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援護射撃

「ま、マズい。先生が何言ってるのか、さっぱり分かんないぞ」

「多分、この頁の話じゃないかな? ……高次方程……式?」

「工事工程? 道路工事の事?」

「何で道路?」

「共通……因数? 因数……定理?」

「生理? 今月はまだ来てないよ? あ、もしかして……、出来ちゃったかな?」

「出来るかっ! 出来るような事してないだろっ!」

「絵美、歯を食いしばって」

「冗談っ! 冗談だってばっ!?」

 四時限目が終わり、昼ご飯をつつきながら復習の真似事のような事をする俺達三人組は、たった一ヶ月ちょっとで授業について行けなくなっている現実に、唯々愕然とするだけの無意味な時間を過ごしていた。……いや、まぁ、入学当初から授業はよく分からなかったんだけれど。

「しかしヤバイな、本気で全然分かんないぞ。どうする?」

「どうするも何も、勉強するしかないんじゃない?」

「暗記パンでも食べてみる?」

「お前はど×えもんか」

「のび○君、呼んだ?(×3)」

 どこから湧いてきたのか、パソコン部のいつもの三人がにゅっと視界に割って入ってきた。しかし、そんな事等どうでもいいと言わんばかりに、なつみは一蹴する。

「あんた達には関係無いから、向こう行ってて」

 鬼のような形相で彼等を退けると、大きく溜息をつく彼女。

「これじゃ中学の時みたいに、三人揃って補習受ける事になっちゃうじゃん。又お母さんに怒られる~、はぁぁぁ~」

「そー言えば、そんな事もあったねー。あの時の夏休みは暑くて辛かったな~。でも、帰りのコンビニで買ったアイスは美味しかったよね?」

「あ、アレな、期間限定の奴。すっげー旨かったよなぁ~」

「ねー」

「あんた達、この状況を分かってるの?」

「ごめんなさい(×2)」

 こめかみをひくつかせるなつみの迫力に、思わず条件反射する。

「でもさー、俺達三人ともバカなんだから、誰かに教えて貰わないとダメなんじゃない?」

「まぁ、そうかもね。って、言っても、結衣さんもあんなだし、誰に教えて貰うの?」

「そりゃー、うちの部長じゃない? 結衣姉の話じゃ、あれで学年トップらしいぞ?」

「うそ!? ほんとに!?」

「もう決まりじゃん、教えて貰いに行こうよ」

「でも、部長さんだってテスト受けるんだから、あんまり邪魔しちゃ――」

「よし、善は急げだ。行くぞっ」

「おーっ」

「あ、あんた達、人の話聞きなさいってばっ」

 考えたって仕方ないのなら、誰かに聞くしかないだろう。それが知り合いであるなら尚更だ。だって、色々考えるの面倒だし。


――――。


「あー、すまん。毎度の事なんだが、毎回毎回テスト前になると、西村に泣きつかれてなぁ。いつもこんな感じで手一杯になってしまうんだ」

「斉藤様ぁ~。お願いしますぅ~」

 そこには、部長の足にしがみつく結衣姉の姿が。

「な、何してんの?」

「あっ!? ダメだからねっ、斉藤君は私に教えてくれるんだから、翔ちゃんはダメなんだからね!?」

 必死に部長の太ももを抱え込む結衣姉。……結衣姉って、こんなキャラだったっけ?

「と、まぁ、大体いつもこんな感じだ」

「あは、あは、あははははは」

「結衣さん……」

「やっぱり、お姉ちゃんも必死だよねぇ」

「何か、必死の意味が違ってないか?」

 良くそんなんで進級できたな、結衣姉……。


「となると、他に誰に教えて貰おう? 関谷先輩にでも聞いてみるか?」

 クラスの誰かっていう手もあるんだけど、そこまで仲良くなった人はまだ居ないし、オタトリオは知識偏り過ぎで問題外だし。

「そうだな、関谷なら適任かもしれないぞ? あいつ、かなり成績良いって聞いた事あるから、もしテスト勉強終わってるようなら、お願いしてみるといい」

「分かりました、聞いてみます。よし、行くぞっ」

「おーっ」

「あたし達、こんなんで良いのかしら……」

「みんなー、頑張ってねーっ」

「頑張るのは西村の方だな」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ふと、三年の教室にいる二人が羨ましくなった。あんな風に頼られたり、一緒に勉強したりだなんてほとんどなかったから、そんな事を普通に出来る部長が羨ましかった。気がつけば、あの場所に立ちたいと思う自分が居る事に気がつく。でも、部長なら仕方ないかなと思う自分も居て、何だか、色を混ぜすぎた絵の具のような、ぐるぐるとした口では言えない何かが、みぞおちの辺りにわだかまっているような気もした。


――――。


「勉強? いいよ、どっちにしろ神崎さんに操縦教えるつもりで、自分の分は終わらせてあるし」

「終わらせてあるって……」

 何だか部長といい関谷先輩といい、俺達とは次元が違う存在のような気がしてきた。あんな訳の分からない方程式を余裕で理解しているっていうのか。あり得ない。これがニュー○イプって奴なのか。

