部活も色々、先輩も色々
小学中学と俺達三人が違うクラスになる事はあまり無かった。普通に考えれば、家が近い事を理由に先生が別クラスに振り分けそうなものだけれど、どうしてか、いつもいつも同じクラスである事が多かった。でも、この高校は都会にある大きな学校。五クラスもあれば間違いなくあいつらとは別クラスになる。そう思っていたのに。
「やった、お兄ちゃんっ! 三人一緒だよっ!?」
「良かったねっ、翔太っ」
大声で叫ぶ二人の女子に、どよめく新入生達。
「お、お兄ちゃん?」
「呼び捨て?」
入学早々、不穏な空気が辺りに立ちこめていた。
――――。
「いやー、毎度の事だけど、翔太はいっつも最初に有名人になるよね。しかも、今回は今までで一番早かったんじゃない?」
「入学式当日に抱きついてくる幼馴染みなんて、一体どんなギャルゲーだよ。はぁぁ、何で初っぱなからこんな恥ずかしい目に……。もう死にたい」
「まぁまぁ、みんな分かってくれたんだし、いいじゃないの」
二人で弁当を突きながら、この一週間を振り返る。休み時間の度にあっちこっちから質問攻めにされ、同じような答えを繰り返す日々。もう疲れた。色々。
「で、その張本人はどこ行った?」
「何か今日はお弁当作って貰えなかったんだって。さっき購買にダッシュしてたよ」
「絵美葉のお母さん、また寝過ごしたのか?」
「寝過ごしたっていうか、何か最後まで起きなかったみたい。飲み過ぎて」
「相変わらず仕事大変なのかな?」
「ね?」
二人でクスクスと笑い合う。絵美葉にしてみればいい迷惑なのは分かるけど、端から見ている分には微笑ましかったりする。今日も平和だなって。でも、そんな平和な一時は、勢いよく開け放たれるドアの音で帳消しになった。
「お兄ちゃんっ、見て見てっ! 幻のミルフィーユかつサンドっ! 超~美味しそうじゃないっ!?」
絵美葉はそう叫びながら、ゴージャスなパッケージに詰め込まれたサンドイッチを、興奮しながら机に広げていく。
「絵美葉、もう少し静かに帰ってこれないのか? 小学生じゃないんだから……って、おまっ、こんなの買ってきて大丈夫なのか!?」
そこに拡げられたのは、見るからに旨そうなカツサンド。購買の中でも最上位クラスに属するこのパン、学生の身分で買うには高すぎる価格設定に加え、限定三食という学食とは思えない希少価値から、色んな意味で幻のパンと噂されていた。確か、昼飯代三日分くらいは軽く吹き飛んだ筈。
「大丈夫。今日はお母さんからお昼代貰ってきたから」
絵美葉は嬉しそうに見慣れない財布を取り出す。それはもう、今日一番のドヤ顔で。
「だからって、財布ごと持ってきちゃダメだろ?」
「え? 何で?」
きっとこいつは何も分かってないな。ご愁傷様。
そんなお昼時をまったり過ごしていると、ふと、先週のホームルームを思い出した。
「そう言えば、そろそろ部活決めないとマズいんじゃなかったっけ?」
「あ、そーだ。お兄ちゃん騒動ですっかり忘れてたけど、いい加減に決めないと、先生に何か言われるかもだね」
「お兄ちゃんの何がイケないっていうのよ。全くもう、みんなうるさいんだから。むぐむぐ……」
かつサンドを頬張りながら、恨めしそうに悪態をつく。絵美葉は絵美葉で、女子達から何か言われているようだった。まぁ、自業自得だから放っておこう。
「そしたら、今日の放課後とか、ちょっと部活見学してみるか? 折角だから結衣姉の所も見てみたいし」
「お姉ちゃんの所? 行く行くっ!」
「あたしも行く。でも、何かちょっとドキドキするね?」
「ねー」
春の陽気と、カツサンドの香りと、楽しそうに笑う彼女達の顔に包まれて、何だかとても幸せな昼休みだった。
――――。
体育館へ入ると、バスケ部やバレー部が激しい練習を繰り広げていた。それは、中学の頃とは全然違う迫力に満ちていて、素人の自分にでも分かるような、レベルの高い練習内容だった。
そんな大所帯の部に遠慮するように、結衣姉の所属するダンス部は、体育館の一角で懸命に練習を繰り返していた。ただ、人数が少ないせいか、他の部活に比べると、ちょっと活気に欠けているような気もして。
「あ、みんな来てくれたんだ! やーん、何か新鮮~。……でも、ちょっと恥ずかしいかも」
「別に変な格好して踊ってる訳じゃないんだし、恥ずかしがらなくてもよくない?」
普通に体操着で練習しているだけだし、恥ずかしがる事なんて何もないような気がするけど、何を気にしているのだろう?
