Happy spring
「関谷君、ほら、あたしとアドレス交換しよ? ね?」
「関谷先輩、あたしの番号入れときますね? 私も登録しておきますから、何かあったら連絡くださいね? ね?」
「何か良く分かんないけど、絵美のも交換する?」
関谷先輩の壮絶な落胆ぶりに同情したのか、彼女達は彼の携帯に寄ってたかってIDや電話番号を登録していく。
「斉藤君、ちょっと酷すぎじゃない?」
「んー、すまん、最初は何度かやり取りしたらネタばらししようと思ってたんだが、あんまりにも嬉しそうな顔に、中々言い出せなくなってな。でも、今日は勢いで告白出来て良かったよ」
そう言って部長は清々しい笑顔で空を仰ぐ。
「何だか長年の初恋をやっと告白出来たみたいにスッキリな顔してますけど、どうすんですか、これ?」
「ん? あぁ、でもまぁ、結果的には良かったみたいだぞ?」
ふと関谷先輩に目を戻すと、一人、又一人と女子の連絡先が増える度に、彼の顔は輝きを増しているようだった。さっきまでのアルマゲドン的な顔からは想像も付かない程の変わりようで。
そして、最後の番号が入力されると、その笑顔は太陽のように燦然と輝きだした。眩しくて、直視できない程に。
「帰ったら、メッセージ、入れてもいいかな?」
草の香りがするそよ風に、優しく服を温める午後の日差し。そして、嬉しそうにアドレス帳を眺める関谷先輩。その姿はまるで、メインヒロインがハッピーエンドを迎え、花吹雪に祝福されるシーンを彷彿とさせた。目尻に残る涙と笑顔が、彼の長い苦悩を物語る。これは、彼が辿り着く、愛と――
「現金だねぇ」
「うむ。単純な奴で良かった」
――危ない危ない、思わず変なモノローグで感動する所だった。
「しかし、妹さんのお友達は飛ばすのが上手なんだな。こういうの好きなのか?」
「まぁ、好きっていうか、小さい頃から良く遊んでただけです」
そう言って俺の機体を懐かしそうに眺める彼女。すると突然、それを見ていた結衣姉が声を上げた。
「あ、そうそう、これこれっ」
「これって?」
「この前言ってた話。大人の人達が飛行機飛ばしてたって。確か、こんなのだった気がするよ」
「あ、これなの? こんなの飛ばして遊ぶ大人って、何かそういう趣味の集まりでもあるのかな?」
「それ、もしかして先々週の話ですか?」
俺と結衣姉のやり取りを聞いていたツンデレ娘……、えと、名前なんだっけ?
「えーと、神崎……さん? 何か知ってるの?」
「楓でいいです。あんまり名字、好きじゃないので」
「あ、それじゃ、か、かえで……ちゃん?」
「ちゃん付けも要らないですっ」
何やら突然『がるるるる』と怒り出す彼女。さっきから何で怒られてるんだろう?
「え? あ? そ、そう? それじゃ、か、楓? 先々週って、何の話?」
呼び捨てされた事が嬉しかったのか、名前を呼ばれてぱぁっと明るくなる彼女。でも、言葉遣いは相変わらずぶっきらぼうで。
「知ってるって言うか、あたし、参加してたし」
「参加?」
「ここで大会があったんですよ。これを飛ばして滞空時間を競う大会」
そう言って機体を空にかざす彼女。その時の事でも思い出しているのだろうか。
「へー、そんな大会があるんだ。部長、知ってました?」
「いや、初耳だな。関谷は?」
「僕も聞いた事無いなぁ。ここはラジコン禁止だから、ほとんど来た事無かったし」
「ラジコン?」
ボーッと機体を眺めていた彼女は、何故かその一言に反応した。ハッとするように関谷先輩の顔をじっと覗き込むと、途端に目を丸くする。
「関谷って、関谷 晃!? この前、スタントのエキスパートクラスに出てたっ!?」
「え、あ、うん、そうだけど」
「はぁぁぁぁ~」
彼女はぽかーんと口を開けて呆け続ける。何か信じられない物でも見たような表情で。
「えーと、か、楓? どしたの?」
「はっ!? あ、えと、あの、ま、まさかこんな所で会えるなんて思ってなかったんで」
「関谷先輩の知り合いですか?」
「いや、初めてだと……思う? あの時の大会に来てたのかな?」
「大会って?」
「ラジコンの大会だよ。僕はスタントっていう部門に出てたんだ」
何だか今日は大会の話ばっかりだな。流行ってるのか?