「そうしたら、いつも通り放課後に部室集合でいいかな? 多分、部長も西村先輩も部室に来ると思うから、みんなで勉強会しようよ」

「先輩、おやつは幾らまでオッケーですか?」

「五百円までかな」

「バナナはおやつに――」

「絵美、おやつ禁止」

「えーっ!? それじゃ何しに行くのか分かんないじゃんっ!?」

「勉強するんだろ?」


 それから中間テストまでの毎日、放課後は皆で勉強会をする事になった。でも、そんな数日で理解できる程に高校の授業は甘くなく、毎日毎日の進み具合はあまり芳しくなかった。そんなこんなで結局、落ちこぼれの生徒達はこんな天気の良い日曜日もテスト勉強漬けとなっていた。何故か、この間の飛行場の片隅で。

「機首上がりすぎだよー、もうちょっとエレベーター戻してー」

「こ、こっ、ふぉぉぉぉぉっ」

「あ、そこ、be動詞の使い方間違ってるね。確か二十三ページ辺りに例題があったと思うから、ちょっと見てみて」

「あ、あれ? えーと、二十三、二十三……」

「B同士……」

 しかし、良くもまぁ、こんな訳分かんない状況で冷静に教えられるもんだなー。教科書片手に空を見上げながら三人分のノートをチラ見して、的確な指摘をしたかと思えば、ぱっと出てくるページ番号。何だこの天才は。

「I will be……、あ、amじゃないのか」

「Boys……」

 とは言っても、中学の基礎がダメダメなせいか、先輩の言っている事がどうも上手く理解できない。こんなんでテストは大丈夫なのかと不安になる。でもまぁ、それでもあっちよりはマシなんだろうな。何か、こっちの方が勉強している気がするし。

「何だその回答はっ! そこで割ってどうする、そこはかけなきゃダメだろうっ! 罰として腕立て二十回っ!」

「は、はいっ!」

「ハイじゃないっ! イエス、サーッ!」

「イエス、サーッ!」

「かける……」

 向こうでは何故か迷彩服を身に纏った結衣姉と部長が、訳の分からない筋トレをしながら勉強しているように見えていた。まるで次元が違うと言わんばかりの世界で。

「あぁ、アレ? 何か去年編み出したって言ってたよ。ああすると色々覚えられるらしい。ただ、体力が持たないから、テスト前一回限りの大技なんだってさ」

「意味分かんないっす」

「色々覚える……。体力……」

 正直、羨ましいと思っていたけれど、ちょっと考えを改めた方が良いのかもしれない。というか、隣のアホは何してんだ?

「絵美葉、お前ちゃんと勉強してる?」

「彼は男の部屋に……」

「もしもーし? あーぁ、行っちゃってるよ。一体何に反応したんだろう?」

「あたしにそんな恥ずかしい事聞かないでよ。……それより、結衣さんの方はどうなってるのよ? ちゃんとアプローチしてるの?」

「いや、まぁ、どうって言われ……ても――っ、もなっ!?、何の事さ!?」

 え? まてまて、誰かに話した覚えなんてないぞ? ど、どういう事だ? 何でなつみが知ってる?

「何の事じゃなくて、付き合いたいんでしょ? このままじゃ中学の時の二の舞だよ?」

「な、何を言ってるんだか、お兄ちゃん訳が分からないよ」

 嫌な汗が脇の下を流れ落ちる。絶対に気付かれていないと思っていた安心感が一気に吹き飛ぶ。恥ずかしい部分を見られてしまった事に耳は熱くなり、鼓動が荒くなっていく。

「翔太くーん? 言わなくてもバレバレですよー?」

「な……、で……、が……」

 思考が停止する。口が回らない。俺は一体、今、どんな顔をしているのだろう? この場を切り抜けるには、一体どうすればいい?

「そんな顔しなくたっていいじゃん。別に責めてる訳じゃないんだし。それより、どうなの? 告白した?」

「すっ、するかアホ!?」

 思わず声が裏返る。

「ばっ!? バカっ! 声大きいっ!」

「むぐぅっ!?」

 咄嗟に口を押さえられ、身動きが取れなくなる。なんでこいつは、いつもこういう時だけ馬鹿力を発揮するんだろう?

「(ふごっ!? ふがっ!? ふぉぉっ!?)」

「あ、ごめんごめん」

「ぷはぁっ!? な、何すんだ!?」

「いいから、したの? してないの?」

 怒ったような、心配したような、そんな複雑な表情で覗き込む彼女。こんななつみの顔、今まで見た事がない。そのせいだろうか? その澄んだ瞳に吸い込まれるように、ふっと我に返る。


 今まで、ずっと不安だった。こうやって四人で仲良く過ごせる事が幸せすぎて、それが壊れてしまう事を想像するのが、とてもとても嫌だった。だから、結衣姉を好きだと思っていても、それを口にするのが凄く怖かった。もし、それが叶わなかったら、きっとぎくしゃくするに決まってる。きっと、今みたいに喋れなくなるに決まってる。そしてきっと、そのうち会えなくなる。

 でも……。

「して……ない」

 やっぱり、このままじゃ……。


「そっか」

 暖かい笑顔、俺の言葉に何を思ったのか、彼女はさっきまでの表情とは打って変わった瞳を俺に向けてくる。

「それならさ、私に任せてみない?」

「へ?」

「翔太と結衣さんが付き合えるように、色々手伝ってあげるよ。どうせこのままじゃ、又何も出来なさそうだしさ」

 やれやれ、そんな表情で手のひらを空へと向ける彼女。何だろう、この自信に満ちた表情は。

「て、手伝うって、何を?」

「そうだなー、まずは二人っきりになれる所から始めよっか?」

「……へ?」


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