高校入学
「そんなの恥ずかしいからいいって! 魂取られるしっ!」
「いいから、ほら、翔太、ネクタイ曲がってるよ」
「ね、ね、お兄ちゃん、絵美の制服、似合ってる? ねぇっ、ねぇってばっ!」
「ほらほら三人とも、ちゃんとこっち見て。はい、撮るよー」
今日は高校の入学式当日。俺の両脇に立っているのは、近所に住む幼馴染みの広瀬 なつみ(ひろせ なつみ)、そして、宮内 絵美葉。そして今は、うちの両親が記念写真を撮っている最中。
「三人とも、ホントに可愛いなぁ」
「ですよねぇ~、私も早く高校入りたいな」
「ほら、次は五人で撮るから、二人も入って入って」
両親の傍で並んで立つ二人。一人は同じく近所に住む幼馴染みの西村 結衣。今日から同じ高校に通う三年生の先輩。
もう一人は、長谷川 翔子、中学三年生。最近めっきり可愛げが無くなってきた、俺の本当の妹。
「っつーか、可愛いに俺を混ぜるなっつーの」
「うんうん、そういう所が可愛いよねぇ。お姉ちゃん萌えちゃうっ」
「意味分かんないし」
結衣姉は一番年上だったせいか、一人っ子なのに自分をお姉ちゃんと呼ぶ事が多かった。そして絵美葉も、何故か俺と結衣姉の事をお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼んでいる。もちろん彼女は一人っ子。本人曰く、何だか兄弟に憧れがあるらしいのだが、詳しい事は良く分からない。
『ごはん粒取って貰ったり、アイス半分こしたり、膝枕して貰ったり、脱衣所で鉢合わせしたり。やっぱり兄妹プレイの基本だよね~』
『プレイとか言うな』
思えば、絵美葉にお兄ちゃん呼ばわりされる事で、周りに色々と誤解を振りまいてきた。俺に本当の妹がいるせいで、妙な真実味が加わるのだろうか、小学中学時代はあらぬ噂に事欠かなかった。
『再婚? 腹違い? 複雑な家庭事情?』
『今でも一緒にお風呂入ったりするの?』
クラス替えの度に幼馴染みである事を説明するのは恒例行事。そして友達関係が深まる頃には、この関係をネタに弄られるのもいつもの事。
『またみんなで一緒にお風呂入ろっか? なっちゃんとお姉ちゃんと翔子ちゃんと』
『またって何だ、またって! それ幼稚園の時の話だろ』
『あ、あたしはやだからねっ!?』
『あぁぁぁっ! だ、だめだっ! 妄想が捗ってしょうがないっ! 俺の姉妹達がこんなにエロ――』
そうやって、クラスの一部男子が悶絶するのをよく見たものだ。そんなラッキースケベイベント、実際に起る筈なんてないのに。
まぁ、そんなこんなで色々な意味でネタにされた事、数知れず。そして今日もまた繰り返されるんだろうなと、酷く憂鬱。
「あれ? もうこんな時間? みんな、そろそろ学校行くよ?」
「はーい(×4)」
それでも、やっぱりドキドキワクワクが全く無いとは言えなかったりする。だって、結衣姉と一緒の学校に通えるのは、たった一年間だけなのだ。中学の頃はあれよあれよ言う間に卒業してしまったけれど、今回はそうはさせない。何とかして関係を進展させて、彼女になって貰う。それが、俺の高校デビューの目標。
「翔ちゃん、どした? 緊張してるの?」
何が嬉しいのか、満面の笑みで訪ねてくる結衣姉の顔。そんな顔を見せられたら、色々と心臓に悪い。
「そ、そんなんじゃなくて、色々考える事があるというか、何というか」
「何を考えるの?」
小さい頃は何にも考えずに懐いていた筈なのに、今はもう、顔を合わせる事すら恥ずかしい。
「あ、え……と、そう、部活とか……どうしようかなぁって」
ほんの一言を探すだけで顔は火照り、手には汗が滲む。
「そっか、部活か~。うちの学校は強制だからね~」
「運動部以外ってあるかな?」
「んー、いくつか文化部があるけど、お姉ちゃんはあんまり詳しくないんだな。あはは」
……それに、告白とか何とかの前に、まずはこの『お姉ちゃんと弟』的な関係を何とかしないと。
