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不完全なテレパシー

「そう言えば、長谷川君と広瀬さんって仲良いよね? でも、付き合ってないんだよね? なんで?」

「はえ?」

 温泉でのぼせたのか、部長の話にのぼせたのか、ぼーっとして関谷先輩の質問が良く分からなかった。

「何でって言われても、幼馴染みってだけで――」

 何でだろう? 何で一緒に居るんだろう?

「付き合うとか、そういうのは別に――」

 別に、そういうんじゃなくて。

「ただ、気が合うっていうか、ノリが合うっていうか」

 そう、そういうんじゃなくて。

「どっちかって言うと、親友ってがぼがぼがぼがぼば――」

「は、長谷川君!?」

 ん? あれ? 何かしょっぱいような――


 ――――。


 結局、温泉で溺れかけた俺は、部長の肩を借りながらコテージまで帰ってきた。

「部長の身体、見た目細そうなのに、結構逞しいんだなぁ」

 今は深夜一時。みんな寝静まっていたけれど、目が冴えて眠れない俺は、昼間来た海岸で星を眺めていた。丸太に腰掛け、少ししっとりとした潮風を浴びながら。

 さっきの温泉の熱量が今も身体に残っているせいか、首筋を抜ける風がとてつもなく心地良く感じられる。

「お兄ちゃん、もしかしてボーイズ・ラァブ?」

「んな訳あるか。あほ」

 ちょっとビックリした。誰も居ないと思っていた背後から、ひょこっと頭越しに俺を覗き込む絵美葉の顔。でも、ビックリしたのは少しだけ。何となく、ここに集まるような気がしていたから。

「寝れない?」

「んー。ま、そんなとこかな」

 いつもダイレクトに感情を表わす絵美葉にしては珍しく、少しお茶を濁すような返事。

「なつみは?」

「ご飯の後は普通だった。みんなと一緒に笑ってたし、今も熟睡してたから、大丈夫じゃないかな」

「そっか。……あいつ、何であんな事言ったんだろうな?」

 今も耳に残る、『ほっといてよっ!』の一言。怒られた事は何度も何度もあったけど、あんな風に拒否られたのは初めてな気がする。

「女の子は色々繊細なの。きっとたまたまタイミングが悪かったんだよ」

「タイミング?」

「いーから、いーから。そんな事よりさ、お姉ちゃんへの告白作戦はどうする? お兄ちゃん的には、こーしたいとかあーしたいとか無い? ほら、壁ドンしたいとか押し倒したいとか」

「押し倒すのはダメだろ。いや、壁ドンも恥ずかしくてダメだけど」

 そんなん出来れば苦労しないわ。まともに顔も見られないのに。

「えー? こんなの序の口じゃん。これじゃ先が思いやられるよぉ」

「何が序の口なのさ? お兄ちゃん、なんかそこはかとなく怖いんですけど?」

「あんた達、やっぱりそんな事考えてたのね」

 その声にハッと振り返ると、ジャージ姿のなつみが仁王立ちしていた。でも、やっぱりさっきみたいに、あまり驚かなかった。きっと、絵美葉も。

「バレちゃったにゃ」

「『バレちゃったにゃ』じゃないでしょ、普通に酷くない? 何で内緒にする訳?」

「内緒にしてたんじゃないよー。昼間ここに来る途中でそういう話になったから、なっちゃんに話すタイミングがなかっただけだもん。別に怒らなくたっていいじゃん」

「……やっぱり」

 はぁ、と小さく溜息をつくと、彼女は少しうつむき加減で力なく喋り始めた。

「嘘。怒ってないから。後……、昼間はごめんなさい。何かちょっと色々考えちゃって、頭がカーッてなっちゃって……」

 今までなつみが謝る事なんてほとんど無かったから、その言葉はとても新鮮だった。でも、彼女がどうしてそうなってしまったのか、とても気になっていた。いつもの怒った顔でも無く、たまに見せる不安そうな顔でも無く、……怯えたような、絶望したような、そんな表情が。

「別に、そんなの気にしてないし、気にすんなよ」

 でも、何故かその話に触れる勇気が出なかった。ほんの一言発する事が出来れば、このもやもやを晴らす事が出来たかも知れないのに。どうしても、その一歩が踏み出せなかった。その一歩で、何かが壊れてしまうような気がして。

