメージがあるのだろう。
「この先にある友好国まで逃げ切る為、女スパイは軍の練習機を強奪し、海岸線ギリギリを隠れて飛んでいた。しかし、それを追う段違いの性能を持ったメッサーシュミットから逃れられる筈も無く、練習機は敢え無く発見され、撃墜寸前の状況だった」
「おぉっ」
「だがしかし、女スパイが発した緊急信号を受けて駆けつけた友軍のトマホークが、ぎりぎりのタイミングでメッサーシュミットへと襲いかかる」
「おおぉっ!」
のめり込むように部長の話に聴き入る関谷先輩は、子供のように目をキラキラさせながら、何か別の世界にトリップしているようだった。そんな先輩に気を良くしたのか、部長の熱弁にも力が入っていく。
「間一髪で攻撃をかわすメッサーシュミット、反転して再度襲いかかってくるトマホーク。二機は激しい攻防を繰り広げていく。そんな激戦の中でも、メッサーシュミットは自分の任務を忘れていなかった。トマホークの隙を突き、練習機を撃墜する為に何度も何度もアタックを掛け続ける」
「うぉぉ、燃えてきたーっ!」
「うるさい」
「楓ちゃん、抑えて抑えて」
この子は何でこんなに関谷先輩を目の敵にするんだろう? 前世で何かあったのか?
「何とか逃げ続ける練習機、その間に何度も交戦を繰り返すトマホークとメッサーシュミット。その二人の実力は互角だった。後ろを取られたと思った瞬間、反転して攻撃を掛けるメッサーシュミット。その攻撃をかわして、また後ろを取るトマホーク。お互いの僅かな隙をついて繰り広げられる空中戦は、いつまでも続くかのように思われた。だが、その膠着状態を打破する瞬間がついに訪れる」
「おぉっ!?」
「突然、防戦一方だった練習機がメッサーシュミットの進路を塞いだのだ。想定外の動きに反応できなかったメッサーシュミットは接触を回避する為に急反転をかける。だが、その先にはトマホークの機銃が待ち構えていた」
「あぁっ!?」
「その瞬間、勝負は決した。敢え無く海へと墜落していくドイツ軍の追跡者。よたよたと飛び続ける練習機を気遣い、まるで肩を貸すように寄り添うトマホーク。長かった彼女のミッションは、ようやく、ここに完結する」
「うぅ、うちの子が負ける訳無いのにぃ」
「そんな泣かなくても」
感極まってしまったのか、機体に感情移入するかの如く、悔し涙を流す関谷先輩。
「ぐすっ、とっても感動的なお話ですけど、私はどうやって撮ればいいですかぁ? ぐすっ」
その涙声に振り返ると、何故かなつみまでが涙目になっていた。一体、今の話のどこに感動したのだろう?
「うむ、取り敢えず最初に神崎さんと関谷の追跡シーンを撮っておこうと思う。直線的な移動がメインだから、馴れるのに丁度良いだろう。エンディングは夕焼けで撮りたいから、最後だな。後はドッグファイトシーンだが、流石に実際にバトルする訳にもいかんだろうし、すれ違うシーンを何度も色んなアングルから撮って、最後に編集するような形になるか」
確かに、桜も楓もほとんど初心者みたいなものだし、あまり難しい事は色々危険そうな気がする。特に楓が。
「みんな、そんな感じで良いだろうか?」
「はーい(×5)」
「よし、それじゃ早速練習も兼ねて撮影を開始するぞ。関谷と神崎さんはあっちの湾の内側から海岸線に沿って飛んでくれ。広瀬さんのドローンは二機を斜め前から撮れるように併走して欲しい。長谷川のボートも同じように。神谷さんは二機の斜め後ろから見上げるような角度で。三人はお互いが映らないように気をつける事。翔子ちゃんは堤防の先から流し撮りだ」
「流し撮り? 流れるような隠し撮りって事ですか?」
「あぁ、まぁ、そんな感じだ」
「そうかなぁ?」
「きっと違うと思うぞ」
――――。
唸りを上げるエンジン音が辺りに響き渡る。次々に飛び立っていく機体を見ていると、何故かとてもワクワクしてしまう。ほんの半年前まで飛行機に興味なんてなかったのに、今はもう、エンジン音だけでテンションが上がっている自分がいる。
「よーし、行くぞー。まずは、神崎さん、スタート」
「い、行きますっ」
「長谷川、広瀬さんも動き始めて!」
「はい!(×2)」
正直、少し面倒臭いって気持ちも無くはないけれど、こうやってみんなで一生懸命に何かをするっていうのも以外と悪くないんだなって、思い始めている自分がいる。
「関谷、行けっ!」
「ラジャー」
食わず嫌いって言葉があるけれど、それは正に俺の事を指していたのかもしれない。楽しい事は、向こうからはやって来ない。自分から一歩を踏み出さないと、何も分からない。
「神谷さん、後ろから煽る感じで撮り始めて。ドローンが映らないように、ドローンと同じ側から寄せていって」
「……」
「神谷さん?」
「……ふふっ」
……ふふ?




