第59話 エルフのエレイン・フィシュバーグ
「どうも、ありがと、ござい、ました」
こんなに嬉しい事はないよ。
なにせ、もう駄目かと思ってたもん。
「ありがと、ありがと」
おでこを岩肌に擦り付けながら平伏する。
「い、いや。構わないが、そんなに畏まらないでくれないか。私も魔封石の手錠を取って貰えたんだ。それで貸し借りは無しだろ?」
「うん、うん。確かに、確かに。おあいこ、おあいこ。ありがと、ありがと」
何だか死の淵から甦った所為か頭も身体もフワフワする。ただでさえ、御馬鹿さんなのに何時にも増して頭が回ってない。
いけない、いけない。一応ここは《黒の師団》のアジトの中だ、もっとしゃんとしないと。
私は取り敢えず辺りの様子を探るべく立ち上がろうと膝に手を掛けた。
「いけない。傷は治したが貧血を起こしている!」
速く言ってよ、と言わんばかりの勢いで視界がぐるッと一回転し、全身の力が突然消え、私はホワイトアウトしかけた。
あっぶねぇ!! 危うく、ぶっ倒れる所だった!!
て言うか、気づけば岩肌にしなだれていた。もう、ここまで来ると何が何やらクルクルクルクルである。実際、今現在も視界がホワイトアウトしかけてる。
白い点々と赤い点々が視界で弾け、その視界事態も白くぼやけている。身体も麻痺しているのかと思える程重くて怠い。
もしかして、私は気絶してたのかな?
「目覚めたか。瀕死の重傷だったんだ。突然動こうとすれば気を失うに決まってるだろう……」
「あぅ……」
やっぱり、気絶してたんだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
不意に私の手を握ってくれている存在が要る事に気が付いた。
小さくて暖かい手。ミィちゃんの手だ。小さい手で私の手を力一杯握るミィちゃんは今にも泣き出しそうな表情でこちらを見上げている。
「ミィちゃん。ごめんね。心配事かけた…… ね」
「ううん。お姉ちゃんが無事でよかった。もしかしたら、お姉ちゃんが死んじゃうかと……」
そう言うと、ミィちゃんのその小さな手に更に力が籠った。すると、不思議な事に麻痺した様に重かった身体が少しづつ感覚を取り戻し始めた。
「私。どれくらい。気絶。してた?」
私がそう言うとエルフは私の瞳孔を探る様に見ながら答えた。
「安心しろ。ほんの三十秒程だ」
よかった、じゃあ大して時間は経ってないのか。
ああ、そうだ……
「あ、あなたは、名前は……」
「うむ。私の何はエレイン・フィシュバーグ。エルフの賢者だ」
け、賢者って、自分で名乗るもんなのか?
いや、でも実際。死にかけだった私をサラッと完治させたのは普通じゃない。何とか一命を取り留める程度かと思ったら肉体的なダメージは殆ど取り除いてくれたみたいだ、それだけで何となくだけど只者では無い事はわかる。
おそらく、貧血はただ単に私が虚弱なだけ。
となると、賢者と言うのは嘘ではないだろう。自称かはさておきそれだけの実力はありそうだ。それなら、何故……
「なんで、エルフの賢者が、ここに?」
そう言うと彼は一度だけ頷いて見せた。
「うむ、端的に話せそう。私は《黒の師団》である研究をしていた。しかし、その研究は間違った物だった。私は研究の中止、凍結を進言したが、それも虚しく牢屋に捕らわれてしまっていたのだ」
「はぅ……」
よくわかんないや。
まあ、なんかやっぱヤベェ事してるんだね。
「いったい。なんの。研究。してた?」
「それを説いた所で君達には理解出来まい。すまないが時間がない。私は今から研究室に行き資料をこの世から消し去って来る。上手く行かなければこの火山ごと潰して何もかも無かった事にする。君達は動ける様になったら直ぐにこの火山から出るんだ」
ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり話が進み過ぎだってば。着いていけない、着いていけないよ。しかも、ちょっと上から目線で腹立つし。
いや、そんな事より、こっちにも仲間がいるんですよ。私は私で何時にも増して役立たずになってしまったし。
しかし、そんな事は露知らずと言った感じで、バーガーとか言ったエルフは私には語り掛けて来た。
「その拾った命を大切にしたければ、速くこの火山から出る事だな」
そう言うフィシュバーガーとか言ったエルフが立ち上がり、牢屋をそそくさと出て行ってしまった。
えぇ…… 元気一杯じゃん。
何か良い事でも有ったのか?
うぅ、どうしようぉ。
貧血でクラクラするよぉ、動きたくないよぉ、死にたくないよぉ、皆を置いて逃げるなんて出来ないよぉ。
……よし。決めた。
「ミィちゃん。お姉ちゃん。少し。お昼寝。するね」
「え? おひるね?」
ミィちゃんがキョトンとした顔でこちらを見詰めてくる。まあ、それはそうだろう。多分、ミィちゃんも話の大筋は理解してる。下手したら私より理解してる。だから、私のこの発言は意味不明だろう。
でも。仕方ない。少し休まないとまともに動けもしない。
5分…… いや、3分でも休めればなんとかなるはず……
「ゆっくり、200まで、数えたら、起こして。誰か来ても。起こして。あと。さっきの人のニオイ。覚えといてね……」
「う、うん。わかった!」
そう言うとミィちゃんは力強く頷いて見せてくれた。私はそれ確認すると、ゆっくりと目を閉じた。
すると、直ぐ様、心地好い浮遊感と共に意識は途絶えた。




