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雷電・次元空斬

 そんなこんなで次の日曜日。待ち合わせ場所は関谷先輩が指定した駅前の公園。聞いた話では、ここからバスに乗って目的地まで移動するのだとか。

「斉藤君と関谷君、まだ来ないね」

「まぁ、俺達一本早い電車に乗っちゃったしなぁ」

 五分前行動どころか、三十分前行動を律儀に実践する結衣姉がいる以上、遅刻なんて許される訳も無く、今日の朝は目覚ましよりも早く、結衣姉のエルボードロップで叩き起こされた。

『げふぉっ!? な、何っ!?』

『翔ちゃん、おはよー、朝だよーっ!』

『んなっ!? 何で!?』

『何でって、お母さんに起こして来てって頼まれたから』

『いや、その前に、何で家に居るの?』

『何でかな~?』

 布団の上に覆い被さる私服姿の彼女。みぞおちに入った肘の痛みも、何故か心地よく思えてしまうぐらいに幸せな寝起きの笑顔。……関谷先輩、この御恩、一生忘れません。


「あ、来た来た、おーい、斉藤くーんっ」

 駅の改札から歩いてくる二人。でも、想像していた姿とは全然違っていて。

「あれ? 先輩、ラジコンは?」

 二人とも、手ぶらで何一つ荷物を持っていなかった。

「あはは、さすがにあんな大きなの持って歩けないよ。うちの父ちゃんに車で運んで貰ってるから、着けばすぐに始められるよ」

「あ、そうなんですか? てっきり手で持てる位の大きさなのかなーって思ってましたけど、そうでもないんですね」

「しかし、何だか女子の方は大荷物だな? 一体何を持ってきてるんだ?」

「いや、それが、朝からみんな教えてくれないんですよ。内緒って」

 結衣姉となつみは大きめのトートバッグを揃って肩に掛け、絵美葉は妙に巨大なリュックを背中に背負っていた。翔子と桜も揃ってバッグに何かを入れているように見えるし、楓に至ってはキャリーバッグを転がしてきている。まるで、これから海外旅行にでも行くような出で立ちで。

「……それ、何入ってるの?」

「内緒って言ってるじゃないですか。……変態」

「へ、変態って」

「女の子のカバンの中に興味があるなんて、変態以外の何者でもないです。変態、変態、変態ッ! いーっだ!」

「興味とか、そんな、っていうか、えぇぇ!?」

「まぁまぁ、楓ちゃん。翔太はむっつりスケベな変態だけど、そこまで変態じゃないから安心して?」

「そこまでって何?」

「西村先輩がそう言うなら……」

「いやちょっと待て、何を納得した?」

「まぁまぁ、お兄ちゃん、絵美は全然おっけーだから大丈夫だよ」

「いやホントに何が何だか訳分かんないから」


 そんな他愛もない一時はあっという間に過ぎ、寂れた駅前のロータリーへ時刻表通りにバスが滑り込んできた。これに乗れば、目的地までもうすぐ。

「さて、それじゃ行くか。全員、乗車っ!」

 まるで軍隊のような部長の号令で、人もまばらなバスへと乗り込む。行き先は街から少し離れ、川や田畑に囲まれた一角にある飛行場。バスから降りたら、徒歩十五分だそうだ。


――――。


「何だか、思ってたより綺麗な所ですね。もっと殺風景な感じかと思ってました」

 そこは、周りに建物がほとんど無く、誰かによって程良く手入れされた木々と、川底まで見通せる程に透き通った小川とに囲まれた広場だった。真っ直ぐ伸びる白線が引かれていなければ、ここが飛行場だなんて思えないぐらいに自然豊かな、心安らぐ草原。

「もっと上流の方に行くと、キャンプ場とかレジャー施設もあるよ。でも、この辺りはあんまり開発されてないから、何にも無いんだよね。気兼ねなく飛ばせるのは助かるんだけどさ」

 そんな話をしながら歩いていると、ワンボックスカーの傍で手を振っている人が目に入ってきた。何だか凄く誰かにそっくりな姿で。

「あれがうちの父ちゃん」

「ですよねー」


 その人影の傍まで近づくと、そっくりと言うより瓜二つと言ってもいいくらい、有無を言わせぬ何かがそこにあった。というか、何で着ている服まで一緒なんだろう?