「なぁに~? 翔ちゃんは変な格好の女の子が見たいの?」
「ち、違っ!」
「翔太、そういう事言ってると、嫌われちゃうよー」
「べ、別にそういう意味じゃっ!?」
「絵美はちょっと見たいかも。いや、むしろ、見せたい?」
「おい」
「まぁ、冗談は置いといて、後一時間くらいで練習終わるから、今日はみんなで一緒に帰らない?」
「うん、いいよ。それじゃ、俺は今のうちに他の部活とかも見てみようかな」
「絵美はお姉ちゃんの練習見ててもいい?」
「いいよ。なつみはどうする?」
「あたしは翔太と一緒に見に行くよ」
「そっか。じゃあ、見学終わったら又戻ってくるよ」
「いってら~(×2)」
後ろ髪引かれる思いで、熱気に満ちた体育館を後にする。もう少し見ていたかったけど、あんまり変な目で見られるのもアレだし、ここは大人しくしていよう。
「さーて、それじゃどこから行ってみる? って言っても、文化部って少ないんだよな。分かってると思うけど、運動部は却下な」
「あはは、うちら運動も勉強も全然ダメだしね。……ん、と、確か、特別教室棟の二階と三階に部室があるみたいだから、端から回ってみる? はい、部活紹介の時の紙」
なつみが用意周到にカバンから取り出した資料には、部活名の一覧と、活動内容の概要や部室等の説明が書かれていた。
「って言っても、吹奏楽とか軽音なんて無理に決まってるし、演劇や料理だって興味無いしなぁ……」
「それじゃ、また美術部にする? あ、漫画部とかもあるよ?」
「読むだけならいいけど、活動内容の所、『オリジナル漫画の制作』って書いてあるぞ? 俺、漫画なんて描けないよ」
「あー、あたしも無理だ。それじゃ、残りは……、囲碁将棋部とかパソコン部とか?」
「何か、どっちも微妙だなぁ」
「んー、……ん? 航空技術研究部って何だろ?」
「航空技術研究部? 飛行機作ったりするのかな? ちょっと覗いてみる?」
「でも、さすがに場違い過ぎじゃない? うちら勉強出来ないし、研究なんて絶対無理だよ?」
「まぁ、何やってるか分かんないんだし、取り敢えず見てみないと。それに、もしかしたらほとんど帰宅部状態かもよ?」
「えー、そういう理由?」
「だって部活とか興味無いし」
「ほんとにあんたってば。はぁぁ……」
まぁ、そんな事を言い出したら、そもそも学校自体にあんまり興味が無いんだけどさ。
「お願いだから、メタボにはならないでよね~」
「なるかっ!」
……メタボ……。
特別教室棟の三階、美術室、コンピュータ室と並んだ、西側の一番端にある――
「その他準備室? ホントにここ?」
妙に横幅の狭い、どう見ても普段使わない物を仕舞っているようにしか見えない、荒廃感漂う扉の前で、呆然と立ち尽くす。
「……やっぱり、帰る?」
「そ、そうだな。折角だから、隣のパソコン部にでも行ってみるか?」
「そ、そうだね。折角だしね」
さっきまでの脳天気な気持ちはどこへやら、今は恐怖にも似た不安しか感じられなくなっていた。
そんな怪しい場所からそっと立ち去ろうとすると、その嫌な予感は現実の物となった。
「新入部員っ!? いやっほぅぃっ!」
突然、部屋の扉が勢いよく開け放たれ、漫画のように男子が二人飛び出てきた。
「やりましたねっ、部長っ! 女子っすよ、女子っ!」
意味不明な喜びの舞を踊り出す二人。まるでレアアイテムをゲットした冒険者のように見えなくもなくも無い。
「あ、あのぉ、あたし達、入部とかそんなんじゃなくてですね……」
その勢いに圧倒されながらも、なつみは必死に無関係を装う。そして俺も、全力の援護射撃。
「そ、そうなんですよ、ちょーっと美術部に行こうと思っていたら、部屋を間違えちゃったというか、何というかですね」
「まぁまぁまぁ、そんな事言わずに見学していってくれ。お茶もお菓子もあるぞ? ほら、関谷っ、飲み物出せっ!」
「温かいのっ!? 冷たいのっ!? 生ぬるいのっ!? 色々あるけどどれがいいっ!?」
「あ、あの、いや――」
「さぁさぁさぁさぁ、こっちこっちっ、座って座ってっ!」
「いや、でも――」
「お菓子何がいいっ!? 色々あるよっ!?」
「その、えと――」
「さぁ、ようこそ、航空技研へっ!」
山のような荷物に囲まれた一角で、満面の笑みを浮かべる先輩二人。正直、『やっちまった』という気持ちでいっぱいだった。
「あは、あは、あはははは」
幸先、良くない……、どころじゃないかも。