第66話 ガルバディス・ブラックモア
ガルバディス・ブラックモア。
濡れた様に黒い長髪に鋭く研ぎ澄まされた様な瞳。そして、筋の通った鼻に整った顔立ち。
その身に纏う黒いローブを複数のベルトの様な物で引き締めて見せた様な格好をしている。
なんだろう。一言で言うなら、手足を縛られてない拘束衣とでも言うのかな。なんだか、そんな格好をしている。
そして、その右手には一振りの杖が握られている。
恐らく、アレが問題の杖だろう。
「ブラックよ!! これ以上、貴様の好きにはさせないぞ!!」
そう啖呵を切ったのはエレインさんだった。
すると、エレインさんは力強く手の平をガルバディスの方へと向けて見せた。
それを合図にするかの様に突然、溶岩が高く吹き上がる。
それは、やがて一匹の蛇の様な姿を取り、凄まじい勢いでガルバディス目掛けて襲い掛かって行った。
恐らく、アレはエレインさんの魔術だろう。かなり高度な魔術だと思う。これ程の魔術をなんの準備も無しに発動できるなんて、エルフの賢者と名乗るだけの事はある。
だけど、気になるのはガルバディスの表情だ。
ガルバディスはそれを小馬鹿にした様な笑みを浮かべながら見ている。
その表情に私はなんだか、嫌な予感がした。
そして、その予感は残念な事に的中してしまった。
ガルバディスはゆっくりと杖の握った手を掲げて見せた。
驚く事にその瞬間。エレインさんが先程の作り出した溶岩の蛇が一挙に八体現れ。エレインさんが作り出した蛇をまるで喰らい尽くすかの様に襲い、瞬く間に消し去ってしまったのだ。
その光景にエレインさんが目を一杯に見開いて驚愕してみせた。
「な、んだと!?」
「何を驚いている? 当たり前の事だろう?」
そう言うと、ガルバディスは今しがた自分が出現させた溶岩の蛇を一度満足そうに眺めて見せた。
そして、満足したのか。彼はこちらに視線を戻し。芝居がかった仕草をしながら、岩場を舞台の上とでも言う様に振る舞い。大きな弧を描きながらゆったりと歩き出した。
そして、やはり芝居がかった口調でゆっくりと口を開いた。
「この杖はお前が造った物だ。出来栄えは正直言って最高だ。俺の魔力が数段階上がっている。やはり、お前は我が第五師団、最高の魔術師だ。賢者と名乗るだけの事はある」
そう言うと、ガルバディスは芝居がかった歩みを止め。突然、こちらに鋭く強い視線を向けて言い放った。
「しかし。第五師団、最強の魔術師はこの俺だ!! 単純な魔術師としての能力で上を行くこの俺が、お前に負ける筈が無いだろう!! 力の差を知れ!!」
「くっ……」
その杖を造ったのはエレインさんなんだから、そんな威張んなよ。なんか、腹が立つな。取り敢えず、毒ナイフでもぶん投げてみっか。
と、やけっぱちになって私はナイフを投擲する。
「あ!」
すると、呆気なくもナイフはガルバディスの肩に命中した。
勝った!! 長かったけどホワイト・ヘッジ編、完!!
「やはり毒か、売女。アバズレめ、下劣な手を使う。だが、今の俺には無意味な事だ」
そう言うと、ガルバディスは肩に刺さったナイフを引き抜き、そのまま、明後日の方向へと投げてしまった。
ナイフはそのまま宙を舞い溶岩の海へと落ちていった。
その光景に思わず驚愕してしまう。
そ、そんな馬鹿な…… な、なんで、死なないんだ……
普通だった、既に死んでるはず…… あんなに悠長にしていられるはずがない……
毒の量が足りなかったの!? いや、そんな筈はない。魔物や魔獣を仕留める為に調合したナイフだ。
もしかして、前回、奈落の底に落ちる時にアイゼン代わりに使ったから毒が落ちてるのか!?
私の様子から何かを察したのか、エレインさんがおもむろに語りかけてきた。
「あの杖にはあらゆる状態異常を退ける術式が組み込まれている。故に毒や麻痺の類いは通らない。その他にも魔力の底上げ、自然治癒能力の付加、様々な術式も組み込まれている……」
「な!?」
思わずエレインさんを見ると苦虫を噛み潰した様な表情をしてガルバディスを睨み付けていた。
その視線に誘われガルバディスに視線を戻すと、先程までナイフの刺さっていた肩の傷が既に塞がっていた。
その光景に思わず、私も苦虫を噛み潰した様な表情をしてしまう。そんな私の様子を見たのか、エレインさんが笑いながら口を開いた。
「怖じ気づいたかな? なら、ここは私に任せて早く逃げるがいい……」
「に゛け゛な゛い゛!!」
思わず強がりを言ってしまった。
正直、帰れるならここで帰りたい。
だけど、そうも行かない。あれだけエレインさんには上から目線で啖呵を切ったし。
ロックも助けないといけない。それに《黒の師団》のやってる事は止めなくちゃいけない。こんな所で逃げる訳にはいかない、逃げられる訳がないんだ!
プッシュナイフダガーを取り出し、私は臨戦態勢に入る。
その様子を見ていたエレインさんが一度だけ、私に向かって微笑んだ。
「やはり、君は闘うんだな……」
「当たり前!!」
私がそう言うとエレインさんは一度だけ頷いて、ガルバディスへと視線を戻した。
その瞬間、エレインさんから目に見える程の濃度で魔力が溢れ出て来た。恐らく、何か魔術を発動する気だ。それも先程よりも数段強力な奴を……
「お姉ちゃん……」
不意に耳に届いた声に私は我に戻る。
振り向くとそこには不安そうに立つミィちゃんがいた。
そうだよね、怖いよね、ゴメンね、ミィちゃん……
しかし、その次にミィちゃんが発した言葉は私が想像も着かない驚くべき言葉だった。
「もう一人になるのは嫌だよ、お姉ちゃん。私も一緒に闘う!! 皆と離れたくない!! 皆を助けたい!!」
「え……!?」
そう言うと、ミィちゃんは静かに私に近づいて来て、そっと足にしがみついて見せた。
絶対に離さないとでも言うかの様に強く、強く。
私の足を掴むその小さな腕は小刻みに震えている。だけど、ミィちゃんのその緑の色の瞳は強い輝きと共に私を見つめている。
エメラルドの様に強く優しく、だけどもとても美しく輝く瞳。
不安や恐怖、それは誰にでも存在する。だけど本当に怖い事は闘う事や死んでしまう事じゃなくて。大切な人が死んでしまう事、自分がまた一人ぼっちなってしまう事。
私もそうだ……
そして、ミィちゃんも、きっとそうなんだ……
うん、そうだね。
「ミィちゃん、一緒に、戦おう!!」
「うん!!」




