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愛と暴言の熱電対(それは無意識に、常にクリティカル・ヒットする)

「おぉっ、この前発売されたばっかりの入門機じゃないか。凄く扱いやすいって評判だけど、君が選んだの?」

 関谷親子がスーツケースの中を興味津々で覗き込んでいる。しかしホント、何度見てもそっくりだな。

「あ、え、その、本当はコルセアが欲しかったんですけど、お店の人に初心者向けじゃないからダメだって言われて」

「それでこれを薦められた訳ね。しかし、F4Uとは又マニアックな」

「あの翼の形が大好きなんです。にゃはって可愛くアピールしてるみたいで」

 なるほど、良くわからん。しかし、楓がいつもネコを被っている事だけは分かった。今、まさに『にゃはっ』って感じにゃ。

「でも、お店って事は、多分、駅前のホビーショップで買ったんだよね? ラジコンクラブとか紹介されなかった? 一緒に練習できるよって」

「い、いや、その、確かに言われたんですけど、ちょっと話について行けなくて断っちゃったっていうか。私、あんまり難しい事とか分からないし、専門用語ばっかりだったし……」

「なるほど、そういう事ね」

 関谷先輩は真剣な眼差しで、そっと飛行機をスーツケースから取り出すと、色々な角度からまじまじと眺め始めた。

「でも偉いね。一人で飛ばさなかったんでしょ?」

「だ、だって、壊したら嫌だし」

「それじゃ、お昼食べ終わったら練習しようか? 充電は大丈夫?」

「え? あ、まだ使ってないから、大丈夫です」

「って事は、充電してないって事だね。父ちゃん、充電器積んでたっけ?」

「あぁ、あるよ。ほら、さっさとバッテリーパック出して。後は父ちゃんがやっておくから、晃も皆もご飯食べてな」

 そう言って颯爽と車へ向かう関谷パパ。何だか格好良いような気がするのは気のせいだろう。

「関谷パパの分もありますから、早く帰って来てくださいねーっ」

 なつみの声に振り向くその顔は、さっきの気のせいを確信に変える。

「うんっ、すぐ戻るお」

  何だそのマンガみたいなデレデレ顔は。


「はぁぁぁ……」

 頬を真っ赤にして固まったままの楓、よっぽど嬉しかったのか? それとも緊張していたのか? そんな事を考えていると、彼女はすうっと深呼吸し、キッと俺を睨みつける。

「もうっ! ばかばかばかばかっ! 翔兄のあほーっ!」

「なっ!? 俺、何もしてないじゃんっ!?」

「何で助けてくれないのっ! 緊張しちゃったでしょっ!」

「な、何でっ!? 普通に喋ってたじゃん!?」

 は? 助ける所なんてあったっけ? え? お店の話がどうこう――

「もうっ、……ホントに不安だったんだからねっ」

 んんん? な、何? どゆこと?

「説明しよう、楓ちゃんはツンデレラのくせに極度の人見知りなのだ。だから、心を許したお兄ちゃんに自分の気持ちを代弁して貰いたかったと、今、まさに、最高のツンデレラでツンデレているのだっ」

 ……翔子さん、家じゃそんな喋り方したこと無かったよね?

「あーなたーの、たーめのー、ツンデーレラ~」

 あぁ、我が妹だけじゃなくて、桜ちゃんの思考も良く分からないよ。君達人類は本当に理不尽だ。

「二人とも? いい加減にしないと本気で怒るよ? 誰がデレてるって?」

 そう言って腕まくりしながらにじり寄る彼女の瞳には、漆黒の炎が宿っていた。あぁ、そうか、これが彼女の第二の能力なのだな、我が妹よっ。

「来たっ! ツンデレラ必殺の攻撃魔法、『爆裂する真実の鏡(ミラーリング・バックファイヤー)』。これを喰らって生き残ったのは、過去にたった二人だけ。それは――」

「ミラー? バックファイヤー? ……あぁ、逆ギレって事か。なるほど」

 だが、それが分かった所で状況が変わる訳もなく、襲い来る楓の猛威に、二人は抗う事が出来なかった。

「かぁぁぁぁぁっ!」

「あーん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ、悪かったから、もう言わないからぁー」

「楓ちゃん、ごめんねーっ」

 逃げ惑う翔子と桜。でも、キャッキャと飛び跳ねる二人のあの楽しそうな表情から察すると、これも毎度の事なのだろうな。……可哀想に。


――――。


 広げられたお弁当、程良く焦げる肉や野菜の香り、冷えたペットボトルにまとわりつく、キラキラ光る水滴。それらを囲む皆の楽しそうな笑顔を見ているだけで、何だか凄く幸せな気がした。中学は中学でそこそこ楽しく過ごせていたけど、高校に入ってからのこんな日々は、次元の違う楽しさに思えた。どれもこれもが新鮮で、何もかもにワクワクする。内輪ネタで盛り上がる閉じた世界とは違って、冒険者のように未開の地を切り開いていく楽しさ、とでも言うのかな? どっちもそれはそれで楽しいけれど、その二つは次元が全然違うんだなって、何だかしみじみ思ってしまった。

