第30話 ミィちゃん
「でぇりあぁぁぁぁぁぁ!!」
クソデカイ雄叫びが甲板に響き渡り最後の一人が膝つき倒れた。自分の足元に倒れたソレを見下ろしながら、ロックが呆れた様な表情を浮かべ口を開いた。
「ったく。一体、何人いたってんだよ」
俺も全く同じように意見だと言う様に溜め息を吐く。本当に一体何人いたんだ? 五十人位いたんじゃねぇか? て言うか、どこにいたんだ?
て言うか、船の乗組員ってせいぜい二十人とかそこらだろ? 思わず、甲板に転がった乗組員達を見下ろす。
「まあ、何て言うか助かったぜ。あんだけ息巻いておいて、殺られちまったらシャレになんねぇからな」
「ふふ……」
確かに「武器ならここにあるぜ(ドヤ顔)」みたいな事を言っておいて、ちゃっかり普通に殺られたら目茶苦茶面白いな。ハンター×ハンターとかでありそう。
「お!! アンタ、笑えるんだねぇ!! てっきり、鉄仮面かと思ったぜ!!」
「む……」
くそ、不意を突かれた。思わず笑ってしまったではないか。
見ると、彼は悪戯っ子の様な無邪気な表情でこちらを見て笑っている。止めろ止めろ、こっちを見るな……
もう終わり、終わりだよ。
これで一件落着、第二部、完。
そんな事を思っていると、ロックがこちらを眺めながら何やら口を開こうとしている。なんだろうか、まだ何かあるのか?
「なあ、嬢ちゃん。そう言えば解放した奴らはどうするつもりなんだ?」
「ん? どうする?」
思わず首を傾げてしまう。
どうする? 別にどうしもしないじゃろう? 自由じゃよ自由じゃよ。ほれ、無限じゃろ? そんな感じ。
「自由。だよ?」
「自由って、お前。本当にアイツ等を解放しただけなのか? なんか、考えとか計画とかは無いのか? 本当にただ助けただけなのか?」
いや、流石にそんな聖人君子みたいな事はしない。屋敷が欲しかったから、その屋敷の住人達を皆殺しにするのが目的だったんだけど、それは完遂したし。奴隷売買とかは《華族》としては御法度って訳ではないけど、誰の趣味でもないな……
とは言っても解放したからって「ハイ、サヨウナラ」ってのも味気無いし、無責任だしな。う~ん、どないしましょ?
「ははは!! こりゃぁ、傑作だな!! 本当に何の損得考えずにアイツ等を助けたのか? とんだお人好しもいたモンだな!!」
「いや。そう言う。訳では……」
ああ、駄目だ語彙力が無いから説明も上手く出来ない。
そんなこんなで、あたふたしている俺の困りあぐねた様子を見て、ロックが笑いながら俺に語り掛けて来た。
「いや、笑っちまってすまねぇな。そう言うの嫌いじゃないぜ! それなら、コイツ等は俺に任せてくれ。ちょっとばかしだかコネがある。そこでコイツ等を預かって貰える様に頼んでみるよ」
「う。助かる。お願い」
それはありがたい。取り敢えず、頭は下げる。
感謝感謝♪ シェイシェイ♪
「おう、任せとけ。二、三ヶ月したら報告に戻ってくるぜ!」
「うん。わかった」
いや、助かるわ~♪
出来る男じゃねぇか~♪
「まって、お姉ちゃん! 私もお姉ちゃんと一緒がいい!!」
「うん?」
そんな馬鹿げた事を言いながら、ミィちゃんが甲板の下から飛び出し、こちらに走り寄って来た。
まったく。どうして、この子は俺にこんなになついているんだろうか。正直、この子は可愛いし、好かれるのは素直に嬉しい。
だけど……
「ダメ!! この人に、ついてって!!」
そう言って、ロックを指差してみせる。そんな俺の姿を見たミィちゃんが悲しそうな顔を浮かべる。
その姿を見て、思わず胸が締め付けられる様な感覚に襲われた。
「え? お、お姉ちゃん。ど、どうして?」
