第63話 破滅の研究:デストロイ
私が破り去ってしまった研究資料がエルフの手に握られている。そして、その手の中を眺めるエルフは何処か穏やかな表情をしていた。
「わかっていた。だから、私はこの研究が実験に移る段階になって反対したんだ。だが……」
『だから、牢屋に入れられてたんですね』
私が虚空に絵描いた文字を見るとエルフは静かに頷いて見せた。
成る程、それで納得した。だけど、その癖して自分の研究資料はちゃっかり持ち出そうとしてたとか、かなり調子の良い人だな……
研究資料を持ち出そうとしたって事はつまり……
『この研究を以後も続けるつもりだったっんですね?』
私の絵描いた文字を見ると彼は私から視線を反らし、バツが悪そうな様子を見せながら頷いた。
「その通りだ……」
その瞬間、自然と私の手の平がエルフの頬を凄まじい勢いでひっぱたいていた。
このエルフのやろうとしている事は余りにも無責任だ。
自分の研究がもたらす結果に責任を持つ気概も無く。
自分のした事の後始末も何もかも中途半端。
頭はすこぶる良いんだろうけど、宝の持ち腐れだ。
星の魔力。つまり、大気中に漂う大量の魔素を操る為には恐らく人一人の力では手に余る。故にその大量の魔素を上手く操る為の魔方陣や祭壇、杖や魔石等が必要になる。
先程の「実験に移る」と言っていた事から察するに、それらは既にある程度の完成はしているのだろう。
そして、このエルフが山を潰すと言っていた事から、それらを瓦礫の底に沈めてしまおうとでも思ったのだろう。
余りにも考えが浅はかだ。
『瓦礫の底に何を沈めてしまおうとしてるかは知りませんが。“彼等”は必ず“ソレ”掘り返して、解析して、再建するでしょう。無から理論を構築し創造するのと違い。既に出来上がった物を修復する方が何倍も楽ですからね』
私が虚空に絵描いた文字を見ると、エルフは悔しそうな表情を作り。やがて、その顔は落胆の表情へと変わり地面へと目を落とした。
「驚いた。君はかなり聡明なのだな。全て君の言う通りだ」
『教えてください。貴方の創った物を私がこの世から消し去ります』
そう、恐らくこれが今の段階で出来る最適解だ。
しかし、私が絵描いた文字を見るとエルフは溜め息交じりに笑い声を挙げてみせた。その様子は何処か吹っ切れてしまった様にも見える。
「ははは。それは無理だ。“アレ”程の力を退け。その上“アレ”を破壊することなんぞ、出来るはずもない!!」
もう一度、私の平手がエルフの頬へと向かって繰り出される。
「“アレ”とか“ソレ”とか、どうでもイイ!! さっさと、おしえて!!」
そう言って、エルフに向かってもう一度高く手を掲げて見せる。
「わ、わかった!! わかったから!! もう殴らないでくれ!!」
「殴らないから!! 速く教える!!」
私がそう言うと、先程までの上から目線の態度は何処かに消え、力無く地面に項垂れながらエルフは口を開いた。
「つ、杖と祭壇がある。杖はそれを持った者に大気中の魔力。君が言う所の魔素を操る力を与える術式が込められている。そして、祭壇には星の核となる魔力と杖を持つ者を繋げる術式が込められている」
つまり、a=b、b=c、a=cの術式が完成すると言うことか。
なら、話は簡単だ、さっき言った杖と祭壇を完全に破壊してしまえば良いんだ。
「たしかに杖か祭壇のどちらかを破壊すれば。星との繋がりは途絶え、超魔術の発動は出来なくなる。しかし、杖さえあれば大魔術級の魔術は容易く、しかも素早く発動出来てしまう。あれを相手にするなど並の魔術師では不可能だ。無理に決まっている」
よくわかんないけど。
それはつまり、凄い強いって事だよね……
思わず、一抹の不安が脳裏に過る。
いや、でもやるしかない。
よりにもよって黒の師団にその力が渡ってしまったのが不味い。
ここで止めなければ、世界が……
いや、星がどうにかなってしまうかもしれない。
『それだけ、聞ければ十分です。ありがとうございました』
そう書き残すして私はエルフに背を向けて歩き出した。しかし、そんな私に向かってエルフが声を挙げた。
「ま、待て!! 行くのか、行くと言うのか!? みすみす、死に行く様な物だぞ!?」
勿論、行く。
この世界が、社会がどうなろうと私には関係ない。
だけど、家族に、仲間に、ミィちゃんに危険が迫ってると言うのなら話は別だ。
私が振り向くと、エルフが不安げな表情でこちらを見上げていた。初めは終始上から目線な態度だったが、今はそんな雰囲気微塵も無く惨めな雰囲気すら感じられる。
そう言えば、このエルフは私の命の恩人なんだよな。不意に思い出すと、なんだか少しだけ可笑しく思えて来てしまった。
命の恩人に私は何て酷い態度をしてしまったんだろうか。
「私を、助けてくれて、ありがとうございました。それと、酷いことして、ごめんなさい……」
私はそう言って彼にあたまを下げた。
そして、彼に一度だけ微笑んでそのまま歩き出した。




