第42話 ときめきクルージング
「お姉ちゃん!! あの魚なに!?」
ミィちゃんが船のヘリからある物を指差して見せた。それは海面を跳びながら集団で泳ぐ魚の様な生物だった。
「あれは…… イルカかな?」
「イルカ!?」
多分、そうだと思う。見た目もほぼイルカだし。なんで日本語が通じるかは意味不明だけどイルカだね。
「よく知ってんな。海に出たのは初めてじゃないのか?」
その声のした方向を見ると、ロックさんが腕を組んでこちらにやって来ていた。そう言えば、海は初めてか? って言われるとどうなんだろう?
この世界だと初めてなんだよな。前の世界では何回か船に乗った事はあるんだけども、それも数える程だし、実際、曖昧でよく覚えていないし。
「う~ん。初めて。かな?」
「なんだそりゃ? わかんねぇのか?」
そう言うとロックは私達と同じ様に船のヘリに肘をつき海を眺めはじめた。
「実はな俺は海が初めてなんだ……」
「ふぇ?」
え? それで船長なの、この船大丈夫なんですか? そんな、私の驚く表情を見てロックがおかしそうに笑って見せた。
「わっはっは!! そう不安そうな顔をするなよ。こうやってゆったりと海を渡ったのは初めてって話だ。なにも航海自体が初めてって意味じゃないぜ!!」
「な、なんだ。びっくりした」
冗談かよ、驚かせないでよ。次やったら、海に突き落としてやるんだからな。
「海ってのは不思議だよな。まるで感情を写し出す鏡みてぇでよ。不安な時に見る海ってのは不思議と恐ろしいもんでよ。こんな風にさっぱりした気持ちで見る海ってのは格別に良いんだよな……」
そう言う、ロックの横顔を見る。その真っ直ぐとした意思の強そうな瞳は地平線の向こうを見つめている。その瞳はこの大海原と同じ様な綺麗な水色をしていた。
「それに想像もしてみろ。この地平線の先に俺達の見た事ない物や人達が沢山いるんだぜ。それってロマンを感じねぇかい?」
まあ、それは私にもなんとなくわかる気がする。私の前世では、世界の形は紙切れ一枚で見る事が出来るけど、地図で見る世界と実際にその目で見る世界は全くの別物でそこには言葉では言い表せない物があった。
「この大海原を股に掛けて、ロマンを求めて大冒険ってのも悪くねぇとは思わねぇか?」
「……それは、良いですね」
そう言うと、不意にロックがこちらに視線を移した。その瞬間、僅かな間、視線と視線が結ばれる。その瞬間、自分の鼓動が跳ね上がるのがわかる。
そんな事を他所に、ロックは笑いながらこちらに語り掛けて来た。
無邪気な子供のような笑顔が私に向けられる。それが酷く、子供らしく可愛らしく想えてしまった。
「はは、こんな事を言っても普通は馬鹿にしたり。呆れたりするんだがな。さてはお前さん、お嬢様はお嬢様でも、お転婆お嬢様って奴か?」
「む……」
先ずお嬢様ですらないのだが、それは置いといて。彼のそう言う夢は素直に素敵だと思う。
前世の世界では世界の全貌が紙切れ一枚でわかるようになってしまったが故に馬鹿馬鹿しいなんて言ったり人もいたりするだろう。そして、それはこの世界でも変わらないのかもしれない。
だけど、紙切れ一枚で世界の全貌を見た気になるなんて方が馬鹿馬鹿しい話だと私は思う。
だって、実際にその場所に行って。その場所の空気やその場所の景色の移り変わり。直接、見て感じてみなければ、決して得る事が出来ない物があると思うからだ。
恐らく、それがロマンなのだろう。私はそれが堪らなく素敵だと思う。それを心の底から言えるロックも同じくらい……
って、アレ? なんか女っぽくなってない? て言うか最近、ミィちゃんに母性を刺激されまくってる所為か目茶苦茶精神が肉体に引っ張られてるんですけど。
て言うか、なんで俺はロックと見つめ合ってんの?
ちょっとやだ~ キモイんですけど~
思わず、目線をずらしてみせる。それに何かを察したのかロックも恥ずかしそうに目線をずらして見せた。
え、何これ? もしかして、今の良い感じの雰囲気だった?
ちょっ、ちょっと待ってや~!! 俺は中身は男なんだって~!!
しかも、なんで、ちょっとときめいちゃってんだよ~!!




