第19話 追跡者
「しかし、ここにしばらく滞在するとなると拠点が欲しいですね。いつまでも宿暮らしは色々と不便ですし、問題も有りますしね……」
「まあ、そりゃそうだけどよ。別に無くても良いんじゃねぇか?」
そんな事を兄さんとお姉ちゃんが口にする。わたくし達は最近ではお馴染みとなった例のお店で優雅に御食事をしておりますのよ、オホホホ。
兄さんはその細く綺麗な指でフォークをお握りなって、ボンゴレのパスータに埋めお巻きになって咀嚼しているんザマスよ。
そして、お姉ちゃんはその健康そうな褐色ピチピチエロボディを港街の強い日差しに照らしながら、元気良くピザを頬張りあそばしながら喋っておりますのよ……
それにしても。この、二人は毎日毎日同じメニューばかりでですわ。飽きませんのかしら? いや、普通は飽きるじょろ?
オホン。そんな、わたくしめは今日はパエリアではなく、サルスエラでございますわよ。新鮮なエビや貝に白身魚、それをトマトのスープにブチ込んである奴ザマス。
ニンニクやローリエが効いていて、とてもとっても病み付きで癖になる味ザマス。
これならば歯糞も美味くなり申す。
「確かにそこまで重要ではありませんが、毎日宿暮しはお金が掛かりますし。宿に泊まり続けていてはそれはそれで怪しいですからね」
「なら、宿を毎日変えればいいだろ? て言うか。今、やってるだろ? それじゃあ、駄目なのか?」
別に駄目じゃない。それなら、宿の人間から見たら少なくとも違和感は無いだろう。だが街の住人からしたら、取っ替え引っ替え宿を渡り歩いてる変な奴等である事には変わりない。
「それでは駄目なんですよ。街の住人達からしたら、相変わらず目立ってしまいますからね。特に貴女達二人が……」
「あ? 私とクレアがか? どういう事だ?」
お姉ちゃんが口をポカーンと開けて疑問の表情を作る。そして、そのポカーンと開いた口にピザの耳を放り込んだ。
「お姉ちゃん。黒い。私、白い。目立つ」
「ええ、そう言う事です。傍目に見たら明らかに異常です。かといって宿に籠りっきりは籠りっきりで怪しいです。籠るならちゃんと拠点を構えた方が賢明でしょう」
その通りである。宿に籠りっきりの客なんて不気味以外の何者でもない。締め切り間近の小説家とかなら別なのかもしれないが、どう考えても我々一行はそうは見えない。
それに、これは完全に個人的な理由になるので言わないが、俺に取ってこの港街の気候は結構キツイのである。
「それにクレアさんは言いませんが、この子の肌はとても弱く日の光にも潮風にも負けてしまう……」
ええ? わざわざ隠してるのに言われたんだけど……
「そうなの? クレアちゃん!?」
「……う? う、うん…… まぁ……」
まあ、事実なので肯定してはしてみる。て言うか、真っ白の肌が強い訳が無いのだ。つまり、俺は戦闘力のみならず、お肌も弱々のクソザコナメクジなのである。まさに塩で殺られてしまうクソザコナメクジなのである。
クソ足手まといである。
「ゴメンナサイ……」
あまりの情けなさに食欲も失せてしまう。この肌はどんなに頑張ろうと弱々なのよ。日の光程度なら自家製の日焼け止めを塗ればどうにかなるけど。塩加減となると、これが結構キツい。肩とか肘とかヒリヒリする。これが悪化すると変なブツブツができたりするんだよね……
「なんで、言ってくれなかったのクレアちゃん!! それなら早く言ってよ!! 通りで前のアジトでは夜しか外に出てないと思った…… ゴメンね、今まで気づかなくて……」
そう言うと、アイラお姉たんが優しくアタイを抱き締めてくれました。きゅゅっと♡ アイラお姉たんのお日様みたいな、ほんのり甘いフェロモンムンムンの香りがダイレクトにヤコブソン器官を刺激してくる。
うひょーーい!! こいつぁ役得だぁぜぇ!!
食欲も爆発するってもんだぜいっ!!
「とまあ、拠点は探すとしまして。二人とも気づいてますか?」
「おう、もちろんよ!」
「……もちろん」
俺も含めたこの場の三人共、別段変わった雰囲気を出さずに食事を続けるが、その内面では完全にスイッチが入っている。
「クレアさん、何人かわかりますか?」
「五人。でも、その中、二人は一般人。たぶん、雇われた素人」
「じゃあ、残りの三人が追っ手て訳だな?」
そう何者かに監視されているのだ。
なんで、俺がこんな達人染みた事が出来るかと言うと、この身体は兎に角視線にも敏感なボディに仕上がっているのである。と言うより、そういう風に仕上げた。
まあ、姿を消したり出したり騙したりするに当たって相手の視線がこっちを見ているか見ていないかの判断は超絶重要な情報であり、欠かせない情報である。その為、その視線を感じる感覚を死ぬ程鍛え上げたのである。ほら、皆も眉間の辺りを指でコチョコチョすると、変な感じするでしょ? アレをクソ程鍛えて感度3000倍にした感じ。
とまあ、話を戻します。
無論なのだが、雇われたであろう二人を除けば、相手もプロの様でどこから見てるかはわからない。だが、少なくとも見られてるのと、その視線の数くらいはわかる。
「うっし!! じゃあ、素人さん二人を締め上げて、残りの三人の居場所を吐かせるか?」
「恐らく無駄でしょう。その素人さんは他の仲間がいる事すら知らないんじゃないでしょうか」
恐らくそれで間違いないだろう。素人が仲間の居場所を知っていたら自ずとその方向に目をやってしまう。それを感じていれば、おのずと芋ずる式に全員の居場所がわかるはず。そう言うと気配を察知する能力も私にはある。
でも、その気配はない。と言う事は、彼等は仲間の位置を知らない。恐らく知らされていないのだろう。
ただ、ここまで来れば確かな事はある。
「まあ。相手がプロなら一人になった所を見逃す訳無いよな?」
「ですね。では、ここからは各々別行動と行きましょうか?」
「うん。わかった」
そう、こうなれば簡単な話。
自分を餌にして相手を釣るだけの事。
さあ、この世で一番簡単な釣りの始まりである。




