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心の底で求める物

「学校の方はもう慣れた?」

 自販機までの少し遠い道のり、そう問いかける彼女は、いつもの笑顔で俺を覗き込んでいた。

「んー、まぁ、ぼちぼちかなぁ。ちょっとずつ友達も出来てきたし。あ、でも、友達の名前を覚えるのが結構大変かも。みんなは俺の名前知ってるのに、俺は全然分からないから余計にキツいんだよね」

 少しずつ蘇ってくる懐かしい記憶。幼かったあの顔は、今はもう妖艶な香りが漂う程に大人びていて。

「よっ、二股お兄ちゃんっ。有名人は辛いねー」

 告白がどうとか、アピールがどうとか、そんな事が頭に浮かぶ訳も無く。

「その呼び方は止めてくれ~」

 照れ隠しをするだけで精一杯だった。


――――。


「んー、何にしよう? リクエストを聞くのも忘れたし、困ったな」

「それじゃ、私はこれでー、斉藤君にはお汁粉かな」

「お、お汁粉っ!?」

「あの人、あれで結構甘党なんだよ。あんなに偉そうに喋るのに、コーヒーには砂糖山盛り入れなきゃ飲めないとか胸張って言うんだよ? 笑うよねー」

「あの人……」

 この二人の間には、一体何があるというのだろう? どうしても、どうしても何か言葉の端々が引っかかる。

「翔ちゃんの悩み癖はまだ直ってないみたいだね? そしたら、今日はお姉ちゃんが決めてあげよっか? えーとね、これなんかどう?」

 そう言って嬉しそうに指さすその先には『鰹節サイダー』の文字が燦然と輝いていた。

「か、鰹節?」

「ほんのり醤油味で、出汁が効いてて美味しかったよ?」

「う、うん、結衣姉がそう言うなら、それにする。 しかし鰹節って一体?」

「後、なっちゃんには『恋の青汁茶』で、絵美ちゃんには『ノンアル泡盛 男盛り』で――」

 彼女の言葉に耳を疑い、自販機のラインナップをよくよく確かめてみると、半分以上の商品に見覚えが無かった。でも、そんな事はお構いなしに、ぽちぽちとボタンを押していく彼女。

「こんな山の中にこのシリーズがあるなんて、テンション上がっちゃうよね~」

「結衣姉は全部飲んだ事あるの?」

「うん、どれも個性的で美味しいよ。特にこの『うなぎポタージュ キャビア風味』は絶品だから、冬になったら飲んでみてっ! 『うなポタ』絶対美味しいからっ!」

 何故か目をキラキラさせながら、有無を言わせぬ『うなポタ』全力推し。何か、名前聞くだけで胸やけしそうなんだけど。

「う、うん、冬になったらね」

 でも、一応高校生になったので、やんわりとお茶を濁しておく。気持ちだけは有り難く。


 そう言えば、結衣姉に選んで貰うのも随分久しぶりだな。俺は昔っから考え出すと切りが無くなるタイプだったから、こうやって何かを選んで貰える度、何だか不思議と安心できたっけ。何かこう、落ち着くっていうか、守られてるっていうか、何とも言えない暖かさに包まれているような気持ちになっていた事を、今でも良く覚えている。

「――八、九、十っと、これで全部かな。それじゃ、戻ろっか?」

 やっぱり、結衣姉っていいなぁ。いつまでも、ずっとこうしていたいって思う。そう、ずっと、いつまでも。


――――。


 飲み物が詰まったトートバックを肩に抱えた帰り道、彼女はふと思い出したようにしゃべり出した。

「そう言えば、合宿って何するつもりなんだろうね? 今日みたいにラジコンするのかな?」

 言われてみれば確かに。っていうか、そもそも航空技研って何する部活なんだろう?

「どうなんだろ? 部長はラジコンより飛行機のゲームが好きみたいだけど。それに、ここみたいに飛ばせる場所なんて、そうそうないんじゃないのかな?」

 みんなで最初に行った河川敷だって、ラジコン禁止って言ってたし。

「そうだよねー。ホント、斉藤君ってば何考えてるのかよく分かんない時があるからなー」

「部長だけかなぁ? 関谷先輩も何考えてるか良く分かんないよ?」

「それ言ったら、絵美ちゃんだって不思議ちゃんじゃない?」

「あいつは昔から宇宙人だからいいの」

「誰が宇宙人だって?」

 突然、後ろから声をかけられ、心臓が止まりそうな勢いで慌てて飛び退く。

「おぉわぁっ!? な、何でっ!?」

「折角手伝ってあげようと思って走ってきたのに、全く何て仕打ちだい」

「お婆ちゃんか」

「そんな事より、お兄ちゃんは山と海、どっちがいい?」

 瞳をキラキラと輝かせ、彼女は身体を小刻みに揺らしながら訪ねてくる。きっと、合宿の行き先の事だろう。

「んー、俺はどっちかって行ったら、落ち着ける山の――」

「ねぇねぇ、お姉ちゃんは絶対ビキニだよね? 絵美も一緒に着るから、今度買いに行こっ」

「――海がいいかなぁ」

「翔ちゃん、私まだ何も言ってないよ?」

 そんな俺の返事を聞いた絵美葉は何故かキリッと親指を立て、皆が待つ方へ振り返って大声を張り上げた。それはもう、超が付くほどの理不尽な台詞で。

「本部長―っ! お兄ちゃんは海でエロいビキニが見たいそうですーっ!」

「おぉーっ、分かったーっ」

「俺はそんな事言ってないーっ! ってか、何が分かったのーっ!?」

「まぁまぁ、後で絵美のビキニも見せてあげるから、ね?」

「ね? って、何がっ!? 俺は何もっ――」

「お、お姉ちゃんも、頑張ろ……っかな?」

 手を後ろで組み、頬を染める結衣姉。その仕草と声に、顔が真っ赤になっていく自分が止められない。もう、何が何だか。

「え? あ、うん、頑張って?」


 ――俺は一体何の返事をしているんだろう?


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