「翔ちゃん、どした? そんな難しい顔して」

「おぁっ!? 顔っ、ち、近いっ!」

 いきなり視界に入ってくる結衣姉の顔、もう、これは本当に昔から何度喰らっても慣れない。心臓はドキドキするし、耳や顔が真っ赤になるから凄く恥ずかしい。あぁ、もぉ、こんなんだけでも全然格好悪いのに、とっさに出てくる言葉が更に格好悪い。

「そ、そういうの止めろってばっ」

 嘘つき。嬉しいくせに。何でそういう言葉しか出てこないのか。

「えーっ、翔ちゃん、つれなーいっ。そういう事言ってると、もっと凄い事しちゃうぞぉ?」

 そう言うが早いか、結衣姉の両腕が俺の首に巻き付いてきた。

「へっ!? はっ!?」

 頭の中がショートする。目の前に迫る彼女の髪と頬の香り。

「てりゃっ!」

「あへひゃひゃはっ!?」

 突然背中に流れる訳の分からないぞわぞわとした感覚。これは、氷!?

「とっ?! 取ってっ! 冷たい冷たい冷たいっ!?」

「あはははっ」


「翔太、楽しそうだね」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、こうやって遊ぶの久しぶりだしね」

「私達も、でしょ?」

「……そっか、そうだね」


――――。


「神崎さん、そろそろ練習してみる? 取り敢えず、まずは基本的な離着陸からかな」

 その言葉にハッと気が付く楓。さっきまでのリラックスした目尻から、キリッとした眼差しに切り替わる。もぐもぐと焼き肉を頬張る油まみれの口からは想像も付かない程に。

「ごぉ、ほ、ほふぁぃ、ひ、ひまひきまぐっ」

「ハムスターみたいだな」

「あの細い身体のどこに入るんだろうね?」

「お姉ちゃん、こんなに頑張ってダイエットしてるのに、あれって反則じゃない? ねぇ? ねっ!? ねぇってばっ!?」

「し、知らないってっ」

 結衣姉のどこに余分な肉が付いてるんだ? なんでわざわざダイエットなんてする必要がある? そういうのはパソコン部の連中がやるもんじゃないの?

「むぐむぐむぐっ、んっぐっ。……あ、すみません、後一口だけいいですか? 今、丁度焼けそうなんで」

 楓、揺るぎないなぁ。


 焼き肉のタレを飲み干しながら、颯爽と向かうその先で、彼女は人生最大の苦難に直面する。飛行機の操縦は、肉を頬張るほど簡単ではなかった。飛び立つ時こそスムーズだったものの、楓の操縦する機体は常にギクシャクし続け、今にも墜落しそうだった。関谷先輩はあんなに簡単に飛ばしていたのに。

「スティックは一気に動かさないで、ゆっくり、じっくり、スムーズに倒し込むように気を付けて。少し右に傾いてるから、ちょっとだけ左に戻して。そうそう、ちょっとだけ機首あげて、ゆっくりスロットルを戻して」

「はぁぁぁぁぁ!?」

 離陸して着陸するだけなのに、かっくんかっくんと奇妙に揺れる飛行機。目と口を見開いたまま、顔面蒼白の彼女。

「楓ちゃん、ふぁいぉーっ!」

「もうちょっと、もうちょっとーっ!」

 機体はふらふらと着陸態勢に入る。でも、何か凄く違和感に満ちた動きだった。そう言えば、朝のニュースでこんな映像を見たような、見てないような?

「ふぉぉぉぉぉっ!?」

「……あ」

 皆の不安は現実となった。地面に着いたかと思った次の瞬間、機体は地面に突き刺さるようにつんのめり、ガシャガシャと転がっていった。

「あぁぁぁぁぁっ!?」

 さっきから雄叫びしか発していなかった顔面蒼白の楓は、その言葉を最後に、そのままの表情で固まった。まるで、この世の終わりでも迎えたかのように。


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