青春の傷跡
「何者だっ!?」
即座に反応する部長。その声にビックリして全員で振り返ると、そこにはセーラー服を着た女の子が三人立っていた。
「……っていうか、なんで皆してヒーローごっこみたいな言い回しになってるの?」
「ん? そう言えばそうだな。思わず釣られてしまったよ。あっはっはっ」
良く見れば、そのセーラー服は俺が通っていた中学の制服だった。なつみや絵美葉も着ていた懐かしいデザイン。そして、さらに目をこらすと、右端に立っている女の子には見覚えがある。それは、つい今朝も見かけた女の子。
「翔子、何してんだ?」
「にゃはは、邪魔してゴメンね。楓ちゃんが一緒に遊びたいって言うからさ」
「んなっ!? そんな事言ってないっ!?」
「楽しそうだなぁ、って言ってたじゃん」
「べべべ別に、だ、だからって遊びたいとかそんなとか――」
「翔子ちゃんが『あ、兄ちゃんだ』って言ったら、超テンション上がってたよね?」
「ねー?」
「テンション上げてないしっ! ちょっと教えてやろうかなって思っただけだしっ!」
「もー、ツ・ン・デ・レ・ラ~(×2)」
「ツンデレラ違うっ!」
意味が分からないハイテンションなそのやり取りを、俺達は全員でぽかーんと見つめ続けていた。一体これは何なのだろう?
「あ、兄ちゃん、紹介するよ。こっちのツンデレ娘が神崎 楓ちゃん」
「だからツンデレ違っ――」
「で、こっちが神谷 桜ちゃん」
「初めまして、桜です。先輩、宜しくお願いします」
背格好や名前は似ている二人だけど、何やら性格は大分違うらしい。でも、名字が違うから、兄弟ではないん……だよな?
「あ、翔子の兄です。えーと、取り敢えず、宜しく――」
「航空技研部長、斉藤一騎だっ!」
「航空技研平部員、関谷晃っ! 俺の事は関谷先輩って――」
「あたしは広瀬なつみ。翔子ちゃんとは幼馴染みなんだ。宜しくね」
空しく宙を舞う関谷先輩の親指。何だか切なそうな気がするけど、とりあえず放っておこう。
「あ、知ってますよ。有名な広瀬先輩と宮内先輩ですよね?」
「有名って?」
「長谷川先輩と許嫁なんですよね? 話聞いたときは何かもう、すっごく憧れちゃいました」
「あー、アレ? あはは……」
そう言えば、そんな噂もあったっけなぁ。なつみが許嫁で、絵美葉は腹違いの妹で、真実の愛か、禁断の愛かで俺が揺れ動いているとか何とか。それを題材にマンガを書いていた奴も居たみたいだし、二年や一年の方まで話が回っていたのかも。
「い、許嫁って、そんな、ねぇ? あんなに違うって説明して回ったのに、ねぇ? あは、あは、あははははは」
なつみは何だかクネクネしながら恥ずかしがっていた。別にただの噂話なのに、何を恥ずかしがっているのやら。
「そうか、仲が良いなとは思っていたが、そんなドラマティックな物語があったとは」
「ぐすっ、長谷川君、結婚おめでとう。僕はいつまでも君達の幸せを祈っているよ」
「何を訳のわからない事言ってるんですか。分かっててやってますよね?」
「そんな、結婚だなんて、ねぇ? てへへへへ」
「お前も何乗っかってんの?」
さらにクネクネしながら顔を赤らめる彼女。こっちも久しぶりのキラキラ妄想タイムか?
「で、飛び方がなってないというのは、どういう事なのだ?」
色々な意味で冷静な部長が話を元に戻す。そういや、そんな事言ってたっけ?
「こういう事ですよ」
ツンデレ娘はそう言うと、足下に落ちていた俺の機体をそっと拾い上げた。そして、真剣な目つきで様子を伺いながら、翼や重りを微調整していく。
「……こんな感じかな」
そして、おもむろに腕を振りかぶると、まるで野球選手のように鋭く振り抜いた。すると、さっきまであんなにフラフラと変な軌跡を描いていた機体は、彼女の指の先から一直線に射出され、美しいカーブを描いて大空へと舞い上がる。
「おおおぉー」
さっきの関谷先輩のような、いや、それ以上に気持ちよく青空を滑り続ける白い機体。これは一体どういう事なのだろう?
