第17話 屋敷
港街に到底似つかわしくない豪邸。その地下には巨大な賭博場があると言われている。どうやら、この街を取り仕切る領主の部下がその賭博場を管理している様だ。
今宵もその豪邸は月明かりに負けんばかりの灯りを窓から灯している。
しかし、その灯りも所詮はこちらの世界の物。文明開化当時と比べ、魔術により僅かに発達したかどうか程度の代物だ。とても、現代を味わった身からすると話にならない。
だが、こと暗殺、潜入となるとその闇はこちらの強い味方となる。月明かりが雲に隠れ周囲が暗くなり。その闇が深くなればなる程に幻影魔術はその深度を増して行く。
故に侵入する事など容易い。
騎士団の詰所に真っ昼間から侵入する事も容易く出来る身からすると、警備も浅い館なんて話にもならない。
そう、全くもって話にならない。
そんな事も知らずにこの館の主人。つまり、この館の地下にある賭博場のオーナーは、呑気にステーキを口に運んでいる。
でっぷりと卵の様にまるまると太った身体。スーツに身を包んでいるが、そのスーツもその下から盛り上がる贅肉で今にも張り裂けそうだ。
尚も、男はクチャクチャと音を立てながらをステーキを口に運び、その脂が口にベットリと乗っている。
こりゃ、まるでオークだな……
いや、オークの方がまだ生物的な誇りと力強さに満ち溢れていた。自然界の生物故の自然な肉体。これはそれとはあまりにもかけ離れている。
堕落の化身その物だ、オークと比べるのが申し訳ないくらいだ……
俺は身に纏う幻影から、ナイフが握られた腕のみをそっと出し男の首元に押さえつける。
「ひっ!?」
「毒、塗ってる。動いたら殺す。大きな声、出しても殺す。わかった?」
すると、男はゆっくりと頷いて見せた。その首筋から脂汗がタラリと落ちた。
「私は《闇の華族》」
「ま、まさか…… 《幻影を纏う刃》か…… い、生きていたのか!?」
知ってるなら話が早い。
こんな、事はさっさと済ませてしまおう。
「《華族》の情報。話して。話せば、殺さない。わかった?」
その言葉に男が歯を噛み締めながらも憎らしげに声を発した。
「き、貴様、博打で勝てないからと、この仕打ちは汚いぞ……」
「次、それ言ったら、殺す。いい?」
そう言って、ナイフを更に強く押し当てて見せる。
「ひっ! まて、まってくれ、殺さないでくれ」
「話す? それとも死ぬ?」
男の呼吸が徐々に荒くなるのがわかる。死の恐怖に怯えているのだろう。その頬や首からは次から次へと脂汗の様な物が滲み出て来ている。でも、そんなの知った事じゃない。
「は、や、く……」
「待て、違うんだ、待ってくれ……」
速く話せよデブ。
マジで殺すぞ。
「す、すまなかった。貴様ら《華族》の情報なんて持っていないんだ。だ、だが、け、決して騙すつもりはなかったんだ……」
「へぇ? じゃあ《華族》の情報。ないんだ?……」
おいおい、マジかよコイツ……
それは一番、やっちゃいけない事だろ……
て言うか、ちゃんと騙してんだろ……
「な、無い。お前らが生きてるなんぞ思ってもみなかったんだ。《黒の刃》に皆殺しにされたと思ってたんだ。賭けで負けても、そう言えば良いと思ったんだ……」
「だから、嘘じゃない?」
「そ、その通り。嘘など……」
いや、それはバッチシ嘘つきだよ。
押し付けていた刃を男の喉元に迷い無く突き立てる。
「ま、まてっ!!」
「待たない……」
その瞬間、血飛沫が宙を舞う。
そして、男は声にもならない声を挙げ、今しがたまで食べていたステーキに顔を突っ込みながら力無く倒れ込んだ。
「まあ、こんな事だろうと思いましたよ……」
「嘘だろぉ。私だけ一人馬鹿みたいじゃん……」
兄さんが溜め息をつきながら何処からともなく姿を表した。それに続いてお姉ちゃんも姿を表しながらガックシと肩を下ろした。
正直、俺もこう言う可能性があるとは思ったけど、まさか、マジでこんなオチとは《闇の華族》も舐められた物だな。
「これでやる事は決まりましたね。ここまで舐められてしまっては黙っている事は出来ませんね。世間様に教えてあげましょう《闇の華族》は未だ健在なりと……」
「いいねぇ、世間様に私達の噂が広まれば、親父達もその噂を聞き付けてここに集まってくるかもなぁ!!」
「それ良い。一番頭良い……」