「こんにちわー(×8)」

「やぁ、こんにちは。あそこから歩くのは疲れただろ? 飲み物あるから、そこに座ってゆっくりするといいよ」

 関谷先輩のお父さんが指差すその先には、バーベキューでもするかのようなテーブルセットが広げられ、準備万端にクーラーボックスが開いていた。

「あ、そうそう、おじさんの事は関谷パパって呼んでくれていいからっ」

 そう言って親指を立てる姿は、何故かデジャヴのように心に響いた。それはきっと、みんなも一緒だったんだと思う。

「はいっ。ありがとうございます、関谷パパっ」

「すっごく喉渇いてたんで、助かりますっ。頂きますねっ、関谷パパっ」

 突然、余所行きモードを全開にする結衣姉となつみ。普段は見せない必殺の笑顔を振りまく二人に、俺は心の底から感謝する。それはきっと、皆も同じように思っていたに違いない。

『この前みたいに拗ねられたら困るしなぁ……』


 そんな二人の接待にご機嫌の関谷パパは、何かを思い出したように関谷先輩へと声を掛けた。凄く嬉しそうな声で。そして、頬と目尻が緩みきった表情で。

「なはははは、こんな可愛い子達に囲まれてるなんて、我が息子ながら羨ましい奴だな。ま、取り敢えず準備しといてやったから、見せてあげたらどうだ? まだ暖まってるから、チョーク無しでいけるぞ」

 そう言って指差すその先には、想像以上に大きな飛行機が佇んでいた。両手をいっぱいに広げても足りなさそうな翼、灰色の胴体に描かれた十字のマーク、これが空へ浮かぶとは思えない程に小ぶりなプロペラ、そして、ガソリンスタンドのようなオイルの臭い。

「これ……、ホントに飛ぶんですか?」

「あはは、当たり前じゃん。ちょっと確認するから待ってて」

 そう言って、何やらゴツいリモコンみたいな物を取り出すと、先輩はスイッチを一つずつ丁寧に弄り始めた。すると、それに呼応するように飛行機の翼の一部が動いていく。

 それは、頭では分かっていても、何だか不思議な光景だった。何て言ったら良いのか分からないけれど、繋がっていないのに、繋がっている、そんな奇妙な感覚。

「よし、オッケー。じゃ、行きますか」

 エンジンに何かを繋ぎ、暫く何かをしていると、突然、ババババッという大きな音が響き渡る。すると、そこからそっと離れる先輩の涼しげな横顔からは想像も付かない迫力で、意思を持つかのような機体が滑走路の端まで進んでいく。

「Cleared for Takeoff.」

 先輩がそう呟くと、エンジンは一気に甲高く吹け上がる。徐々に加速していく機体は、あまりにも自然にふわっと浮き上がり、見えない空気の波に乗って空へと駆けてゆく。

「はぁぁ……」

 あんな大きな物体が空に浮かんでいるかと思うと、その不思議な迫力に溜息しか出なかった。飛行機は空を飛ぶ物だと頭では分かっていても、こうして現実を目の前にすると、……何て言えばいいのだろう?

「凄―いっ! 何だこれ!? 魔法で飛んでるみたいっ!」

 そう、まさしくそんな風にしか思えなかった。

「んじゃ、まずは軽くインメルマン・ターンからのローリング・ループ」

 機体が突然垂直上昇し、ふっと水平飛行に戻ったかと思うと、今度は羽をくるくると回転させ、螺旋を描きながら大空を滑るように駆け抜けていく。

「そこからのストール・ターン、そして、キューバン・エイト」

「凄い凄い凄い凄いっ」

 絵美葉と翔子はわちゃわちゃと手足をばたつかせながら、キラキラとした瞳で空を見上げ続ける。結衣姉となつみと桜は、ぽかーんと口を開けながら。でも、楓だけは真剣な瞳で、機体と先輩を交互に見続けながら。

「そんでもって、ここからローリング・サークル、で、最後は関谷スペシャル……」

 訳の分からない繊細な動きを繰り返していた機体は、突然くるりと翻り、地面に向けて垂直降下する。

「あわわわっ!? 落ちるっ、落ちるよっ!?」

「雷電・次元空斬」

 とんでもない勢いで墜落していく機体は、関谷先輩の独り言と共に、地面すれすれで水平飛行へと一気に姿勢が切り替わった。回るプロペラが草や砂埃を巻き上げ、弾丸のように地表を滑り抜けると、また一気に垂直に上昇する。まるで戦争映画でも見ているかのような、息もつかせぬ決死の綱渡り。

「っ!」

 何事も無かったかのように、又、大空へ悠然と舞い上がる機体。さっきまでの緊張感とのギャップに、胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。たかがオモチャの飛行機で、こんなにも心を鷲掴みされるだなんて、いつもの関谷先輩からは想像も出来なかった。この人は一体……。


「ぁぁ、僕って凄い……」


 ……えぇぇぇ……。


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