第69話 決着
肩や肘に痛みが走る。見ると、その箇所に褥瘡の様な物が現れていた。なるほど、これが闇属性の魔力の仕業か……
上空でお互いに喰らい合っていた蛇も、その姿をいつのまにかに消していた。
だけど、思ったより被害は少ないような……
「クレア…… 大丈夫か……」
その瞬間。自分が何者かに抱き締められている事に気が付いた。
「あ…… な、なんで……」
ロックの腕が私の身体を包み込んでいる。だけど、その腕は私の知っているロックの腕じゃなかった。小麦色に焼けた健康的な肌は跡形もなく爛れ、その節々からは膿の様な物が吹き出している。
ただ、その顔は私の知っているロックの顔その物だった。
とても力強く優しく。それでいて、相も変わらず太陽のような笑顔を私に向けていた。
「いやな…… 俺はお前と比べると…… 頑丈だからよ。大丈夫かと、思ったんだ…… けどよ。ちょっと…… これは不味いかもな……」
そう言った、ロックは更に笑って見せた。
なんで、この状況で笑えるのかわからない。
なんでかわからないけど、私は思わずロックを抱き締め返してしまった。
その背中は見なくてもわかる程に、酷く焼け爛れた様になっていた。
「ほ、他の、皆は!?」
見ると、リアナちゃんとオルドさん、ウィザさんは地面に伏して倒れていた。
その三人の背中も酷く焼けた爛れた様になっている。
だけど、地面に伏していたからなのか、ロックよりは軽症で僅かに意識も保っているらしく。なんとか、生きているのも見て取れる。
アレックスさん、ザルウォーさん、カナルさんの三人は距離が離れていたからか、火傷程度で済んでいるらしい。だけど、これ以上は戦えないだろう……
ミィちゃんとエレインさんは、一番遠くにいたからか軽症だ。
「エレインさん!! 助かけてッ!! ロックを助かけてッ!! お願いッ!! 速くッ!!」
思わず私は叫んでいた。
この状況からすると、一番重症なのはロックだ。闇の魔力から逃げませず、伏せるでもなく。私を守る為に闇の魔力を真っ向から受けたんだ。当たり前だ、重症に決まってる。
「ははは!! どうだ、この力は!!」
ガルバディアスの笑い声が耳に届く。
もう、そんなのどうでもいい。
はやく、ロックを助けて。
「クレア、大丈夫か!?」
エレインさんが私の顔を覗き込んでくる。
私の事なんて、どうでもいい。
「私より。ロックをッ!!」
エレインさんは頷くと、直ぐにロックの傷を癒す為に回復魔術を掛け始めた。私はその一連の様子を見て、思わずロックを抱く腕に力が入った。
「へへ、クレア。いてぇよ」
「ご、ごめんなさい。大丈夫、ですか!?」
それでもロックは何時もと変わらない太陽のような笑顔でこちらを眺めていた。
なんで、なんでこの状況で笑えるんだ。意味がわからない。
「クレア…… お前…… 良いニオイがするな……」
な、なんでこの状況でそれを言うんですか!? もっと、違う言うべき事が有るんじゃないですか!? 遺言とか、家族の話とか!?
なんで、なんでこの期に及んで、この人は何時もと変わらないんですか……
「くくく、これで小五月蝿い蝿は片付けたな。待っていろ、お前らには更なる魔導の深淵を見せてやろう……」
そう言うとガルバディアスは踵を返し、細い通路の先の祭壇へと向けて歩き出した。
私はそれを静かに睨み付けた。そして、エレインさんに向けて空中に字を描いた。それを見たエレインさんは静かに頷いた。
そんな、私達のやり取りなぞ知るよしも無くガルバディアスは細い通路へと足を踏み入れた。
すると、ガルバディアスが通路に足を踏み入れた瞬間、先程まで存在したはずの通路が雲散し、跡形もなく消えてしまったのだ。
本当の通路は全然違う場所にある。
そう、ガルバディアスが足を踏み入れた通路は私が作り出した幻影だったんだよ。
これが私の初めから狙っていた事だ。
どうだ!! 見たか!! ボケ!!
ウィザさんや、ロックがやられるのを見て、幻影を維持出来ない程に精神を揺さぶられた。
だけど、彼等のやったことを無駄にしない為に、絶対にガルバディアスをぶっ殺す為にと、踏ん張った。
踏ん張ってみせた。
だから、これで絶対にぶっ殺す。
「なっ!?」
ガルバディアスが勢い良く溶岩へと落ちて行く。
だけど、これで終わりではない。恐らく、奴は空だって跳べる。
「エレインさん!!」
「承った!!」
その瞬間、溶岩へと落ちるガルバディアスに向け、溶岩の蛇が放たれた。蛇はガルバディアスに向けて勢い良く襲い掛かる。
「馬鹿め! この程度でこの俺を出し抜いたつもりか!!」
ガルバディアスもそれに対抗するため溶岩の蛇を放った。二匹の蛇が空中でぶつかりると思いきや。その様な事は起こらなかった。
ぶつかり合わない。
そうこれも私の幻影だ。先程、ナイフさんが放ったと思われた蛇は、私が本気の殺意が込めて産み出した幻影だったのだ。
その光景を見たガルバディアスが絶句する。
「な!?」
「残念だったな!! ブラックよ!! 下だ!!」
エレインさんのその声と共にガルバディアスは下を見た。
しかし、その時既に遅しとはこの事。その言葉が放たれた瞬間、ガルバディアスは溶岩の底から吹き出した、本当の溶岩の蛇に飲み込まれた。
その瞬間、ガルバディアスの断末魔が洞窟中に響き渡る。
エレインさんは、ガルバディアスが溶岩の中で破壊と再生を繰り返す最中、これでもかと言うくらい魔術を重ね、ガルバディアスが跡形も無くなるまで焼き付くしてしまった。
やがて、ガルバディアスが跡形も無くなった後の洞窟は耳が痛くなる程に静まり帰っていた。溶岩の流れる音すら聞こえない程に……
……いや、違う。
これは私が意識を失いかけてるんだ……
不味い……
「クレア。君のお陰で奴を止められた。本当に感謝する……」
エレインさんがこちらを覗き込んでくる。
だけど、そんなことはどうだっていい。
どうだっていいんだ。
そんなことより……
あの人を……
「ロックさんを…… たすけて…… おねがい……」
薄れ行く意識の中、何とかそう言葉を絞り出して、私の意識はそこで途絶えた。




