ドジでも良いんです
「はーいっ、みんなー、そろそろ休憩しないーっ?」
突然大声を張り上げたなつみは、自分のバッグをごそごそと漁り始める。
「ほら、絵美も休憩するよ? お菓子買ってきたから一緒に食べよ?」
「お菓子っ!? 食べる食べるっ」
「食い物には反応するんだ」
「あっ、私も持ってきたんだっ。桜ちゃん、楓ちゃん、おやつにしようよー」
「はぅぁぁぁ、何で出来ないのぉ~」
「でも、結構上手くなってきてるよ?」
「んー、そりゃ、こんだけ練習してるし、でもさぁ……」
「まぁまぁ、取り敢えず一口いっといて」
翔子はそう言うと、開けた菓子を一気に楓の口へと突っ込む。それはもう、戦車の砲身に弾を装填するかのような勢いで。
「ふぐっ!? う……ぐ、んぐんぐ、でもまぁ、むぐむぐ、こんなの普通に出来るけどね。あたしが本気出したら、んっぐっ、こんなもんじゃないんだし」
「何で突然『俺、本気出してないし』宣言?」
「楓ちゃんって、糖分切れると超弱気のマゾっ子になるんだよねー。まぁ、それはそれで面白いんだけど、このままじゃいつになっても先に進まないし。あ、兄ちゃんも食べる?」
「何そのどこかで聞いたような設定。そして食う」
「ほいほいっと。あ、そう言えば、高校生って、夏休みになったら部活の合宿とか行くんでしょ? はい、あーん。みんなで海とか行ったりするの? ねぇねぇねぇ?」
翔子は菓子を俺の口にぽいぽい放り込みながら、興味津々で訪ねてくる。きっと、アニメや漫画の中のイベントを色々と想像してるのだろう。
「まだ五月も終わってないのに気が早すぎだろ。 でも、何かそういう事とかするんですかね? 部長」
「ふっ、そうだな、合宿と言えば海っ! そして山っ! だがしかーしっ! うちには部費が無いっ!」
「あ、さいですか」
妙に納得してしまう、その一言。あれ? でも。
「何言ってんですか、もう結構貯まってますよ」
すかさず関谷先輩が突っ込んでくる。そうそう、みんなで掃除頑張ったじゃん。
「おぉ、そう言えばそうだった。でも、ラジコン買うんじゃなかったのか?」
「まぁ、ホントは買いたかったんですけどねー。でも、うちの父ちゃんが使ってない機体あげるって言い出してるんで、まぁ、それでもいいかなって」
そんな話をしていると、大きなペットボトルをラッパ飲みしていた結衣姉が割って入ってきた。
「っんぐっんぐっ……ふはー。合宿? それなら、ダンス部と合同合宿とかする? 丁度、民宿とか探してたとこなんだけど、後四人ぐらい居れば団体割引になる所が結構あるんだよねー。んぐっんぐっんぐっ」
さっきの軍隊式トレーニング?が効いているのか、結衣姉は息を切らせながら、2リットルのスポーツドリンクをとんでもない勢いで吸い込んでいく。そう言えば、何だかこういう光景をテレビで見たような気がする。あれはどんな変人、いや、超人が出ていた番組だっただろう?
「なんと、それは渡りに船。よし、航空技研、初めての合宿を開催するぞっ!」
「じょ、女子部と合宿……」
「ご、ごくり……」
「ぷっはーっ! あ、大丈夫だよ、ちゃんと部屋は男女別々で取るし、混浴なんて絶対あり得ないから」
笑顔で余計な気を利かせてくれる結衣姉ちゃん。そこは男のロマンが色々、ねぇ?
「翔太の考えてる事なんて、その顔見れば大体分かるけど、あたしに同意求めてもしょうがないでしょ?」
がっくりと落とした肩に手を添えるなつみ。その瞳には、何かの憐れみが溢れているような気がした。けれど、それはきっと気のせいに違いない。左右に揺れる景色が、これは現実では無いと訴えかける。そう、これは夢に違いない。がっくんがっくんと引っ張られる袖口が――
「って、何!?」
気が付けば、翔子が上目遣いで腕を引っ張っていた。
「翔子達も行きたいなー。ねー、兄ちゃん~」
「行けるわけないだろ? 部活の合宿だぞ?」
「うむ、妹さんの参加を許可しよう。友達二人も一緒に来ると良い」
「はいっ!? いや、何かもっとこう、校則とか部活のルールとか――」
「良かったね、翔子ちゃん」
い、いいのか? 本当に?
「し、仕方ないわね、一緒に行ってあげるわよ」
「もー、楓ちゃんたら、嬉しいくせに~」
「桜? 怒るよ?」
「きゃーっ!」
あぁ、もうどうでもいいけど、このやり取りにも随分慣れてきたような気がするよ。こういうのって何て言うんだっけ? えーと、様式美?
「あ、ごめーん、飲み物買ってくるの忘れちゃった。翔太、ちょっと途中の自販機でみんなの分の飲み物買ってきてくれる?」
唐突になつみが声をあげる。そう言えば、飲み物の事なんてすっかり忘れてたっけ。でも、こういう時は絵美葉の四次元バッグが――
「あははは、絵美も忘れてたんだよね」
絵美葉が準備を忘れるなんて珍しい。まぁでも、たまにはそんな事もあるか。
「仕方ない、ちょっと行ってくるよ」
そう言って立ち上がろうとすると、結衣姉は手の平を広げて俺を制止する。
「あ、大丈夫大丈夫、飲み物ならお姉ちゃんが持ってきたー、……からー」
空のペットボトルを片手に、『しまった』という顔で固まる彼女。俺の中では結構しっかりした人だと思ってたんだけど、……もしかして、そうでもないのか?
「結衣さん、疲れてる所アレなんですけど、翔太一人だと持って帰ってこれないと思うんで、一緒に行ってあげてくれますか?」
「あぅ、お姉ちゃん頑張るよぅ」
……、ドジっ子結衣姉も可愛いなぁ。




