第62話 破滅の研究:下
「あなたの研究!! 破綻してる!!」
「な、何を言うかッ!!」
エルフはその白い肌を赤々と赤面させ、コチラを睨み付けている。まさに、今にも掴みかかって来そうな雰囲気だ。
刺々しい気配と剣呑とした雰囲気が私とエルフの間で流れて行く。でも残念、そんな雰囲気を出された所で怖くも何ともありません。
下手したら、私の世代でこの星や生物の寿命が終わる様な研究をここで無に帰す事が出来たんだから儲けもんでしょ。
その為なら、この命惜しくはないもの。
正直。この世界、あるいは社会がどうなろうと私は知った事ではない。
だけど、私には大切な家族がいる。仲間もいる。その人達がみすみす死んでしまうかもしれない様な研究は放置する事は絶対出来ない。
例え、この研究の被害を及ぼすのが、私の死んだ後の未来の話だとしても、私はそれを見過ごせない。
だって、その未来にはミィちゃんがいるんだもの。
ミィちゃんが苦しむ様な未来、私は絶対に許せない……
そんな未来には絶対にさせないんだから。
「未来の子どもの駄。この研究。認めないッ!!」
「み、未来の子供達……」
エルフはバツの悪そうな表情を浮かべ、破られ地面に落ちた羊皮紙を見下ろした。その視線の意味はある程度察しはつく。
恐らく、このエルフには私の言葉の意味がわかるのだろう
そう、当たり前だ。
長寿のエルフがそれを考えない筈がないんだ。
だからこそ、私は腹が立って仕方がない。
未来を見て、考え生きて、誰よりも賢者たる筈のエルフが、その未来をないがしろにした研究をしているのが許せない。
わかったはずだ、及んだはずだ。
その研究が未来に大きな歪みをもたらすと。
私だって、この世界の魔術の発展状況くらい。それはある程度はわかってる。
「魔力、無くなったら。人、世界、自然に何が起きるかわからない。研究もされてない!」
「……」
そう、この世界では魔力が有るのが当たり前となってしまっている。故に誰も研究しない、研究しようと言う話にすらならない。魔力が有る事が、魔術が使える事が、どれだけ特殊で恵まれているかこの世界の住人は理解出来ていない。
いや、理解出来る筈がない。
日本人が水の重要性を理解しにくい様に、水が無くなると言われて初めて水が重要だったと理解する様に、この世界の住人は魔力が無くなり初めてやっと研究するだろう。
根本の魔力が何処から産まれて、何処へ行くのかについて。
「魔力が、どこから産まれるか。どこに行くのか。それも、わかってない。この研究、まだ早い!」
「魔力がどこから産まれる?」
正直、エルフの賢者にこんな事を言うのは釈迦に説法なんだろうけど。けど、それだけ、この世界の住人は魔力の重要性に対して鈍感過ぎる。どれだけ魔力が人やこの星の生物に影響を及ぼしているか考えてもいない。
「これ、見る」
一応だけど、私だって最低限の文字は書ける。それを幻影で空中に写し出す事は決して不可能ではない。
そして、今から私が写し出す理論は完全な仮説だ。私が過去の世界と言う比較対照が存在するから始めて導き出せる仮説。
そして、その仮説はこうなる……
『仮説1。魔力はこの星の生物が生きる事に必要不可欠な存在。魔力が無くてはこの星の生物は生きては行けない』
『この仮説の出所として。先ず考えられるのが、この星の人間の頑丈さ、屈強さ、回復力の高さ、それらに起因する。
恐らく、この世界の人間は基本的な生命活動自体にも微量の魔力(大気中に存在する微量の魔力《以後、これを魔素と仮称する》)を使用していると思われる。それにより、人間は屈強さを保っていると考えられる。
『仮説2、それはこの星の生物も例外ではないと考えられる。魔物、魔獣の類い。これらも魔素の影響を受けていると考えていいと私は考える』
そう、仮に魔素の影響を受けていないならば。こんな地球と似た環境の生物達は必然的に私の前世と同じ様な進化の経路を進む筈だ。哺乳類の類いが陸を支配するこの星ではその仮説は尚信頼に値すると考えられる。
ならば何故、そうならないか。
それは全ての生物が魔素の影響下にあるから。
その魔素の影響のベクトルが生物や種毎に違うだけだろう。
人間ならばバランスに特化し。エルフなら生命力、つまり寿命。亜人ならばフィジカル。
ならば、魔素が無くなればどうなるか……
『仮説3。仮説1と2より、魔素が無くなれば、この星の生物達はその姿を変える。魔素による補正が無くなる事により、この星の生物達は弱体化、退化が起こると思われる』
『魔物、魔獣はその身体を縮め。人間はいつしか魔術が使えなくなると考えられる』
恐らく、人間は今より弱くなり。亜人は人へと退化し、エルフは徐々に短命にと。
少しずつ魔素の無くなった星の環境に対応していき。現在の姿を失うと考えられる。
そして、魔素が無くなる速度が急激であれば有る程。今を生きる生物達には悪影響を及ぼす筈。恐らく、ゆっくりと窒息するかな様にその命の灯火は消えてしまうだろう。
それはつまり……
『最悪の結論として。この星、全ての種が絶滅する可能性が存在する』
『もしかしたら、この星の生物が魔素を使い続ける限り、いつか起こり得る進化の可能性かもしれない。だけど、それを加速させるのは望ましくない。
それにもしかしたら、ただの杞憂かもしれない。だけど、これをただの杞憂と決めつけては行けない。魔力の源である魔素が何処から産まれるか、その答えを突き止めるまでは決めつけては行けない』
『何時しか枯渇する資源だとしても、何時しか滅びる運命だとしても、抗う事には意味がある』
『私はそう想う』
『貴方はどう思います?』
私が綴った文字達を読んで行くにつれ。エルフは紅々とさせていた顔面の色を変え、白く透き通る様な肌に戻っていった。
その顔には先程までの剣呑な雰囲気は無く。冷静さと知性を取り戻している様に見えた。
そして、彼はその瞳をゆっくりと閉じた。
「……そうだ。君の言う通りだ。私も思考の奥底ではわかっていた。だが、考えないようにしていたんだ」
そう言うと彼は地面に膝を付き、破られた羊皮紙を摘まみあげた。そして、それをゆっくりとだけど力一杯握りつぶして見せた。