「アレはちょっとコツがあるんだ。重心はちょっと上の方にして、主翼を気持ち反らせると上手く風に乗るから……じゃなくて、そっ、そんな事も知らないんですかっ? 先輩、ダメダメですねっ。もうホントに全然ダメダメだし、ほんっと分かってないし」
彼女はぶつぶつと文句を言いながら、落ちてきた飛行機を取りに走り出す。でも、その足取りは軽やかで、何だかとても楽しそうで。
「楓ちゃん、がんばってるー」
「ねー」
そんな彼女を見守る翔子ともう一人の女の子は、何やら楽しそうにこちらを見ている。
「なぁ、おい、翔子。何で俺、怒られてるの?」
さすがにこんな理不尽な怒られ方も無いとは思うが、一応、念の為に確認しておく。この子の対処方法も良くわからんし。
「兄ちゃん、分かんないの? ダメだなぁ、そんなんじゃ」
「ねー」
「いや、分かんないから。ダメダメとか言われたって困るから。というか、ちょっと凹むから勘弁して欲しいんだけど」
そりゃ、さっきも全然上手く飛ばなかった訳だし、上手だなんて思ってないけど、ダメダメ言われる程、酷かったか?
「まぁまぁ、楓ちゃんは飛行機詳しいから、色々教えて貰ったら? ほら、戻ってきたよ」
拾った機体を手に帰ってきた彼女は、つっけんどんにそれを俺に押しつける。
「んっ! まずはこれで飛ばしてみれば? ちゃんと飛ぶ感じは覚えておいた方が良いし」
「あぁ、うん」
これ、どうしたら良いのだろう? そんな事を悩んでいると、横からなつみが小声で話しかけてきた。
「翔太、翔太、あれ、どうしよう?」
彼女が小さく指さすその先には、芝の上で膝を抱えて縮こまる関谷先輩の背中が。それはまるで、小さな子供が拗ねているようにしか見えなかった。
「……長谷川君ばっかり女の子に囲まれてさ。そりゃ、僕がモテるだなんて思ってないけど、でも、ちょっとぐらいさ……」
「せ、関谷先輩?」
「関谷……」
先輩はどうやら、次から次へと新しい女子が湧いてくる俺の事が面白くないらしい。とは言っても、そんなの俺にはどうしようもないんだけど……。
「別に、囲まれてるとかそんなんじゃないですよ、あの子達には今日初めて会ったわけですし――」
「翔ちゃーん、そんな所で何やってるのーっ!」
「お兄ちゃーん、やっほーっ!」
あぁ、何という事でしょう。部活を終えた幼馴染み達が帰ってきてしまいました。
「ほらぁっ! やっぱりそうじゃんかぁ!」
「あ、いや、あっちはただの幼馴染みですし」
「ん? どしたの?」
気が付けば、俺の周りには六人もの女子がひしめき合っていた。……これはもう、どうすればいいんだ?
「でもさっ、俺にだって女の子の友達ぐらい居るんだからね? ほらっ!」
半分涙目になりながら携帯を取り出すと、その画面にはSNSのアイコンらしき物が表示されていた。
「この前知り合ったカズコちゃんって言うんだけどさ、女の子なのに飛行機好きで、すっごく話が合うんだ。どうだっ、いいだろっ!」
子供のような対抗心をむき出して自慢する関谷先輩。
「へ、へぇ、そんな子が居るなんて、羨ましいですねぇ」
「へへっ、だろー?」
そんな一言で嬉しそうに復活する関谷先輩。た、助かった。
「関谷……」
そんな中、部長は神妙な面持ちで語り出す。それは、ここにいる全ての人達の人生に残る、衝撃の台詞だった。
「すまん、……それ、俺なんだ」
「……?」
頭の上にはてなマークが乱舞する。関谷先輩だけでなく、なつみや翔子達にも。
「何か、女子に飢えてるお前の事が不憫で仕方なくってな。ちょっとは……、少しでも元気になるかなって思ったんだ。……でも、やっぱり悪いなって。……でも、今更言い出せなくって……。ホントに悪いと思ってる。……すまん」
「……、はぁぁぁぁ?」
まん丸になった関谷先輩の瞳に大粒の雫が溢れ出す。
えーと、……あの、……誰か助けて。




