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緑に散りゆく白昼夢

「えー、そんな訳で、お姉ちゃんの水着はビキニかワンピースかという話ですが――」

「誰がそんな多数決を取れと言った? 『山か海か』だろ?」

「先生、僕はタンキニがいいです」

「関谷先輩まで何言ってんですか?」

「ラッシュガードではダメですか?」

「おい、話を聞け」

 関谷先輩と絵美葉は何やらコソコソと話し始めた。

「それはそれで良いと思います。ですが、まさかショートパンツ付き、なんて事はありませんよね?」

 関谷先輩は、隠れるようにそっと何かの箱を差し出す。

「えぇ、それは分かっています。では、タンキニ派はビキニ派に含めるという事で。あ、そうそう、これはあくまで合法的な取引、分かっていますよね?」

「えぇ、それはもう。根回しは完璧です」

 彼女はそっとその箱を自分の手元に引き寄せる。チラッと見えるその箱の側面には、目を疑うような衝撃の『プッキー 限定肉味噌ビーフン味』の文字がっ!? ま、まさか、これが噂に聞く裏取――

「――じゃなくて、いいから俺の話を聞けっ」

 精一杯の愛情を込めて、彼女の顔面にアイアン・クローを叩き込む。 そう、これも一つの愛の形。

「がっ!? いっ!? あだだだだっ!? お兄ちゃん痛い痛い痛いっ!」


 結局、避暑地のように涼める山が良いか、それとも夏らしく太陽輝く海が良いか、どちらにするかいつになっても決まらなかった。それどころか、紆余曲折を繰り返し、いつの間にやら誰がどんな水着を着てくるかを決める話にすり替わっている有様。まぁ、絵美葉が絡むと大体いつもこんな感じだけれども。

「ていうか、『タンキニ』って何?」

 愛のアイアン・クローはそのままに、隣に座るなつみに聞いてみた。

「上がタンクトップで、下はビキニの水着。略してタンキニ」

「へー、なつみもそういうの着るんだ?」

「そんなの持ってないよ。ただの一般常識。それに、あたしの持ってる水着、翔太全部見てるじゃん」

「そうだっけ?」

「毎年毎年、クラスのみんなと市民プール行ってたでしょ」

「あー、そう言えば。でも、いっつも女子と男子で分かれて遊んでたから、何着てたかなんて、あんまり覚えてないぞ?」

「ひっどーいっ! あの水着、一生懸命選んだのにっ!」

「え? ど、どの水着!?」

「ほら、花柄のワンピースっ。腰の所におっきなリボン付いてたでしょ?」

「あ、あぁ、うん、あれね、そうそう、うん、覚えてる覚えてる」

「……何色だった?」

「えー、あー、水……色?」

「もうっ、知らないっ」

「い、いや、忘れてないよ? そ、そう、ちょっと思い出すのに時間が――」

「――お、お兄ちゃん、それはいいから、もう離してぇ」

 気が付けば、アイアン・クローされたまま地面に膝をつく絵美葉の姿が。

「あ……」


「まぁ、それはそれとして、この現状をどうにかして打開しないといかんな。まずは発想を逆転してみよう。どちらかを選ぶのでは無く、両方行くというのはどうだろう?」

 部長は小難しい顔で人差し指を額に当てる。

「だが、ダンス部にも我が部にも、そんな金銭的余裕は無い。なら、いっその事、海が近い山に行くというのはどうだろう? 山に泊れ、海まで歩いて行ける距離なら問題ないのではなかろうか?」

「そういう所があれば完璧ですけど、都合良くそんな所見つかりますかね?」

 ただでさえ夏休みはどこも予約が取れないって言うのに、そんなマンガみたいに――

「あるよ」

「って、えぇっ!?」

 結衣姉は携帯を取り出し、何かを調べ始めた。

「確かここに……、あ、そうそう、これこれ、これだよ」

 そう言って差し出された携帯の画面には、『超格安! 海まで歩いて一分! マイナスイオン漂う森のコテージ! 自然の中で普段とは違う営みを楽しんでみませんか?』という激しい色使いのポップが踊っていた。

「コテージって何?」

「あたしに聞かないで」

「お兄ちゃん、そんな事も知らないの? コテージっていうのは一軒家を丸々借りてそこに泊まるんだよ。でも、ホテルみたいに食事とかは出てこないから、ごはんの用意は全部自分達でするの。キッチンが付いてるから普通に料理しても良いし、ここはバーベキュー場もついてるみたいだから、そこでバーベキューしたって良いし、そういうアウトドアを楽しみながら気軽に泊まれる所だよ」

「お前、何でそんなに詳しいの?」

「絵美、最近アウトドアに興味あるんだ~。バイク買ってキャンプセットを積んで、お兄ちゃんと二人で誰もいない夏の高原へツーリングに行くの。そして星空を眺めながらコッヘルをバーナーに乗せて、家で下準備しておいた豚汁の材料を炒める私。『やっぱり夜はちょっと冷えるよね? 待ってて、すぐに温かいの作るからね』なんて言いながら」

「コッヘル? バーナー?」

 彼女は遠い未来を懐かしむかの如く、青空に淡く透ける月を切ない瞳で見上げ、儚い言葉を紡いてゆく。

「でも、お兄ちゃんは私の後ろにそっと腰を下ろして、すっと腕に手を添えるの。『大丈夫、こうしてれば暖かいだろ。だから、食事はもう少し後にしないか? 俺は、もっと違う物が食べたいんだ』って。『で、でも、こんな所でだなんて。だ、誰かに見られちゃうよ?』」

「お、おい? 絵美葉?」

「『今、俺達を見てるのは、あの輝く星と月だけだよ』『そ、そんな、恥ずかしいよ、お兄ちゃん』『恥ずかしくなんてないさ。ほら、もっとさらけ出してごらん。あの星達に見せつけるように』『あ、いや、んっ、あ、あ――っ』」

 その場に居る全員が顔を真っ赤にしている中、こめかみに怒りマークを滲ませたなつみが彼女の後ろに仁王立ちする。そう言えば、最近同じような光景を見たような気がするな。

「絵美~? ちょっとさらけ出し過ぎじゃない~?」

 ゴンッ!

 あの時と同じ音が、さらさらとさざめく新緑の中へと吸い込まれていく。太陽から注がれた輝きを、その美しく透き通った枝葉にたたえながら。でも、きっとそれは、夢のように儚くて、朽ち果てた理想のように、どこか切ないんだろうな。――そう、例えばこんな感じで。


「はごぐぁぁぁぁぉぉぉ――」


 緑に散りゆく白昼夢、か。


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