第38話 家族
「げ、幻影魔術……」
私の言葉の意味がわかっているのか。それとも、わかっていないのか定かではないけれど。ミィちゃんは私の元へと歩み寄り、私の擦り剥いた膝に傷薬を塗ってくれた。
その手にはミィちゃんと私が一緒に調合した傷薬の入った軟膏容器が握られていた。
「ミィちゃん。どうして隠れて……」
「お姉ちゃんと…… お姉ちゃんと離れたくないから!!」
その時、ミィちゃんの泣き声とも叫び声とつかない声が部屋中に響いた。
私には、それがわからなかった。なんでミィちゃんはそんな事を言うのか、叫ぶのか……
もしかして、私がミィちゃんをロックに預けようと思ってる事がそれ程の嫌だったのか?
いや、もしそうだったとしても……
「ミィちゃん、いい? 私達、悪い人。私達より、あの人達といた方がいい……」
「やだ!! そんなの関係無いもん!! ミィに取ってはお姉ちゃんはイイ人だもん!! 大切な家族だもん!!」
ミィちゃんが目に涙を一杯に浮かべ、今にも泣き出しそうな顔をこらえ、私の事を真っ直ぐと見つめていた。
でも駄目だよ、私と一緒にいたらミィちゃんは不幸になっちゃうよ。
「私達のやってたこと。見てたでしょ?」
「……うん」
そう、ミィちゃんには見せたはずだ。私達の悪魔のような所業を……
「私達は。人殺しなんだよ?」
「でも!! あの人達は悪い人達だよ!?」
違うよ、全然違うよ、ミィちゃん。悪い人でも、良い人でも関係ないんだよ……
「悪い人じゃなくても。私は殺すんだよ」
「うそ!! お姉ちゃんはそんな事しない!!」
するんだよ、お姉ちゃんは……
「お姉ちゃんは……」
お金の為なら誰だって殺すんだよお姉ちゃんは…… 最低の人間なんだよ……
そう言おうと口を開こうとした時、私達の様子を見守っていたお兄ちゃんが突然、その口を開いた。
「もういいでしょう、クレアさん。それ以上、自らを卑下するのは止めてください。私も見ていて、悲しくなります。悲し過ぎます」
そう言った、お兄ちゃんの顔は、酷く悲しげな表情で私を見詰めていた。
その悲しげな表情を見ていて、不思議と私も悲しくなってしまい。気付けば私は顔を俯かせていた。
「貴方は昔から職人気質な所がありました。それは、素晴らしい事です。ですが、それは私達《闇の華族》としての理念に反しています。私達は《華族》にして家族、ただの一家なんです。なにも依頼が来たからと言って必ずしも、その人を殺める必要はないんです。嫌なら、依頼を受けなければい良い。それが我々が家族、一家である利点なんですから」
いや、だけど。それでは生活が成り立たなくなってしまうじゃ……
そう思っていると、傍らに立っていたアイラお姉ちゃんも私に向かって語り掛けて来てくれた。
「そうだぜ、クレアちゃん。私なんか依頼を受けたってギャンブルで直ぐに金を使い切ってスッテンテンになる大馬鹿なんだぜ」
アイラお姉ちゃんは酷くしょうもない事をあっけらかんと笑いながら言い放った。
だけど、その言葉と笑顔には温かい優しさが感じ取れた。
「それは話が少し違う気もしますけど、この際、良いでしょう。ですが、私は私でギルドカードを持っている相手しか暗殺対象としておりませんでした。暗殺者としては二流です」
確かにそうだ。アイラお姉ちゃんはよくわからないけど。お兄ちゃんに関しては完全個人的な理由で依頼を選り好みしてた。
「ならば、良いんじゃないですか? 悪人だけを殺すと選り好みする者が我々の一家にいても」
「でも、ミィちゃんには。表の世界で……」
そう、ミィちゃんには裏の世界ではなく。ちゃんとした表の世界で、日が当たった真っ当な世界で生きて欲しいんだ。
「ならば、親父に変わり。長男である私が、この言葉をミィさんに送りましょう」
そう言うとクロードお兄ちゃんがミィちゃんの元へと歩みより。その長身を屈め膝をついて見せた。
そして、ミィちゃんの目を真っ直ぐと見て、その口をゆっくりと開いた。
ーー私達家族はいかなる事があろうと家族を見捨てない。もし家族が《闇の華族》を抜けようとも、家族である事は変わりらない。表の世界で生きようと、裏の世界で生きようと、私達家族は何があっても家族を守り、家族の幸せを第一に望むーー
「これはクレアさん。貴女が一人前になった時に親父から送られた言葉ですよね」
そうだ、確かにそう言われた。なんの事だか意味がわからなかった。だけど、今になってその意味が少しわかる気がする。
クロード兄ちゃんが膝をついたままに、ミィちゃんを見つめる。
「ミィさん。よく聞いていてください」
「は、はい!!」
すると、クロード兄ちゃんがミィちゃんの小さな手を取り、その手でミィちゃんの小さな手を優しく包み込む様に握って見せた。
「私達家族は貴女が表の世界で生きようとするなら。それを決して止めません。そして、いかなる闇の勢力からの圧力、暴力、権力、その全てから貴女を全力で守ると誓います。なので、貴女はいつでも表の世界へと戻って良いんです。わかりましたね?」
「うん、わかった!」
そう言うとミィちゃんはお日様の様に、にっこりと笑って見せた。そして、その笑顔を見たクロード兄ちゃんも優しく微笑んで見せた。
ああ、そうだった。私達《闇の華族》はそう言うと組織的だった。お互いに甘くて、お互いに優しくて、仕事にも甘くて、選り好みはするし、ギャンブルでスッテンテンになるし、暗殺者としては二流で問題ばかりの組織だ。だけど、私達は家族が《華族》から抜けようと家族である事は変わらないと面倒も見るし、必ず守ると誓ってくれる。
そして、なにより、本人の意志を尊重し尊厳を持って接してくれる。
だから、私も居心地が良かったんだ。だから、私もここに残ったんだ。
一人が寂しくて、恐ろしくて、怖くて、悲しくて。
でも、私の存在を認めて欲しくて……
その先に出会った家族がどれだけ心強かっただろうか。彼等の心の内を知った時どれだけ安心しただろうか。
どれだけ、育ててくれた事を感謝したか。どれだけ、愛してくれた事を嬉しく思ったか。どれだけ、家族と言う物をいとおしいと思ったか。
あの時、あの瞬間の感情を忘れはしない。
私は彼女の意志を尊重すると良いながらも、自分が正しいと思う方向に彼女を導こうとしていた。
もし、今の彼女の心境があの時の私と一緒だと言うのなら。
もう、私は何も言えない。
彼女の生きたい様に生きればいい。
私は何があっても、彼女の味方でいる。
そう、それだけでいいだ、それだけで良かったんだ。
だって、私達は彼女の家族なんだから。




