第46話 成果
「はい、これで終わり。患部。清潔にしててね」
そう言いながら、俺は包帯が巻き終わった丸太の様な逞しい足を撫でる。屈強とはこの事だろう、その足の持ち主の男も巌の様な顔を笑顔に変えてこちらを眺めている。
「はい、お代」
「ああ、ありがとな嬢ちゃん」
俺がそう言うと男は銅貨を取り出して手渡してきた。
「はい、御大事に」
「ああ、本当にありがとな嬢ちゃん。それとこれは次いでに取ってきた薬草だ、嬢ちゃんの薬の材料にしてくれ」
そう言うと、男が篭に入った薬草を篭ごとこちらに渡してきた。
「ありがと…… なら、お代はいらないよ」
「いやいや!! いいって、嬢ちゃんにはお世話になってんだ、これぐらいは受け取ってくれって!!」
ううむ、それはなんか…… やだな…… そう思い、先程渡された銅貨を返そうとすると、男が酷く悲しそうな顔を露にした。
ええ、先程まであんなに笑顔だったのにぃ……
「じゃ、じゃあ。ありがたくいただきます。ありがとうございます」
「ああ、是非そうしてくれ。じゃあな!」
こんな感じでここ数日が過ぎている。まあ、元々、金銭目的でやってないのでお金はいらないのだが。取らないのは取らないで怪しいので材料費程度は頂いている。それでも他の人達より破格の安さを叩き出しているらしく、評判は良い。
て言うか、医者に行くなんて人がまず冒険者にはいない。最早、普通の一般人にもいない。医者に行くのなんて貴族ぐらいだし、薬師とかの所に行くのも冒険者の中でも上の人達ぐらいらしい。
だから、必然的にその他多数が俺の所に来る。そして、一人また一人。そんな感じで新たな客人が俺の元にやって来た。
「すいません、一つお聞きしても宜しいですかな?」
「は、はい?」
そんな、新たな客人とは一人の老人だった。恐らく、年は八十とかだろうか? かなり年期の入った老人の様だ。
深く刻まれた様な皺に眉毛も髪も、そして髭も白色に染まっている。しかし、彼は老人と言うには余りも芯の通った姿勢の良いたたずまいをしており、その所為か老人とはとても思えなかった。
そして、その老人の目は刃の様に鋭く。なにやら、不思議な力強さを放っていた。俺が呆気に取られ、その老人を見ていると、彼が俺に向かって有る物を見せた来た。
それは俺があらゆる人達に渡して来た軟膏容器だった。それを見せた老人は自らの顔を俺の耳元まで運び、そっと囁いた。
「この軟膏容器に彫られた紋様は《華族》の物ですね」
その言葉を聞いた瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がるのがわかった。
そう、この御老人が言った通りなのだ。俺が皆に手当たり次第に渡した軟膏容器には《華族》の紋様が掘られている。前世で言うところの家紋だろうか、そんな物を彫ってあったのだ。
そして、これが《華族》の紋様だとわかるのは《華族》に関わりのある内部の人間のみだ。
「貴方は《華族》の人間、なんですか?」
俺のその言葉を聞いて老人は首を横に振って見せた。
なら、何故この紋様が《華族》の物だとわかったのだろうか。もしかして、敵か? 《黒の師団》あるいは《黒の刃》の人間か?
しかし、そんな俺の予想とは裏腹に老人はこちらに向かって深く深くお辞儀をして見せた。恐らくこれは、敵意が無い事を示しているのだと思う。
「私はウィザと申します。お宅の父君には大変お世話になりました。一時期は《華族》の一人として席も置かせていただいておりました。ですが今はしがない一人の鍛冶職人です」
そう言うと老人は顔を上げ、こちらを見てその渋い顔をくしゃくしゃに歪め優しいげな笑顔を見せてくれた。俺は不思議とその顔に安心感を覚えた。
「風の噂で《華族》が襲撃された事は聞きました。御無事で何よりです。父君は……」
俺はその問いに首を横に振って答えて見せた。
「わからない。今。探してる」
「なるほど、そうですか。ですが、あの男ならきっとしぶとく生きているでしょう」
その言葉に俺も力強く頷いて見せる。絶対にあの親父が死ぬはずない。俺がノコノコと生きてるんだから、あの生命力が服着て歩いてる様な親父死ぬはずがない。
俺の力強く頷いた様子を見て、ウィザと名乗った老人は笑顔を見せた。
「ほほ、やはり、貴女もそう思いですか」
「うん、親父。死なない」
そう言って、俺は笑って見せた。
「さて、ここでは何ですからな。少し、二人で話しましょう。ついて来ていただけますかな?」
「うん、わかった。あと一人。連れてきてもいいですか?」