「って、お兄さん、知らないんですか!? この人、アクロバットの天才って言われてて、超有名人なんですよ!?」
「へ?」
「はぁぁぁぁ~」
そう言って、羨望の眼差しで又もや呆ける彼女。というか、とてもそんな凄い人には見えない……けど?
「別に天才じゃないよ。他に上手い人いっぱい居るし」
「謙遜しなくたっていいじゃないか。関谷の操縦は本当に凄いと思うぞ?」
「恥ずかしいから止めてくださいよ~」
そんな真っ赤になった関谷先輩に、女の子達は俄然興味を示し始めた。
「へー、関谷君って凄い人なんだ? 今度、そのラジコン飛ばしてるとこ見てみたいな~」
「絵美も見てみたいーっ」
「何か、普段の先輩からは想像も付かないですけどね」
そう言って、なつみも冗談めかして笑いかける。さっきまでのぼっち先輩からは想像も付かない程のモテモテ状態。
「関谷先輩っ、俺も見たいですっ! 今度ラジコン飛ばしている所を見せてくださいよっ」
でも、何だか正直ホッとした。部長を女子だと思っていたなんて、可愛い男の娘ならまだしも、あまりに不憫すぎる。そんな黒歴史は早く忘れた方が良い。うん。
「それじゃ、僕がいつも使ってる飛行場があるから、来週は皆でそっちに行く? ん~、でも、晴れるといいけど、どうかなぁ」
そう呟いたかと思うと、先輩は何故か突然座り込み、足下の雑草をむしり始める。これは照れ隠しなのだろうか?
でもまぁ、嬉しそうで良かった良かった。
「あ、あの、その……」
今の話を聞いていたのか、さっきのぶっきらぼうな態度とは打って変わって、楓は儚げな声で恥ずかしそうにもじもじしていた。ある意味、こういう所は分かりやすいんだな。
「翔子達も一緒に行くか?」
「行くーっ」
「行きますっ」
「し、仕方ないわね、折角だから行ってあげるわよ」
「ツンデレ乙っ(×2)」
「ち、違っ」
「つんでれ?」
「ち、違っ、じゃなくて、その、あ……、ふ、ふざけんじゃないわよーっ!」
「は?」
自分を上手くコントロール出来ず、腕をジタバタさせながらヒステリックに叫びを上げる彼女。でも、そんな姿が何故か可愛らしく思えてくる。どうしてだろう?
「ね? 楓ちゃんって楽しいでしょ?」
「楽しいというか、何というか……」
でも、そうやってジタバタしている楓を余所に、翔子と神谷さん?は心底楽しそうにニコニコしていた。まるで、これがいつもの日常だと言わんばかりに。
「あ、桜の事も、桜って呼んでくださいね?」
ん? 俺、喋ってたか? いや、口閉じてたよな? もしやこの子、エスパーなのか?
「神谷でも伊東でも魔美でも無いですよ? 桜ですからね?」
「う? うん? さ、さくら?」
「はいっ、翔太先輩っ」
何故か『先輩』という響きに背筋がぞくっとした。そう言えば、中学の時はあんまり後輩と関わるような事が無かったような気がする。美術部は幽霊部員だったし。
あぁ、何か、こういうのも新鮮だなぁ。
「……翔太?」
「お兄ちゃん?」
「翔ちゃん?」
「お兄さん?」
「さすが我が家の変態お兄様っ。そこにシビれる憧れる~っ」
さっきまでの温かい雰囲気は、いつの間にやら寒々しい冬景色へとすり替わっていた。まるでさっきの関谷先輩と自分が入れ替わったかのように。
「え? な、何が?」
「きも(×4)」
……え? 訳分かんないんですけど?




