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お兄ちゃん、事件です

「で? 何を見つけたのさ?」

「えへへー、これっ」

 そう言ってビニール袋からがさごそと取り出したのは、見た事のないアイス。

「これ、限定品であっという間に無くなっちゃったんだよね。美味しいって聞いてたから、ずっと食べたいなーって思ってたんだけど、どこに行っても置いて無かったの。でも、何とっ、そこのコンビニはまだあったんだよねーっ!」

「え? どゆこと? バスの中からそれが見えたってのか?」

 確か、コンビニのアイスケースって店の奥にあったような?

「ううん、あれあれ」

 そう言って指差すその先には、『限定品アイス入荷しました』のポップが。

「あぁ、そゆこと」

「そゆこと。はい、お兄ちゃんの分」

「え? あ、おぉ、ありがと」

「みんなには内緒だよ?」

「まぁ、全員分買って行く訳にもいかないしな」


 初めて見る筈なのに、何故か懐かしい田舎道。絵美葉と二人でこうやってアイスを食べながら歩いていると、不思議と昔を思い出す。なつみは太るからって買い食いはしなかったけど、俺と絵美葉は、しょっちゅうこうやって何かを食べながら歩いていた。前の方が美味しかったとか、この新製品は当たりだとか、そんな品評会ごっこをして歩いていた幼い日の記憶。絵美葉は、そんなくだらない日々を覚えているのだろうか?


「お兄ちゃんさ、お姉ちゃんに告白するの?」

「っ!? ぐっ!? げほっげほっ! な、何言ってんだっ!? いきなりアホな事言うなっ!」

「……やっぱりそうなんだ」

 何故か真剣な瞳で俯く彼女。でも、『やっぱり』って――

「でも、どうかなー、お姉ちゃんの好きなタイプって、よく分かんないしなぁ」

 好きな、タイプ……、さっきの、顧問の先生みたいな――

「お兄ちゃんは、どんな感じが好みなの?」

「どんなって……」

「見た目とか性格とか色々あるじゃん?」

 好きなタイプ? 見た目? 性格? 俺は、結衣姉が好きなんであって、見た目とか性格とか、別に何も……。

「お兄ちゃんは、お姉ちゃんのどんな所が好きなの?」

「どんな……所?」

 どんな所って何だ? 好きだから、好きなんじゃないのか?

「別に……、どこがって……」

 俺は……、結衣姉の……何が……好きなんだろう? 結衣姉は優しくて、……優しくて。

「……、ちょっと意地悪しすぎちゃったかな」

 いつもの天然ボケした底抜けに明るい笑顔では無く、少し陰のある大人びた笑顔で、眩しそうに蒸し暑い空を仰ぐ。

「仕方無い、絵美も手伝ってあげるよ。どーせ、なっちゃんの事だから何にも考えてないんじゃない? 『手紙で気持ちを伝える』とか、『二人だけの良い雰囲気を作る』とか、そんな感じでしょ?」

 何で絵美葉が知ってる? 一体、どういう――

「な、何で?」

「聞かなくても分かるよー。今まで何年付き合ってきたと思ってるのさ」

 彼女はいつものようにクルクルと踊りながら、バス停脇のベンチに腰掛ける。そして、俺を呼び寄せるようにベンチをぺちぺちと叩きながら、足をバタつかせた。

「絵美はさ、それで本当に良いのなら、それでも良いと思ってるんだ」

 何を、言っている?

「だって、お兄ちゃんが選んだ事だもん」

「選んだって……」

 ふっと哀しそうに、力なく顔を横に振る。まるで今にも泣き出しそうな瞳で。

「ゴメンね。絵美の事なんて忘れて。絵美は、……一人で歩けるから」

「絵美……葉、お、お前……」

 何でそんな哀しそうな顔をする? まさか、お前、本当に俺の事――

「お兄ちゃんはタクシー呼んで。絵美、払うから」

「……は?」

「バス、もう……来ない……から」

「……はぁっ!?」

 自分でもビックリするような勢いで、バス停の時刻表へと目を向ける。すると、そこに書かれていた数字は二つだけだった。午前と、午後の、二つだけ。その数字を見た瞬間、あの空に浮かぶ入道雲のように、胸の奥からもくもくと何かが湧き上がってくる。

「絵美葉―っ!?」

「だから、タクシー代払うってばーっ!」

「そういう問題じゃないわーっ!」

 そして又、彼女のこめかみにありったけの愛を込めていく。全身全霊を込めた、愛憎という名の怒りを。

「ぁがっ!? あだだだだっ!? ちょちょちょちょっ!? ぎぶぎぶぎぶぎぶっ! ほんともう無理無理無理っ!?」

 聞いた事のない断末魔を耳に、これからの事へと思いを馳せる。

「はぁ、バス停七つ分か、一体どんな罰ゲームだよ」

「罰ゲームっていうより、愛の逃避行って感じじゃない? ほら、何か身一つで逃げてきたって感じだし、これはやっぱり、結婚に反対する周囲の人達を押し切って――」

「って、お前は反省してんのかっ!?」

「いだだだだっ!? やめやめやめーっ!」

 はぁ、本当にこいつは何があったら懲りるのだろう? 前向きというか、学習しないというか。それより、後何キロあるんだろう? 何かもう、既に倒れそうなんですけど。


 ――――。


「まだズキズキするよぅ、お兄ちゃんのばかぁ」

「やかましい、お前が悪いんだろが」

 あれから地道に一歩ずつ歩き続け、やっと四つ目のバス停まで辿り着いた。残りは三つ、道沿いにはコテージの看板も見えてきた。ここまで来ると、少し心に余裕が出てきたような気もする。

