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骨壺

作者: 藤野

 昔、お墓でかくれんぼをしていた記憶がある。母は決まって「そんなとこで遊んじゃダメ」と言うから、私は親に秘密でこっそり遊んでいた。

 最初は、鬼ごっこだった。でも道が狭くてお墓が沢山あるから、転ぶと危ないということで他の遊びになった。それで最終的に行き着いたのがかくれんぼ。じゃんけんで負けた人が大きな声で十秒数えて、その後皆を探すのだ。私はじゃんけんが弱かったから、しょっちゅう鬼になっていた。

 いーち、にーい、さーん……。私の大きな声がお墓に響く。鬼をやるのは孤独で、少し怖い。もーいいかーい。私が精一杯出した声。皆のもういいよの声。

 振り返ると、朱色の光が人っ子ひとりいない墓場を照らしている。ぼこぼこ建った墓石は、鈍く光を反射していた。お供えされた花とお菓子は、カラスが荒らしたのか散乱していた。

 誰もいないのに、皆が私を見ている……。

 そんな錯覚に陥った。お墓の間を縫って、一つずつ後ろを覗いていく。……いない。……いない。……いない。その繰り返しだった。

 本当は誰もいないんじゃないか。実は、私が探しているのは友達じゃないんじゃないか。墓石の裏を覗いて、誰もいないのを確認する度、少しずつ残りが減っていく度、どうしようもない恐怖心に蝕まれた。

 このまま、誰も見つからないまま終わってしまったらどうなるんだろう……。

 今考えれば、あんなに怖かったのにどうして懲りずに遊んでいたのか疑問に思う。でも多分、遊べる楽しみの方が勝っていたのだろう。

 もっとも、探している最中だけでなく、見つけた時も怖かった。

 一周してどこにもいないと分かって、私が恐る恐るお墓の納骨棺を覗くと、そこに友達が入っているのである。友達は笑うと、にゅるにゅるとそこから抜け出て、私と一緒に残りの人を探してくれる。正直他人のお墓に触れるなんて罰当たりな気がして、私はとても嫌だった。二人でそっと納骨棺の蓋を開けると、またしても友達が中に入っている。入っていると言えるような見た目ならまだ良かったものの、詰まっていると表現した方が良さそうな子も沢山いた。

 狭い納骨棺の中に、骨が折れるんじゃないかというくらいぎゅうぎゅうに詰まっているのだ。隙間は体で埋められて一切ない。見つかったと分かると、あっと言う間に出てきて普通にしていた。

 結局、皆いつも納骨棺の中に入っていたのだ。それでも私は、どうしてもお墓に触れたくなくて、怖いのを我慢しながらお墓の後ろをひとつひとつ確認した。もちろんいたことは一度もない。他人のお墓に手を触れる度、そこから穢れていくような気がした。


 もちろん、私がじゃんけんで勝っても、近くの木にひっそりと身を隠すか、墓石の後ろに蹲るだけだった。鬼の子は楽しそうに笑いながら皆を見つけていく。墓石と蓋が擦れるような、ずずずず……という重い音を何度も響かせながら、納骨棺から子供達を引き摺り出していた。

 そういう時は決まって、私は見つからなかった。大人数になって皆で私を探すのに、どう考えても視界には入っているはずなのに、誰ひとり私を見つけられないのだ。

 そこで私が痺れを切らしたふりをして皆に近づくと、それでようやく私に気づいた。だから私は、皆の間でかくれんぼが一番上手いことになっていた。

 ある日の夜、私は両親が嘆いていたのを聞いてしまった。「この子はどうして友達を作らないのかしら」「学校でいじめられてるんじゃないか」「それが、学校では皆と遊ぶらしいのよね」私は布団に潜って聞き耳を立てる。

「私、この子が放課後に一人でお墓にいるのを見てしまったのよ」

 母のこの一言で、私は大いに混乱した。一人? 私が一人でお墓にいたことなんて、これまでないはずだ。いつも皆とかくれんぼをしていたのだ。そこまで考えて、ようやく意味が分かった。きっと私が鬼になって、皆を探している所を見られたのだ。

 しかし、後に続く母の言葉は衝撃的だった。

「骨壺を……持っていたの」

 記憶がフラッシュバックする。

 納骨棺に入っていた友達……そこからにゅるにゅると抜け出てくる……。私はその子と一緒に、別のお墓も開く……。その記憶が確かにあるはずなのに、夕暮れ時のお墓の中、一人で骨壺を持って佇む私の姿も脳裏に浮かんだ。赤茶けた光を浴びて、友達と遊んでいるように話している。

 あの感覚は夢だったのだろうか。それとも、私に見せていた幻が途切れて、現実が見えただけだったのだろうか。

 その後眠ったのだろう。目覚めたら朝で、学校に行って、放課後はいつも通りお墓に向かった。

 お墓に入る前に、ポケットが重いことに気がついた。何か入れてたっけ? そう思って手を入れると、硬いものに触れた。指で摘む……。それを恐る恐る顔の前に差し出すと、全貌が見えた。

 ……骨。


 そこからのことはよく覚えていない。ただ、もうあのお墓には行かなかった気がする。誰に聞くのも怖くて、あれが本当にあったことなのかも分からない。

 どうして今更こんなことを思い出したのか。……何かあるとすれば、親戚のことだ。

 最近親戚が亡くなって、今は例のお墓に眠っている。明日家族と墓参りに行くのだ。

 その時も、納骨棺に友達が詰まっているのだろうか……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] よい意味で王道感がある主観ホラーですね [気になる点] うわさ話とか、ネット掲示板形式にするとか、語り手の視点を変えた方が「曖昧とした怖さ」の余韻がもっと残せそうかなと思いました。
[一言] リアリティのある語り口。かくれんぼになった経緯も説得力があり、そこから自然に異様な世界に移行する。 言葉が出ないくらいの怖さです。
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