第11話 馬鹿を助けに
リアナちゃん達と別れて、はやくも三日。
拠点を懐かしくも薄暗い裏路地へと移し活動を再開した。
茶色く濁った泥水が路地に溜まり。小汚ない鼠が行き交う裏通り。
まったく、何が好きでこんな所を拠点に移さなきゃいけないのか。
まあ、馬鹿を救う為には仕方がないか……
「はぁ、気が乗らない……」
思わず溜め息と前世の世界の言葉が漏れてしまう。
しかし、その溜め息も薄汚れた平屋の廃墟の壁と屋根に虚しく吸い込まれて行った。
心根しか、屋根裏の何処で何かが動く気配がした。
恐らく、鼠か何かだろう……
我ながら、その虚しさに耐えきれず肩と視線を落とす。すると、不意に自分の着ている服に視線に移った。
パフスリーブの白を基調とした長袖のワンピース。襟元にはセーラーカラーの様なヒラヒラが着いおり。所々に紫の刺繍が施されている。
恐らく、私の紫の瞳と合わせての配色だろう……
なんだか、セーラー服みたいで可愛い服だ。
こんな可愛い服を買ってくれて嬉しいなぁ。本当に皆、良い人達だったなぁ。返り血とか、泥水とかで汚れない様にしなきゃ……
あれ? いま、私って言ってた? 言ってたよね?
うわぁ…… 結構な勢いで精神が肉体に引っ張られてるなぁ……
今までこんなことは無かったのになぁ……
まあ、仕方あるめぇ。アタスがどうなろうと、アタスはアタスだ。
アタスは長い髪をかきあげて後頭部で結んだ。
さて、ではさっさと捕まってるバカタレを助けに行くとしますか……
騎士団の詰所は街の中央の高台の上にある。
もう絵に描いた様に戦闘を前提に設計されており。小さな城壁を築いており。その中には小さな城の様な物が建っている。
見ての通り、最悪、街が落とされても詰所だけで籠城と戦闘が出来る設計になっているのだ。
まあ、そこまで来たら普通は勝てないから、さっさと諦めろよって話だけどね。
まあ、簡単に言いますと小さい城塞ですわ。
この地下に牢獄があって。そこにバカタレが捕らわれている、と思われる。
そこでアタスはどうやって侵入するかと言いますと、簡単な話で幻影魔術を使います。
秘技!! 《透明人間の術》である!!
これは『透明人間R』の方の透明人間ではなく。スタジオポノックの方の『透明人間』である。
え? なに言ってるか意味わからないって?
とにかく『透明人間R』の方は見なくてもいいけど、スタジオポノックの方の『透明人間』は是非とも見て欲しい。いや、別に『透明人間R』が悪い作品って言ってる訳じゃないですよ。この《透明人間の術》は暗殺業を初めてから開発した魔術でして、決してエッチな運用を考えて産み出した訳ではないんです。
いや、マジで。
この術を簡潔に説明すると《マジック○ラー号》の最終応用形態で、自分の周囲にミラーとなる霧を発生させ、それに周囲の景色を投影するというメカニズムとなっている。
ぶっちゃけると見た目は完全に光学迷彩である。
あのメタルギアソリッドとか攻殻機動隊のアレ。つまり、最強。
ただ最強故の欠点なのだが。集中力が死ぬ程必要で目茶苦茶疲れるし、精神力がかなり持ってかれる。とてもじゃないが、これを発動しながらの戦闘とかは到底出来ない。
考えてもみてごらん。自分の後ろも前も、右も左も、上も下も、その全ての景色を投影して、自分が動く度にぬるぬる~ って投影してる景色も動かさなくちゃいけない、そんなとんでもない術なんだよ。
自分で言っててなんだけど。多分、この世界でアタスしか出来ない。
とまぁ、そんな感じでぬるぬる~ っと、騎士団の詰所に潜入。勿論、楽勝である。
そのまま、ぬるぬる~ っと地下へと進む。
もろちん、看守がいます。
じゃなくて。もちろん、看守がいます。
地下は両サイドが牢獄になっており、その真ん中の通路を看守がうろうろと行ったり来たりしている。
因みに、この《透明人間の術》の使用中はゆっくりとしか動けない。周りの景色を投影する為にぬるぬる~ っと動くしかないんです。
なので、素早い動きをしたらバレるし。周りの景色が目まぐるしく変わる所では使えない。
湯気がもはもは~んしてる女湯とかも多分バレるし。雨の日とか、人混みの中も多分バレる。それでも、なんとか術を成功させようと頑張ったら、アタスの頭の方が壊れちゃう。
つまり、この看守を殺っちまうかどうか、甲乙つけがたいと言う事だ。
別に殺っちまっても構わないのだが。その後にバレて、騎士団の人間が沢山来たら、この《透明人間の術》を使うのは難しい。《○ジックミラー号》の術で乗り切ると言うのもアリだが、少しリスキー過ぎる。
となるとやはり……
少し辺りを見渡すと、牢屋の鍵であろうと考えられる鍵束が壁に掛けられているのを見つけた。看守の方を見ると、その腰元にも同じような鍵の束がぶら下がっている。
よし、多分これだな……
それに《マジックミラー》の術かけ、鍵束が取られる前の景色を投影し、鍵束を手に取る。そして、空かさず鍵束も透明化させる。
うし、これで完璧。
まあ、全部ハリボテだから触られたりしたら終わりだけど、そこら辺は気にしない。
俺はそのまま、ゆるゆる~ と移動して行き、牢獄を順繰りに巡って行く。
違う、違う、これも違う……
あれも違うし、これも違う……
……あ、いたよ。
牢獄に腰巻き一枚で放り込まれている男が俺の目に入った。呑気にも、床に肘をついて寝そべり、片方の手で尻をボリボリと掻いている。
まあ、こんなモンだろうと思ったよ……
だらけきった面長の顔に切れ長の黒い目。細身の長身をうっすらと筋肉が覆っている。撫で付けた黒髪が妙に親近感をくすぐる。
非常に日本人のフェイスに近い。ただ、顔立ちは整っており。どことなくハーフとも思える顔立ちをしている。
この男こそが《闇の華族》が一人にして長男。
《漆黒の狙撃手》こと、ミラン・クローリードである。