「なぁ、さっきの手伝うって、一体何をするつもりなんだ?」

「ん? んー、例えばだけど、折角海にも行けるんだし、夕暮れ時の浜辺で良い感じになれる方法を考えてみるってのは?」

「それじゃ、なつみとあんまり変わらないような気がするけど」

「ちっちっちっ。なっちゃんは、もうそのシチュエーションだけで満足しちゃうから、そこに行くまでの雰囲気作りとか、決め台詞とか、そういうの何にも考えてないでしょ?」

「言われてみれば確かに」

 そう言えば、この間の自販機の時もそんな感じだったな。

「でも、この絵美ちゃんは違うよっ。話題作りから二人きりになるまでの誘い方、そして潮の満ち引く夕日の中で、お姉ちゃんをキュンっとときめかせる甘い言葉。そこから更に畳みかける、ドキッとする強引な押し倒し方。更に更に最後は怒濤の優しい愛撫から流れるような四十八手まで手取り足取り完全レクチャーっ! これで貴方も完璧なプレイボーイっ! 今なら何と明るい家族計画に欠かせないアレまでお付けしますっ!」

「えぇ!? 凄ぉいっ! でもぉ、お高いんでしょう?」

「それが、今なら何とっ! この放送をご覧の方だけ、完全無料なんですっ! もちろん、お代は一切頂きませんっ!」

「えぇーっ!? 無料!? うっそーっ!? 有り得なーいっ!」

「いえいえ、本当に無料なんです。毎月のメンテナンス料金と安心サポートパック料金を別途お支払い頂くだけで、この素晴らしいプランが無料で手に入るのです」

「結局金取るんかい」

「ちなみに契約解除には別途二十万円が必要になります」

「真っ黒だな」

 このやり取りも随分久しぶりだな。絵美葉とは良くこんな漫才の真似事みたいな事をしてたっけ。流行のお笑い芸人を真似てみたり、時事ネタで会話してみたり。

「まぁ、冗談はアレだけど、そういう所まで色々考えとかないとねって事だよっ」

 天然ボケしてるくせに、変な所で細かいんだよなぁ。かといって、変な所で大雑把だったりするから面倒なんだけど。

「前からずっと思ってたんだけどさ、そういう無駄にマメな所、もう少し勉強の方に向けてみたら?」

「むーりー」

「即答かよ」

 でも、こいつとはきっと、こんな適当な関係が良いんだろうな。適当に喋って、適当に笑って、でもやっぱり、深い所では何かが繋がっていて。ずっと、ずっと。


 ――――。


「あ、コテージみっけっ!」

 そんな下らない話を続けながら歩いていると、前半の苦痛が嘘のように、いつの間にか目的地に到着していた。

「『山と海のコテージ』って、そのまんまだな」

 木々に囲まれた入り口の奥にはログハウス風の建物がいくつも建てられ、更にその奥には青色の海が微かに見て取れた。周りは山々に囲まれて瑞々しい緑の香りが漂うのに、ふっと風が吹けば潮の香りが頬をかすめていく、そんな不思議な空間。名前の付け方はイマイチだけど、ここを選んだ人には凄く共感する。きっとその人も、こうやって何かに感動したから、ここにこんな物を作ったんだろうな。皆にこの気持ちを知って貰いたくて。

 そんな事に思いを馳せながら周りを見渡していると、ふと、忘れていた何かを思い出した。

「そういや、皆はどこに居るんだろ? もうコテージの中に入ってるのかな?」

「やーまっ、うーみっ、いえーいっ! あ、お姉ちゃんに電話してみるーっ」

 脳天気にはしゃいでいた彼女はさっと携帯を取り出し、目にも止まらぬ早さで指を動かす。だが、暫く待ってもその電話は一向に繋がらない。

「あれ? どうしたんだろ? 電波悪いのかな?」

 一瞬の不安、結衣姉に何かあったのではないか、そんな根拠の無い空想が頭をよぎる。その瞬間、絵美葉の顔が一瞬で明るくなる。

「あ、お姉ちゃん? 今――」

 しかし、その言葉を言いかけたまま、彼女の表情は固まっていた。聞こえてくるのは、ツーツーという電話の音と、遠くせせらぐ波の音だけ。


「た、助けてって……、切れちゃった。ど……、どうしよう?」


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