「どっか楽そうな所があるといいけど」
「絵美ちゃんとなっちゃんは、何部とか決めてるの?」
「まだ全然ですよ。何部があるかも良く分かんないし」
「ねー。何がいいかなぁー」
後、こいつらも何とかしないとなぁ。色々と誤解の種になるし。
「あれ? 絵美ちゃんは続けてテニス部入るんじゃないの?」
「それでもいいんだけど、折角だから、違う事もしてみたいかなー、なんて」
絵美葉も昔から結衣姉の事が大好きだった。『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と、彼女の手にしがみついて歩いている姿を今も思い出す。
「どうせまた、結衣姉と一緒の部活に入る気なんだろ?」
「あ、バレた? てへへ」
そんな子供がそのまま大きくなったような彼女は、中学入学当初、当然の様に結衣姉を追っかけてテニス部に入った。でも、彼女の凄い所は、その後の話。
「えー、県大会で準優勝までしたのに勿体なくない? 高校でも続けたら?」
そう、テニスになんか興味無いくせに、こいつはイザやるとなると、とんでもない才能を発揮するのだ。……天然でスポーツ万能とか、ズル過ぎる。
「別にいいじゃん。折角の高校生だもん、色々経験しておきたいしー。ね、お姉ちゃん?」
するりと結衣姉の腕にすがりつき、ゴロゴロと猫撫で声を出す彼女。
「絵美ちゃんは相変わらずだねー。よしよし」
子犬を撫でるように、結衣姉は彼女の頭を撫で続ける。こんな光景も久しぶりに見たような気がする。
「で、なつみも美術部には入らないの?」
「あたしもまだ考え中だってば」
絵美葉が結衣姉にくっついてまわっているせいか、なつみは俺と一緒に行動する事が多かった。そのせいだろうか、彼女は何かにつけて細々と小言を繰り返す。
『もー、また寝癖付きっぱなし。ほら、寝癖直しのスプレーあるから、これで直して。あ、そう言えば、宿題はちゃんとやってきた? 今日の予習はした? 先生、次は翔太から指すって言ってたよ?』
等々、まるでダメ人間に鞭打つように、毎日毎日説教の数々。
『そんなの言われなくたって、自分で出来るっつーの』
『あのね、翔太、ちゃんと出来てるなら、こんな事言わないよ?』
『ふーんだ、この前のテストはなつみの方が悪かったくせに』
『んなっ!? たった三点差でしょっ! その前は翔太の方が悪かったくせにっ!』
『前のは二点差だったもんねー』
『大して変わんないわよっ!』
勉強の成績も運動の成績も俺と大して変わらないくせに、あいつはいつも上から目線で俺を見下す。そして、こんな俺達だからなのか、みんな俺達の事を必ずこうからかうのだ。
『よっ! 今日も仲の良いご夫婦で』
俺は普通に過ごしているだけなのに、絵美葉やなつみのせいでからかわれ続けた毎日。正直、不登校にならなかっただけマシだと褒めて欲しい。俺、偉い。
まぁ、それはそれとして、俺となつみはあまり運動が得意じゃなかった事もあり、中学時代は数少ない文化部である美術部に所属していた。でも、絵が描ける訳でも無かったので、結局はほとんど帰宅部のような毎日だった。でも、なつみはちょっとだけ絵が描けたので、俺よりも少しだけ美術部らしい事をしていた。
「二年の時はコンクールで佳作取ったじゃん」
「三年間やって、あれ一回きりだったでしょ。あたし、才能無いの分かってるんだから」
「はいはい、兄ちゃんもなつみさんも、後でゆっくり考えてくださいね。あたしはこっちだから。みんな、頑張ってねっ」
そう言って、翔子は懐かしい中学校への道を走っていく。そして俺達は、新鮮な景色が広がる新しい道へ。
「さーて、それじゃ行こうか?」
結衣姉を先頭に、新一年生となる俺達三人がついて歩く。
清々しく晴れた空、薄い桜色と鮮やかな緑が交差する並木道、俺達と同じように歩く、真新しい制服の仲間達。
「……楽しい三年間になるといいな」
願わくは、彼女と付き合う事が出来ますように。