そんなの言うまでもない。と言うより、言える様な話ではなし、説明出来る語彙力も無い。
「私についてきても。良い事無い。コッチの人について行って!!」
「オイオイ、待ちなって。この子が着いて来たいって言ってるんだ。ちっとばかしは話を聞いてやってからでも遅くは無いだろ?」
いや、それは駄目だ。俺は悪の道にいる人間。そんな俺がこの娘を人生を左右する様な選択をしてはいけない。
「絶体、ダメ!!」
そう言うと俺はすかさず船から飛び降り、夜の海へとダイブした。そして、おもむろに海岸へ泳ぎ出した。
「オイオイ、少しはこの娘の話を聞いてやれって!!」
船の上にいた、ロックが身を乗り出しながらこちらに大声をあげていみたいだ。取り敢えず、ロックに向けて声を挙げる。
「ダメ!! 私は。その娘と。一緒に。いれない!!」
「なんだよそれ!! 理由ぐらい話してやれよ!!」
話してぇよ、こっちだってぇ。でも語彙力がねぇから、上手く話せねぇんだよ……
船を見上げると、ロックがこちらを睨み付けていた。
その表情は真剣にコチラを睨み付けている。きっと、この男は誠実で優しい男なんだろう。他人の為にそんな顔を出来る人間なんてそうはいない。
そう、ミィちゃんの為にこんな表情が出来る男なんだ。きっと、ミィちゃんもこの男と一緒にいた方が良い筈だ。
俺はロックに向かって、首を横に降って見せた。
そして、一言だけ、彼に投げ掛けた。
「わかって…… お願い……」
もう、これしか言えない。
そんな、俺の様子を見ていたロックが観念したのか、深い溜め息を吐いて頷いた。どうやら、諦めてくれた様だ。
「わかったよ、もう聞かねぇよ。それじゃあ、達者でな」
「うん。ありがと!」
そう、これでいい。
これでいいんだ……
俺はそのまま振り返る事なく岸へと向かって泳ぎ出した。やがて、海岸へ上がり、海へと振り向くと既に船の帆が張られ、洞窟の切れ目、その先の大海原へと向かって船が進み始めていた。そう、これで良いんだ。
しかし、そう思っていた矢先、目を疑う事件が起きた。
なんと、ミィちゃんが海に飛び降りたのだ。
あ、あ、あの娘、何をやってるんだ!! 死にたいのかッ!!
急いで海へと飛び込み、彼女の元へと向かう。
なんで、あの娘はそんなに私にこだわるんだ。なんで、そんな危険な事をしてまで私にこだわるんだ。
私と一緒に居ても、良い事なんて何も無いのに!!
「お姉ちゃん!! 助けて、お、お姉ちゃん!!」
そう言って、こちらに手を伸ばす彼女は今にも溺れてしまいそうだ。私は直ぐにその手を掴んで、彼女を抱き寄せる。
「捕まってて!!」
「う、うん!!」
直ぐに彼女を抱えながら泳ぎ、海岸へと向かう。
なんとか海岸へと辿り着くと船の上からロックの声がコチラへと届いて来た。
「すまない、その娘の事は頼むぞ!! 一ヶ月したら戻って来る。その娘の事はその時に決めよう!! その時まで、その娘の事、頼んだぞ!!」
「わかった!! 必ず、戻ってきて!!」
そう言って、既に遠くまで行ってしまった船に向かって手を振る。その時、私にしがみついていた彼女が耳元で呟いた。
「言う事、聞かなくてゴメンね、お姉ちゃん……」
あうぅ。もう、それを言われたら何も言えないよ。悪い事だってわかっててやったなら、それは覚悟の元での決断だよ。
「もう良いよ。それがわかってるなら……」
仕方無い。取り敢えず一ヶ月だけ様子を見るか。それで彼女が一緒にいたいって言うなら、そうすれば良い。別れたいと言うなら、そうすれば良い。
そうだ、その時が来た時、彼女がどういう決断をしようと彼女の意思を尊重すれば良いだけの話だ……