「うん、ほんとゴメン。その代わり、明日からはちゃんと翔太が告白出来るように色々頑張るからね」

 そうやって振りまく笑顔を見ていても、どこか暗い影が見え隠れする。こんな事、今まで無かったのに。

「なっちゃん、手伝うって具体的に何するの? もしかして、この浜辺に二人きりにさせる、とか考えてる?」

「あ、うん、夕暮れ時とかロマンチックだよね~。やっぱり告白なんだから、雰囲気って大事だと思うし」

「ダメ。全然ダメ。わかってないな~、雰囲気じゃないんだよ。その時の二人のパッションがどれだけ燃え上がっているかが重要なの」

「パッション?(×2)」

 また訳の分からん事を。

「そう! パッションがあれば、どんなシチュエーションだって二人は結ばれるの! 例えそれが、トイレの個室であったとしてもね!」

「いやいやいや、トイレで告白とか無いでしょ? そもそも何で個室に二人で入るの?」

 いやいやいや、全くその通り。

「ふふん、ま、それが素人の考え方だよね」

 そう言ってふんぞり返る彼女。一体お前は何のプロなんだ?

「例えばだよ? 『あーん、オシッコ漏れそうっ!』って時に女子トイレに行列が出来てたとするでしょ?」

「まぁ、観光地とかだと、割と良くありそうな光景だな」

「そんな時って、『緊急事態だから仕方ない、男子トイレに行くしか無いっ!』ってなるじゃん?」

「ならないよね?」

「そんな時に駆け込んだ個室には、お兄ちゃんが居る訳じゃん?」

「そんな訳あるか」

「そしたらもう、『運命』って感じ?」

「どっちかっていうと、『犯罪』って感じ」

「そして盛り上がる二人はお互いに告白して、熱く抱きしめ合うの」

「お前のパッションは尿意なのか?」

「まぁ、そんな訳で、大事なのは告白するまでに、どうやって気持ちを盛り上げるかって事なんだよね」

「この流れでそこに着地させようとか、胴体着陸にも程がある。航空技研なだけに」

「さっきから何よーっ!? 絵美だってちゃんと色々考えてるのに、何で文句ばっかりなの!?」

「文句とかの前に、色々おかしいわ!」

「まぁまぁ、絵美も一応一生懸命考えてるみたいだし、ここはちゃんと三人で考えようよ」

「そういうお兄ちゃんこそ、何か考えてるの? まさか自分の告白を女子に丸投げしようとしてないよね? ね? ね?」

 そう言ってキツい目でにじり寄る絵美葉。ぱあっと『どんなロマンチックな告白するの?』みたいに目をキラキラさせて前のめりになるなつみ。……凄く、圧が苦しいです。

「こ、告白? まぁ、その……」

「その?」

「いや、えと、『年下だけど、絶対に幸せにするから、俺と付き合ってください』……とか?」

「きゃーっ!」

「あははははっ」

「そこ! 何で笑う!?」

 い、一応、これでも一生懸命考えてたんだぞっ!?

「それじゃ結婚する時の告白じゃん。そうじゃなくて、もっとこう『何も考えずに、俺のものになれよ』とかさ」

「きゃーっ!」

「あ、アホかお前はっ!?」

「えー、それじゃ、『お前には、俺しか居ないんだよ』とか?」

「っきゃーっ! ……? ……あ、鼻血」

 つーっと鼻から垂れゆく、乙女にあるまじき赤い鮮血。

「このバカ、興奮しすぎだっつーの!」

 咄嗟にポケットのハンカチを鼻に当て、そっと首を寝かせようとすると、絵美葉が真面目な顔で制止する。

「ダメダメっ、鼻血の時は下向かなきゃっ」

「そ、そうなの?」

「保健の先生がそう言ってた。そのまま下向いて鼻摘まむんだって」

「こ、こうか?」

 部活の時にでも教わったのだろうか、彼女は何の躊躇も無くそう言い切る。それより、なつみは――

「なつみ、大丈夫か?」

「ご……」

「ご?」

「ご馳走……様……でした」


……心配して損した。


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